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Yell  作者: せんべい
1/1

タイトル未定2025/12/27 21:35

          Yell

私は雨が嫌いだ

外に出られる可能性が40%ほど減るからだ

大抵は買い物などの理由で仕方なく外に出るが、気分が乗らなかったり明日に回せる場合は家の中でスマホをいじったりゴロゴロしたりして過ごす事も稀ではない


そんな時に、ふと思う事がある

私は本当は何がしたかったのか

何者になりたかったのか

むしろ、何もしない事を望んでいるのか

考えても答えは出ない

誰も教えてはくれない

同じ毎日、同じ顔触れ、同じ景色

気付く事といえば、あそこにあの店が出来た

あの場所がなくなったなどの私には

無縁の事ばかりだ

一つ言っておくが決して私がネガティブな訳ではない

私事ではあるが世の中には、どうしようも無い事もあると思って欲しい



話しを戻すが、そんな私でも雨の日の楽しみが全く無いわけではない

それは不定期に行われる楽器の演奏会だ

理由は分からないが、演奏会が行われる日には

決まって雨が降っていた

「ザー」という雨音とつま弾かれる

ギターの音色…

これだけで音楽としてほぼ完成していると

言っていいだろう

もちろん主観の問題だが…


前置きが長くなってしまったが今日は私が見たとても素敵な夢の話しを聞いて貰いたい

この話しを聞いてあなたの退屈な時間が少しでも短くなるようにお手伝い出来れば幸いだ

それではまた後ほどお逢いしよう…



その日はとても眩しい朝だった

お母さんがカーテンを開けながら何か言っている

「希望!(のぞみ)早く起きなさい!学校遅れるよ!」

身体が思う様に動かせない

せっかくこんなに晴れているのだから

すぐにでも外に出て太陽の光を身体中に染み込ませたいのに

2階にあるあたしの部屋から朝食を食べに一階へと降りていく

キッチンからはお父さんの大好きな濃いめの

ブラックコーヒーの匂いと焼きたての食パンの香りが漂っている

「おはよう。希望もコーヒー飲むかい?」

お父さんがいつものように話しかけてくれる

「いらない。口臭くなるし…」

なんて言い方しているんだろう

別にお父さんの事が嫌いとかそういう訳ではないのに、何故か刺々(とげとげ)しくなってしまう

きっとこれが思春期なんだろう

あたしはこの時、この有難い言葉で全てを

片付けた


最寄りの駅に着くと、親友の明日香がスマホを片手に手を振って近付いてきた

「希望!おはよう!」

彼女はヘッドホンを外すと頭を二、三回振ってから前髪を整えた

その反動で肩に掛けているベースのギグバッグ

が地面に落ちそうになる

あたしは慌ててそのギグバッグの袖を掴んだ

「あっぶな!ありがとう、希望。」

彼女とあたしは小学校からの付き合いだ

6年生の時、家族で当時有名だったバンドの

ライブを観に行ってからどっぷり音楽にハマったらしく中学三年間では部活動にも入らず

黙々とベースを練習していたらしい

何故ベースかと聞いた事があったがその理由は忘れてしまった

覚えているのはあのライブの日から明日香は

変わったという事

どちらかと言うと「陰キャ」よりだった明日香だったけど、今は誰からも好かれる人気者になっている

きっと、昔の引っ込み思案な明日香を知っているのは自分だけなんだと思うと、妙な優越感に浸っている自分がいた

「今日は何を聴いていたの?」

前の方で改札口のエラー音が鳴り響くと

あたし達は改札口の列を変えてホームへと向かった

「コレ!希望も絶対好きなヤツだよ!」

明日香はあたしに誰かの曲を聴かせる時には

大体このセリフを言う

その都度感想を言い合い、気付けば学校の近くまで来ているというのがあたし達の通学ルーティンだった

でも今日は違った

