1 治癒師、霊感が強すぎて霊が見える
「よし、今日は嘆きの洞窟を探索するぞ」
パーティーリーダーのマークスが地図を広げて言う。
朝、宿屋のロビーにはクラン【ガーゴイルの眼】のメンバーがすでに揃っている。
リーダーで剣士のマークス、魔法使いのリジェ、盗賊のカイン、二人目の剣士ランカ、それから治癒師のこの俺ユートで五人。
俺以外はみんな、洞窟で掘り出し物を見つけてやると意気込んでいる。もうこのクランが現メンバーになって一年以上が経つので、顔を見なくても空気でわかる。
みんなやる気だ。
ただし、俺以外は……。
「ユート、お前、一人だけテンション低いぞ、いくら後衛だからってもう少しやる気見せろよ」
マークスがため息を吐きながら言う。メンバー全員が揃っている場所でのダメ出しはパワハラに当たると禁止しているクランもあるが、俺はこれ自体はしょうがないと思う。洞窟探索で士気が低いと連携が悪くなる危険もあるし。
でも、テンションが低いのにはまっとうな理由があるのだ。急に上げられるものじゃない。
「あのさ、嘆きの洞窟じゃなきゃダメか? 近くの走りコウモリの洞窟でよくないか?」
俺は代案を出す。とある事情で嘆きの洞窟がダメなだけだ。
「コウモリの洞窟より嘆きの洞窟のほうが入手できるアイテムの質がいいんだよ。それはギルドが公表してる統計でも明らかだ。距離もコウモリの洞窟よりちょっと近い。なんでコウモリの洞窟にしなきゃいけないんだ」
このマークスの反応だと、まったく理由が思い当たらないらしい。
まずいな。俺から理由を話すしかない。
となると、また幻滅した顔をされるだろうな。
「嘆きの洞窟ってさ、よく出るんだよ」
しょうがなく俺は理由を話す。もっとも、これでも最後の抵抗でわずかにぼかした。
「出るって何が~?」
女魔法使いのリジェが無邪気に尋ねてくる。その反応に盗賊のカインも女剣士のランカも興味ありそうに顔を向けてくる。
ああ、こいつら、とくに鈍いタイプだったな。とっくに察してると思ったけど、本当にまったくわかってないらしい。
「出るって言ったら、これしかないだろ。『霊』だよ」
俺は声を低めて言った。
直後、リジェが爆笑して、一方で女剣士のランカが俺にサソリでもついたみたいに二歩も後ずさった。ランカはこの手の話に弱い。
「ひゃははははっ! ユートって本当に霊なんて信じてるんだ~!」
「やめてください! わたしは怖い話は本当にダメなんです! 血がたくさん出るのも怖い話もどっちもダメなんですからっ! だからわざわざ切れ味悪い銅の剣で殴打主体で戦ってるんですよ!」
正反対の反応だ。でも、変な発言をしたとみなされてるのは同じだ。
「信じるも何も見えるんだからしょうがないだろ。もう、これは子供の頃からずっとそうなんだって。たとえば近所で葬式があった日――」
「もう、いい。やめろ!」
マークスが語気を強くして言った。いつの間にか太い腕で腕組みしている。
「ユート、そんな身勝手な話が理由なら嘆きの洞窟に行くぞ。霊が見えるっていうのはお前の都合だ。霊を見ただけで途端に魔力が底を尽くっていうならしょうがないけど、そんなこともないんだろ?」
「それは……ないな」
そう答えるしかない。たしかに露骨な不利益が発生するケースは多くはない。
「じゃあ、問題ないな。もし、洞窟の中で霊の話をしたらクビだ。行くぞ」
少し、マークスがこっちを睨んだ。でも、まだそれはマシなほうかもしれない。
盗賊のカインが心底あきれた顔をしていた。
「霊とかがうじゃうじゃいるっていうなら、魔物を殺しまくってる俺たちはとっくに呪い殺されてるんじゃねえの? まっ、ミスト系やシャドー系の魔物を見間違ったりしたんだろ。ミスト系の魔物の顔が死んだ爺さんそっくりに見えたとかな」
そういうのとはちょっと違うんだと言いたかったが、場の空気がもっと悪くなるだけだから俺は避けた。
俺は治癒師だ。クランのみんなの回復だけしっかりやれればそれでいい。
宿屋を出ていくみんなに俺もついていった。
◇
俺は幼い頃からいわゆる「霊感」が強かった。明らかに生きてる存在とは違う何かのほうをじっと見て、当時まだ存命だった母親にも気味悪がられたものだ。
俺が十一歳の時に疫病で亡くなった母親の顔の横にも、死ぬ間際は死者の霊がずっと見えていた。看病に来てくれた親戚のおばさんは「きっと助かるから」と元気づけようとしていたが、死神みたいに死者の霊がいるようじゃ無理だろうと本音では思ったよ。
十三歳の時に誰もが行うことになっている【天職判定】で、治癒師だと判定された時も会場の神殿ではちらほら霊らしきものが浮かんで、変な発光をしていた。宗教施設は霊がよく出るという話は本当らしい。
【天職判定】はその人間が何の職業に適性があるかを神の啓示で確認する通過儀礼だ。剣士や魔法使いという判定を受けた奴の多くはそのまま冒険者を目指す。
