16 神官、ドラゴンの奇跡を経験する
俺はそこから攻め主体に転じた。
「短期決戦で行くっ!」
ナタタは当然、木の剣で受ける。
ナタタも軽い革かなんかの鎧はつけているが、あんなものの防御力が腕自慢だらけの武術大会でまともに役に立つとはまさか思ってないはずだ。
「重いパンチっス。でも、圧倒するまでではないっスね。パンチだけなら意外性はないっス!」
ナタタは拳を剣で受けるたびにじわりじわり後ろに下がっているが、表情に余裕はある。
俺の体力消費が激しいことをわかっているって顔だ。
考えてみれば俺が戦闘の素人なのはさんざんナタタに説明していた。
ってことは、長時間の戦闘に慣れてなくて、疲労が蓄積してくることも最初からバレている。バレるも何もずっとそう俺が語ってたわけだ。
しかも武道家は疲れれば疲れるほど、弱くなってくる。集中力だって切れる。
俺の拳はきっちり木の剣で防がれる。
少なくともナタタを捉えられるリーチにすら入れない。
今のナタタの剣は武器というより盾だ。俺をふところに入れないための盾。
「やっぱ、先輩、じわじわと拳の精度が落ちてきてるっスよ! そろそろこっちの剣ががつんと決まりそうっス!」
「くそっ! 何か言い返したいけど、ピンチなのは俺も自覚してるから何も言えねえ!」
「先輩、動きに無駄が多いんスよ。師匠の元で動きの勉強をしてない自己流の冒険者に多いやつっス。こういう時には不利っスね」
お前、きっちり対策して臨んでたのか。ずっと剣士やってるもんな。
俺、攻めに転じるのが遅いな。
最初から仕留めにいくぐらいでよかったんだ。
「しょうがない。次で決めてやる」
「それは大きく出すぎっスよ!」
どうせ、このままじゃ力尽きて終わりなんだよ。
もっとも、会場の盛り上がりは激しいものになっている。決着が近いことは見てるほうもわかってるんだろう。
ちらっと観客席のラガシャを見る。
さすがに集中して見てくれていた。これであくびして寝転がってたら、神を神官のほうから破門してやるところだった。
なあ、さらに力とかくれないか? 序列第一位の神官が第二位の神官に普通に負けそうなんだけど、それってラガシャの教えとしてはどうなんだ?
もちろんこれは冗談だ。俺もナタタも正々堂々と戦ってるだけだし、負けたところで後悔なんてない。
と、なぜかラガシャが両手を組んでいた。
それから目を閉じている。
いや、試合はじっと見てろよ。
あれって、何かの祈りか?
でも、何のための祈りなんだ?
神に祈るならわかるけど、神のほうが祈るって普通と逆だろ。
ふっと体が軽くなった気がした。
でも体重が消えるわけもないし、宙に浮かされてるわけでもない。
「ド、ドラゴンが来てるっス!」
戦闘中のナタタが焦ったように叫んだ。
それで俺も気づいた。
自分の腕や体に半透明なドラゴンが巻き付いている。ドラゴンというより、神性を持ったヘビといったほうが近いだろうか?
なんだ、これ? 本来なら邪魔なはずなのに体から体重が消えたようだ……。
その時、妙なものが見えた。
木の剣に一箇所、青い点のようなものが映った。
青い点? 意味がわからん。魔法の光でもないようだし。
ドラゴンが巻き付いてるぐらいだから、視界も少し変になってるのか。
俺はその青い部分を殴った。
それと同時に気づいた。
ああ、そういえば、今までの俺の拳はナタタを狙って剣にふさがれてるものだった。
たとえばだけど――剣自体を最初から狙って拳を放ったらどうなるだろう?