渡されたヘッドホンから耳へと伝わってくる音は瞬く間にあたしの全身を駆け巡った

あたしは思わず足を止めて聴き入ってしまった

時間にして1分程度の曲だったがまるで世界中を旅して来たかの様な感覚にさせられていた

遠くの方で声が聞こえる…


「どうかな??」

ハッとしてヘッドホンを外すと明日香が覗き込む様にあたしの顔をみて問いかけていた

「ヤバすぎだよコレ!誰の曲?」

あたしがそういうと明日香は照れくさそうに答えてくれた

「コレ、わたしが作ったんだ…まだ途中なんだけどさ、一番最初に希望に聴いて貰いたくて…」

あたしは、不思議と驚かなかった

それよりも早くこの曲を大勢の人に聴いてもらいたいという気持ちの方が強かった

「明日香!絶対才能あるよ!あたしが保証する!こう見えてもあたしの気に入った音楽は大抵売れるから!」

あたしが熱弁すると明日香は昔の様に少しモジモジしながら返事をした

「それは希望がすでに売れてる音楽を聴いてるだけだよ!…でも、嬉しい。ありがとう!頑張って完成させるね!その時も、1番目の

リスナーは希望だからね!」

そうこうしている内に学校へ到着すると、

あたし達は自分達のクラスへと分かれて行った


一時間目の授業が終わった頃、あたしの中ではもう明日香が音楽で成功する算段が付いていた

あたしのキャンパスのノートは、授業そっちのけで描いた明日香の成功への道筋でいっぱいになっていた

きっと先生は、「あんなに一生懸命ノートを写して感心だなと思ったに違いない!」

一石二鳥とはまさにこの事を言うのだろう

あたしは放課後が待ち切れなくなっていた

早くこの「計画書」を明日香に見せてすぐにでも行動に移したかったからだ

こんなにも時間が経つのが遅く感じたのは

散々だった高一の時の期末テスト以来の事だった


放課後のチャイムが鳴り、遂にこの時がやって来た

あたしは急ぎ足で明日香のいる軽音部の部室へと向かった

おぼつかないドラムの音と、信じられないくらいのボリュームで聴こえてくるギターの音色

何を言っているのか全く分からないボーカルの歌声…そして僅かに聴こえる明日香のレベチなベースライン

あたしは、まるで好きな男の子にこれから愛の告白をするかの様な気持ちで軽音部の部室の扉を開いた


「みんな!ちょっとストップ!音止めて!」

明日香の一声で演奏が止んだ

部室にはドラムのシンバルの残響音とギターアンプのノイズだけが残っている

あたしは少し間をおいてからカバンからあの

ノートを取り出して喋り始めた

「練習中にごめんね。明日香に見てもらいたい物があるんだ。」

あたしは計画書を描いたページを開くと、

少し強引に明日香にノートを手渡した

「コレ…。」

明日香はしばらく黙ってノートに目を当てると

はにかみながらノートをあたしに返して来た

「すごいね、この計画書…なんか圧倒されちゃった。」

あたしは間髪入れずに明日香に話しかけた

「あの曲と、この計画書があれば、明日香は

来年の今頃にはスーパースターだよ!」

あたしには自信があった

明日香のベースの腕前は誰よりも分かっているつもりでいたのだ

だがこの後、明日香からは思わぬ言葉が返って来た

「でも、今はこのままでいたいな…

今ね、文化祭の出し物の練習をしているの。

すっごく楽しいんだ!」

あたしには理解出来なかった

こんな素人集団と明日香では明らかに実力が伴わない

いや、むしろそんな悠長な事を言っていれば

明日香自信ですらプロへの道が途絶えてしまうだろう

その時、ギターの娘が口を挟んできた

「あのぉ…練習、再開してもいいかなぁ?」

良いわけがないだろう

明日香はアンタ達とは違う世界の人間なんだから…と思った矢先、ドラムの4カウントが部室中に響き渡る

そのまま、また酷い演奏が始まり結局あたしは軽音部から追い出される様にその場を後にした


この日から、朝のあたしの通学ルーティンは、一人スマホで漫画を読む事に変わった