治癒師と判定を受けた奴は回復担当の冒険者以外にも各地の宗教の神官になるという道もあったが、早く独立したくて、十六歳で冒険者登録をした。疫病で亡くなった母親の看病を手伝ってくれたおばさんが家族を失った俺に引き取ってくれていたが、あまり長く迷惑をかけるわけにはいかないと思った。
冒険者の仕事も今年で十年目だ。その間もさんざん霊や怪奇現象を見た。
とくに嘆きの洞窟みたいないわくつきの場所は頻繁に霊が出る。
「そういや、嘆きの洞窟ってなんでそんな名前になったか知ってる~?」
洞窟の探索中、女魔法使いのリジェが女剣士のランカに話しかけている。絶対に怖がらせるためだ。
「えっ……? いい宝箱を持って帰りそびれて残念がって嘆いたとか……?」
女剣士のランカはやたらとショートボブの髪を触っている。落ち着かない時にする仕草だ。
「違うって。苦戦したクランが死にかけの仲間をここで置き去りにしたんだよ。それでその置き去りにされた霊が嘆きの声をあげてるから、嘆きの洞窟って言うんだって~!」
「やめてくださいよ、リジェさん! わたし、そういうの、本当にダメで!」
前衛だったはずのランカがどんどん後ろに下がっていく。
ただ、リジェの話自体は本当だ。
だって、近くに嘆いてる霊が見えるんだから。
『うう……どうして俺だけ置いていったんだ……。あれはあんまりじゃないか……』
霊が俺にだけ聞こえる声で愚痴を言っている。
お前も大変だったんだな。俺は神官じゃないから成仏とか昇天とかいった概念はよくわからないけど、かわいそうだなとは思うぞ。
――その時。
洞窟の奥から幾何学的なカクカクしたフォルムの魔物が出てきた。
「ちっ! ストーンマンか! このへんで最大級の魔物かよ!」
リーダーのマークスが舌打ちする。油断すれば死者が出るレベルの魔物だ。ストーンマンはゴーレムの亜種と言われていて、どちらが強いかで議論があるほどだ。標準的なCランク冒険者ばかりの所帯の俺たちにとっては十分脅威だ。
「カインもランカも前に来い! ナイフと剣で突け! ストーンマンは顔の少し下にコアがある。それを破壊すれば倒せる!」
マークスの指示は的確だ。リーダーに必要な素質である決断力が備わっている。ストーンマンが強敵とはいえ、ちゃんと倒せるだろう。
しかし、今回はイレギュラーが起きた。
『おい、あんたらも冒険者なんだろ……外まで連れていってくれよ……なあ……』
俺にだけ見える霊がマークスのマントをつかんだ。
それだけでなく、その霊はマークスの内側に入り込もうとした。
本当に憑こうとしてるわけだ。
わずかにマークスの前に出る動きが弱まる。
「な、なんだ! 急に体が重くなったような……」
そのせいで突っ込むタイミングが遅れて、マークスはストーンマンの腕の一撃を食いそうになっていた。わずかな出遅れが致命傷になりかねない。
「くっ! なんでこんなタイミングでコンディションが悪いんだよ! 昨日は深酒もしてねえぞ!」
俺はマークスのそばに突っ込んだ。
そして、マークスの頬を叩く。
そのショックで、憑いていた霊が外れた。
何が起こったかわからないマークスを引っ張る。
「ユート! お前っ! ふざけてるのか! 命懸けの戦いなんだぞ!」
「それは俺もわかってるよ! でも、マークス、体が重くなってただろ!」
「た、たしかに……」
「霊が憑いてたんだよ。憑いたところでちょっと体が重くなるぐらいだろうし、そのうちまた外れると思う。でも、今、体が重くなって動きが鈍ったら終わりだ!」
意味がわからないという顔で、マークスが俺を見た。
叩かれたことの報復をする気もうせたという顔をしていた。
「お前……まだ霊がどうとか言ってるのか……?」
「俺だって普段から霊がどうこう言って変な空気にする気はない! 緊急事態だったんだ!」
「とにかく……今の俺に霊はついてないんだな?」
「俺がマークスを叩いたことでびっくりして、また離れた。今なら大丈夫だ」
マークスは戦闘に復帰する。
そして、カインとランカが隙を作ったところに太い剣を持ってストーンマンに突っ込んだ。
ストーンマンのコアの部分が壊れたらしく、ストーンマンはゆっくりと砂になっていく。
どうにか俺たちが勝利した。
魔法使いのリジェが「やった、やったー!」とはしゃいでる中、マークスと盗賊のカインは黙り込んでいた。
ただ、二人が冷たい目で俺を見ているのはよくわかった。
「そろそろ戻ったほうがよさそうだな。打ち上げはいつもの安酒場じゃなくて落ち着いたレストランにしよう」
押し殺した声でマークスは言った。
新作投稿します! 今後ともよろしくお願いいたします! 本日は初日なので、3話まで更新します。明日も3回更新、それ以降はしばらく1日2回更新の予定です。




