11 神官、剣士のエルフと出会う
ある日、クリエスタの町の共同井戸の横にあった礼拝所(サイズは小屋みたいなものだが)の前に小さな木の箱が置いてあった。
箱の横にはコインの絵のついた立て札。どうやらここに賽銭を入れろということらしい。
「おや、神官様。立て札が気になるかい?」
町で大工仕事をしているノーマンさんがちょうど井戸水を汲みに来ていた。多分、礼拝所もこの人が作ったはずだ。
「ええ、まあ……。これはいわゆる賽銭箱かと思いますが、これはノーマンさんの発案ですか?」
「賽銭箱を設置するようにと夢でラガシャ様がおっしゃってね。早速、作ってみたのさ」
ラガシャの奴、また変なことをやりだしたな!
「なるほど、そんなことが……。ご迷惑をおかけしました……」
「ははは、神官様が謝ることじゃないさ!」
「いえ……結果的に神が調子に乗りすぎている気がしまして……」
「神官様が神様に命令されてるわけじゃないでしょ。神官様がいらっしゃらなかったら、町も盗賊団に襲撃されて大変なことになってたんだ。もっと威張ったらいいんだよ」
それはそうなんだが、わがままな娘を教育できてない責任もある気がするんだよな。
でも、賽銭箱ぐらいはいいか。全財産お布施しろと言ってるわけじゃないし。ラガシャは地域密着の神だから、住人の生活が破綻するような無理をさせはしない。
「ただねえ、実は同じ夢で滝の近くに教会も作ってほしいと言われてねえ……。神官様が生活できるスペースと礼拝施設を兼ねた場所がほしいって。そっちは経済的にさすがに無料でってわけにはいかなくてねえ……。今の神官詰所だけじゃ、格好がつかないってのはもっともなんだが……」
あいつ、そんな厚かましいこと言ってたのか!
「すみません、神官として神にも厚かましいことをやりすぎるなと言っておくべきでした。もちろん、そこまでのことはなさらなくてけっこうです!」
「だから神官様が気にしなくていいよ。むしろ町を救った神官様のために、いまだに宿の部屋しか用意できてないこの町がシケてるんだよ」
これはよくないな。ラガシャが「小遣いが無限に湧いてくると思ってる小娘」みたいになってしまうとよろしくない。
神官として教育しなければ!
◇
滝横の神官詰所でラガシャに注意したら、案の定、反発された。椅子はないから二人とも絨毯の上に座っている。
「別にお願いするだけならタダなのです! 強制的にお金を巻き上げたわけではないのです! なので、とくに問題はありません!」
ラガシャの反論は意外と筋は通っていたのでこちらも対応に困った。
「だとしても、急に教会を建てろと言われたら、クリエスタの住人も大変だろ。もう少し遠慮しろ」
「ユート、冷静に考えてください。神に祈るための教会すらないほうが変なのですよ。大豪邸を用意しろみたいなことは言ってないのです。本来の信仰の拠点であるはずの滝のそばに教会ぐらいはほしいのです」
ラガシャは絨毯の上に寝転がって、両手両足をばたばたさせている。典型的なだだをこねるスタイルだ。このあたり、見た目どおりちゃんと子供なんだよな。
「お前の気持ちもわからなくもないが、こういうのは段階を踏め。賽銭箱も設置してるだろ。じわじわお賽銭を集めるとか」
「ちゃんとした教会を建てるのに必要なお金ですか。ロウソク代とかの足しにはなっても、教会なんて十年たっても難しいのです」
それはそうだな。
こういうの、大商人とかが信徒になってくれれば一挙に解決するんだが、街道沿いの小さな町であるクリエスタや近隣の農村には大商人などいない。
俺が【天職判定】で出向いたサジャールは都会だが、そこまで信仰は届いてない。布教活動なんてしてないから当たり前だが。
「ふ~んだ! もうふて寝するです! 神の仕事も今日は休業なのです!」
そういえば、ラガシャのやつ、どこで寝てるんだ? 腐っても神のことだから気にしてなかった。
「元々は地べたです。今はこの神官詰所があるので、ここの絨毯の上で寝てます」
こいつ、心読みやがったな。いや、そんなことはどうでもいい。
「地べたで寝てた!? なんでそんな修行僧みたいなことしてたんだよ!」
「ほかの神がどうしてるかわかりませんけど、朕は信仰されてる場所でないと眠れないのです。あと、神だから風邪ひいたりしないので慣れたらどうってことないのです」
理屈ではそうなのかもしれないが、思った以上に苛酷だ。
それに絨毯の上とはいっても、この神官詰所もただの小屋だ。冬になったら人間は寒くて寝られないと思う。あくまでも修行してる神官の休憩場所程度のものなのだ。実際、俺は町の宿で寝泊まりしている。
「ユート、朕を家もないかわいそうな子供と思ってるですね。神だからそもそも寝なくてもいいし、想像ほど絶望的ではないのです。哀れに思われすぎるのもムカつくのです」