明日香のあの曲を聴いてから、一週間が経とうする頃、放課後のあの軽音部の部室から聞き慣れないギターの音色があたしの身体をすり抜けていった

あの出来事以来、軽音部には近付かない様にしていたのだが、今日は明日香達のバンドはいないらしい

あたしはそのギターの音色に吸い込まれる様に軽音部の部室へと向かった

扉を開けるとそこには同じ学年の男子が座ってギターを鳴らしていた

暫くすると彼はあたしの存在に気付いた

「あ、ごめん!軽音部の人?」

「ううん。あたしは軽音部じゃないよ。

今の、すごい綺麗な音色だったから思わず覗きに来ちゃって…」

男子とちゃんと喋るのなんてどれくらいぶりだろう?

あたしは少し緊張しながらそう答えた

「ああ、コレ?これはガットギターって言うんだよ。クラシックギターって聞いたときない?それがコイツ」

彼は右手でギターのボディをパシパシ叩くと

慣れた手つきで片付けを始めた。

あたしは、「待って!もう少し聴かせて!」と

心の中で叫んだが実際には言える訳もなく、

ただ彼がギターをバックにしまうのを見つめていた

「俺さ、たまにこの部室勝手に使わせてもらってんだ。家で弾いてると親がうるさいからさ。」

彼はギターを片付け終えると椅子から立ち上がりギターのハードケースを持ち上げた

身長は173cm〜175cmくらいか?

そこそこのイケメンだ

煩悩は置いておいて、彼の言い分から察するに

どうやら軽音部の人ではないらしい

あたしは彼に尋ねた

「あの…楽器、ギター上手だね!何で軽音部に入らないの?」

すると彼は少し寂しそうな表情を見せながら答えた

「何でって…ここには俺のやりたい音楽は無かったからかな。俺はさプロギタリストになるんだよ。だから、こんな所で遊んでいる暇は無いんだ。」

あたしには彼の言っている事が少し理解出来た

確かに彼の実力に付いていける者はこの軽音部にはいない…ただ一人を除いて

あたしは無性に明日香の事を彼に伝えたくなった

「あ、あの、一ノ瀬明日香って分かる!?」

思い切って明日香の事を話してみる

すると意外な答えが返ってきた

「一ノ瀬?あー知ってるよ。だって同じクラスだもん。」

あたしは突発的に「ナイス!」と思ってしまった

彼の事を明日香に話せば、明日香も彼の様に、プロを目指す気になるかもしれない

そうすれば全て上手くいくとでも思ったのだろう

でもそれは大きな間違いだった

「彼女、ベースやるでしょ?上手いよね。

俺もあんな風に弾ければいいのに…」

何やら言ってはいけないNGワードを引き当ててしまったらしい

その後は結局一言も交わす事なく、彼は部室から出て行ってしまった

あたしはモヤモヤした気持ちを抑え込むと、

ある事に気付いた

「名前…聞くの忘れてた…」


それからまた数日が過ぎた頃、文化祭当日までは一か月を切っていた

そんなある日、明日香から一通のLINEが届いた

「希望、この前はごめん。希望が作ってくれたあの計画書は、ホントに真剣にわたしの事を考えてくれてたのは分かってる。

嘘じゃないよ。でもね、わたしの音楽は今の

仲間と楽しく一緒に成長していく事なんだ。

わたしがベースを始めた頃、周りに音楽をやっている子はいなかったからいつも一人で練習してた。CDに合わせて演奏したり、ライブのDVDを観ながら合わせて弾いてみたりね

だから今、バンドの仲間と一緒に演奏するのはとっても楽しいし、嬉しいんだ。

みんなで練習した音楽を、希望にちゃんと聴いてほしい

だから文化祭は絶対にわたし達を観に来て

こんなふうになっちゃったけどわたしは今でも希望の事、大親友だと思ってる。」


あたしは、このLINEを読んでもまだ素直になれずにいた

あの日、実は部活が終わった明日香から着信が入っていた

でもあたしはその電話を拒んでしまったのだ

一体あたしは何がしたかったんだろう?