そう思考した時には拳は剣に届いていた。
次の瞬間、ナタタの木の剣は完全に破壊された。
へし折るような破壊ではなくて、力に耐えきれなくなったように剣が粉々になっていく。
最初は繊維に沿って裂けていって、さらに分裂するみたいに……。
さっきまで剣だった粉が会場を舞った。
「未知の力っス……神がかりっス……」
呆然とナタタがつぶやいた。
その時点でおそらくナタタの戦意は喪失していた。
俺も拳を止めていた。今の拳で殴ったら、最悪の場合ナタタまで分解しそうで怖かったというのもある。
あの青い点は剣の急所だ。それがなぜか俺には見えるようになっていた。
「ま、参りましたっス」
そうつぶやくと、ナタタはその場に膝をついた。
試合終了を告げるドラが鳴り響いた。
同時に勝者が決まったことに興奮した観客の歓声が一斉に会場を包み込んだ。
俺の体に巻き付いたドラゴンはもう消えていた。もしナタタがドラゴンと言ってなかったら、おそらく何かの見間違いだと思っていただろう。
観客席のラガシャはなんか戦った俺たち以上に疲れた顔をしていた。軽く放心状態のようだ。
例によって、あいつは何も知らなそうだけど、あとで聞くだけ聞いたほうがよさそうだな。
そのあと、俺とナタタは優勝と準優勝ということで表彰されて、副賞の賞金や盾なんかも贈られた。「竜神ラガシャって武人に信仰されてるんですか?」などと表彰の時に聞かれたりしたが、誰でも信仰してくださってけっこうですと答えた。神官が強いのは偶然だ。
それから、ラガシャとの話し合いもあるので、個室があるレストランに場所を移った。
店員に「すみません、二人なんですけど、椅子だけ三つ容姿いてもらえませんか?」と言ったら少しだけ変な顔をされたが、椅子を用意してくれた。荷物置きにでも使うと思ったんだろう。もちろんラガシャが座るためだ。
なお、ラガシャは人間のものをぱくぱく食べることはできないが、奉納されたものは味わうことができる。なので、俺たちが注文して、奉納したということにすれば、食卓を囲むことはできる。本人は食事にあまりこだわりはないらしいが。
まあ、祝勝会の前にこれを聞かなきゃならないが。
「お前、ドラゴンか何か召喚したか?」
「よくわからないのです。ドラゴンを出現させる能力なんて朕はわからんのです」
自分は不正なんてしてないぞという顔でラガシャが言う。これは本当だろう。これまでもそうだが、ラガシャは主体的に何かに影響与えるような魔法や効果を発生させているわけではない。
「ただ……」
ラガシャが顔をうつむけて、両手の人差し指をつんつん突き合せた。
「ユートに負けてほしくはなかったのです……。神官が一人だけの時からずっと努力してくれてたのです。だから、どうせなら……多くの人間に讃えられてほしいなって……」
こいつ、いいこと言ってくれるじゃないか。
素直に嬉しかった。
「ありがとな、ラガシャ」
「べ、別に感謝してもらう筋合いはありませんからねっ! それに別にナタタを応援してなかったわけではないのです! ただ、どっちかというととだけで……。なので、ナタタもひいきされて負けたとか考えないようにしてほしいのです!」
「わかってるっスよ。県や武道の世界にも同門対決はあるっス。そこに神官のキャリアの問題が入ってくるのは当たり前っス」
人のいいナタタはにははっといい笑顔で笑っている。このあたりはいかにも剣士って感じだ。
「そう言ってくれると朕も助かるのです! 方向性の違いで脱退するとか言わないで、これからも神官を続けてほしいのです!」
ラガシャが椅子から飛び降りて、ナタタの横に向かった。
こういう態度を見ると、ナタタのほうになついてる感じがあるな。俺もそういうふうに仕向けたところがあるけど。
「抜けないっスよ。それに山籠もりより、先輩と手合わせするほうが練習にもなるっス」
俺は少し「げっ」と思った。
ナタタと戦うのはかなり疲れる。こいつはガチで強いのだ。最初はやることがないから手合わせもいいかと思ってたが、そればっかりだと当然疲れる……。
「わかったのです。永久にユートが手合わせをやると誓うのです」
「いや、なんでお前が誓うんだよ!」
「神官なのだから仕える神には従うのです。これは当たり前のことです。一生仕え続けるのですよ」
そこで、俺は問題点に気づいた。
神に仕えるのってまさに終わりがないんだよな……。
休暇とかどうやってとればいんだろう……。
しかし、これが子育てと考えれば休暇がないのは自然か。
ひとまず、もうちょっとだけ続けてみよう。
「ほら、一生仕え続けると言うのです」
やっぱりまあまあムカつくな。
もし自分にも娘ができたら、こんなわがままにならないようにちゃんと教育しよう。