そうは言っても、贅沢をしたいのだと思ったら、最低限の生活を要求したいと願ってるのが真相とわかったわけだ。できるだけのことはしてやりたいな……。
「あっ、本当にいたっスね! 神官のユートさんっスよね!」
声がしたと思ったら滝のほうから剣士らしき女子が一人やってきていた。
名前も知ってるし、また噂を聞いて手合わせに来た奴か。でも俺は剣を持ってる奴とは戦ってないぞ。あくまで武道家の奴と戦ってたからな――などと思って見ていたら、その剣士の別の特徴に気づいた。
「あんた、エルフか」
その冒険者の耳は大きくとがっている。逆に言うと、見た目で明確にエルフとわかる箇所というと、それぐらいしかない。エルフは尻尾が生えてるわけじゃないからだ。
とはいえ、人間にしろエルフにしろ、相当な美女だろう。長い髪は戦士の職業ゆえか後ろで結んでいる。
見た目からすると、美少女と言いたくもあるが、エルフからするといい年してるかもしれないので、とりあえず美女と言っておく。
「そうっス。エルフっス。北の山中で剣で修行の日々を送ってるっス」
態度だけなら完全に後輩のものだが、年齢的にはきっと向こうが大先輩だろうな。
「山中で修行か。酔狂だなと言いたいところだけど、俺も似たようなもんか」
ちょろちょろ流れている滝の真ん前で神官を名乗ってる武道家――どう考えても同類だ。俺の場合、気づいたら強くなっていたので同列に扱うと相手に失礼だが。
なお、ラガシャは人見知りを発動したのか、俺の後ろに隠れた。相手がやけに陽気でちょっとびっくりしたか。
「それで、できれば弟子入りをさせてほしいんスよね。山籠もりで急速に強くなるって、何かすごい秘訣があるはずっス。指導はナシでもいいっス。目で見て盗むっス! おなしゃす!」
初々しい態度でエルフの剣士は頭を下げた。勢いでちょっとだけスカートが翻った。
おなしゃすって何だ? お願いしますの省略形かな……。
本音を言うと、こういうやる気を見せる後輩っぽい雰囲気の奴が来てくれると悪い気はしないものである。先輩風を吹かせたくなる。
まして、それがきれいな異性ならなおさらだ。神官としてはどうなのかという気もするが……。
しかし、弟子入りを募集した覚えはない。ただでさえラガシャという見えない神がこの場にはいるので、必ずややこしいことになる。
町なんかではラガシャにしゃべりかけないように気をつけてはいるが、滝のそばだと普通に声出して会話してるからな。俺は虚空にしゃべり続ける変な奴に見えるシーンがきっと現れる。
現状、竜神ラガシャという神の広報は俺しかできない。ラガシャは力を出せば人にメッセージを伝えるぐらいはできそうだが見るからに大変そうだし、かえって邪神として討伐されるリスクもある。
「武道家の弟子はとってない。見たらわかる思うが、まだまだ若造だし、強くなったのも偶然なんだ」
「そうっスか。武道家の弟子は諦めるっス」
諦めるの、早いな!
俺が言うのもおかしいけど、もうちょっと粘ってもいいんじゃないか……。
エルフが胸に手を当ててこう言った。
「武道家の弟子は諦めるっスが、ここの竜神の神官をさせてほしいっス。だったらここにいる理由にはなるっスよね」
そう来たか。
たしかに竜神ラガシャの信仰のために働きたいと言われた場合、俺の一存で決めづらい。少なくとも、ここには竜神本人がいるのだから、竜神に決めてもらうべきだろう。
「神官? こいつ、なんか軽そうであまり信用はおけないのです」
ラガシャは俺の後ろから出てくると、浮かない顔をして言った。
「そんなこと言わずに! 私、けっこう忍耐力もあるっス! 自分が籠もってた山でも布教するっス!」
「山って、どうせクマぐらいしかいないんだから信者なんて増えないのです」
「リスもウサギもいるっス。キツネもいるっス」
じゃあ、やっぱり信者増えそうにないな……。
「まだ神官が一人という状況だからこそ、次の神官は慎重に選ばないといけないのです。ここで変な奴を雇ってしまっては、せっかく信者も増えてきてるのに台無しになるのです。少なくとも試験期間は必要なのです」
「試験期間ぐらいへっちゃらっス。ぜひ私の活躍を見てほしいっス!」
あれ?
何かがおかしいぞ。
俺はラガシャの肩をぽんぽん叩いた。
「何なのです? 攻めの姿勢で変な神官を増やすのは危ないのです。守りを固めて少しずつ発展させるぐらいがちょうど――」
「お前、あのエルフと会話してないか?」
小さな声で耳打ちした直後に、「ああああああああっ!」とラガシャが叫んだ。
「そういえば、おかしいです! 朕を見て、エルフはしゃべってましたです!」
「たしか竜神のラガシャ様っスよね? 私はエルフのナタタっス」
エルフが笑って言った。
エルフの名前ってなんか変だよな。
次回は本日20時前に更新予定です!