ただ、いつもみたいに一緒に居たかった…

きっとそれだけなんだ


帰り道、お母さんに買い物を頼まれ

あたしは駅から一番近いスーパーに寄る事にした

「牛乳とカット野菜、それから…」

お母さんからのLINEを確認しながら買い物籠に商品を入れていく

どんなに悩みや葛藤があっても漫画やドラマの様に商品を落としてしまったり人にぶつかってしまったりといった事は無い

ただ黙々と自分に課せられたノルマをこなす

人間とは、そういう生き物なのかも知れない


「ふぅ、後は会計して終わりっと。」

レジの列に並ぶと、後ろから聞き覚えのある声が聞こえてきた

「後ろ失礼しまーす」

あたしは何気なく振り返ると、そこにはあの時の彼…ガットくん(仮)がいたのだ。

彼もあたしに気付いたようだ

「あれ、確か一ノ瀬の…?」

「あはは、どうもぉ…」

あたしはなんか見てはいけない物を見た気がして気まずくてしょうがなかった

スーパーの制服は大抵エプロンをしている事が多い

ガットくんのエプロン姿は、ありえない程似合っていて、逆に笑えなかった

会計を済ますとあたしはそそくさと店を出ようとした

その時、ガットくんからお呼びがかかった

「ねぇ、明日の夜暇?」

「ヒャイ?」

あたし今、絶対変な声出た

そんな事は関係無しに話しは進んでいた

「明日、俺ライブハウスで演るんだけど、もし良かったらチケット買ってくんないかな?

ノルマ結構エグくてさ!頼む!」

ほほーう、そうかい、そういう事かい

あたしは全てを理解した

さっきの変な声を返せよ、なあガット!

貴様、返せよ!

と妄想が激しくなる前にあたしは二つ返事で答えてやった

「良いよ!いくら?」

するとガットは可愛らしい笑顔で

「マジでっ!?うお!やった!

ワンドリンクチャージで2500円!

お金、明日でいいからさ!」

そう言い残し、スーパーのバックヤードへと消えて行った

「ん〜、掴めんヤツめ…」

あたしは牛乳の入った袋を反対の手に持ち替えると、家の方へ向かって歩いて行った

その時あたしはまた名前を聞くのを忘れたと思っていた


家に着き、夕食を食べ終わるとあたしはスマホでガットギターについて調べ始めた

通販サイトをスワイプで交わしていくと、

結構色々な情報を得る事が出来た

クラシックな音楽が主体ではあるものの

演歌や、フラメンコ、はたまたJ-POPにも幅広く使われているらしく

今まで聴いて来た音楽でも使われていたのかもしれないと思うと、自分の知識の浅さを痛感する

明日香の件の時、当然あたしはこのガットギターの存在すら知らなかった

そんなあたしが、彼女に偉そうに計画書なる物を差し出すなど、自分は一体何様なのかと恥ずかしいやら悔しいやら、何より申し訳無さで

胸が一杯になる

でも、塞ぎ込んでもラチがあかない

あたしは気持ちを無理やり切り替えると

サブスクを駆使して思いあたる限りのクラシック音楽を聴きながらベッドに潜り込んでいた


翌日、学校の昼休みにガットくんにチケット代を渡そうと思い、彼のクラスへと向かった

「どうか明日香と会いませんように!」

あたしは願掛けを済ませると、恐る恐る彼の

クラスを覗き込んだ

はたから見れば完全に変質者だろう

しかしそんな事を気にする余裕など無かった

クラス全体を見回してみるが、彼の姿も明日香の姿も見当たらない

あたしはなんだかホッとしていた

すると校内放送で昨日聴いたクラシックの曲が流れ始めた

「協奏曲 四季より 春…」

確かヴィバルディ作曲のランチタイムの定番曲だ

あたしは彼と明日香のクラスを後にすると、

何となくあの軽音部の部室へ足を運んでいた

すると微かに音が聞こえる

「この曲…」

それはあの明日香との出来事の時に聞いた酷い演奏とは全く別の音楽だった

あたしは軽音部の扉越しにその演奏に耳を傾けていた

「すごい…たった数週間でこんなに…」

あたしはハッとしてその場から走り去った

今この演奏をそれ以上聴くのはルール違反な気がしたからだ

明日香は文化祭でこの演奏をあたしに聴いてもらいたいのだ

であればこの場で、しかも明日香の知らない所で、この演奏を全て聴いてしまうのはフェアでは無い

あたしはドキドキしていた

本番はあたしの想像を遥かに凌ぐものになると確信した


結局、チケット代を渡せないままあたしは

ガットくんが出演するライブハウスの前に立っていた

対バンというやつなのか出演アーティストは

5組

その中のどれがガットくんなのか分からないまま、あたしは昨日渡されたチケットを受付に渡し入場を済ませた

「ドリンクは何になされます?」

「あっ、じゃあアイスミルクティーを…」

初めてのライブハウスは思っていたものとは大分違う様子だった

マンガやテレビでよく観る殺伐とした雰囲気とはまったく真逆で綺麗に整頓されたテーブルと

親切なスタッフさん

壁紙にも落書きなどは書かれていなかった

ただ、変わらないのはステージを彩るスポットライトと、音楽という聖域


あたしは一番後ろの左端のテーブルに座ると

スマホの設定をマナーモードに切り替え

その瞬間を待ち望んでいた


暫くすると、一組目のバンドがステージに上がり、楽器の準備を始めた。

店内のBGMが鳴り止むとドラムの3カウントから一曲目の演奏が始まった。

学校の部室とは違い、機材も揃っているし

スタッフさんが音量の調整をしているのもあってかこの3ピースバンドの演奏のバランスは中々の物だった

アマチュアとはいえ一枚2500円のチケットを売ってファンの前で演奏をするのだ

あたしはプロミュージシャンになるという事の厳しさを演奏後のこのまばらな拍手の中で感じていた


「まるで、審査員みたい…」

このバンドの身内らしき人達が盛り上がりを見せている一方で、あたしの耳にはこの演奏とはまったく関係の無い声が聞こえてくる

「服装がダサい」 「顔がタイプじゃない」

「MCが下手くそ」等々

純粋に演奏だけを切り取って身体に浸透させていくあたしの音楽の楽しみ方は間違えているのか?そんな事を考えさせられた

そんな時間が過ぎていく中、三番手でようやくガットくんが姿を現した

「あっ、やっと出て来たっ!」

あたしは、姿勢を正し彼の方へと目を向けた

彼はバンドではなくソロだった

椅子に座り、あの部室で弾いていた曲を弾き始める

曲名は「J・サグレラス作曲のはちすずめ」

あたしはあの時以上に彼の演奏へと吸いこまれていく ああ、なんて素敵な音色なんだろう…

そんな中、隣の方からヒソヒソ話しが聞こえてくる

「えっ?歌無し?ギターだけなのかな」

あたしにはこの人達がつまらなそうにしている姿が理解出来なかった

ジャンルは違えど間違いなく彼の演奏が今日のステージで一番の演奏だと思ったからだ

彼の演奏が終わると、例の如くまばらな拍手が会場に響く

あたしは、このまばらな拍手の中で自分の拍手の音を聴き分ける事が出来なかった。


5組全ての演奏が終わり、あたしがライブハウスを出ようとした時、ガットくんが焦った様子で近寄って来た

「マジで来てくれたんだ!ありがとう!」

あたしは何て答えたらいいのか分からなかった

演奏は本当に素晴らしかった

でも、周りの人達の意見が頭の中にこびり付いて離れない

あたしは苦し紛れにこう答えた

「本名…じゃないんだね。ステージネーム?」

「ああ、Symbolik(シンボリック)の事?

ドイツ語で<象徴>って意味だよ。

いつか俺が、日本のクラシックギターの象徴になってやる!って感じで付けた名前なんだ!」

彼は自分のライブの評価など微塵も気にしていない様子だった

あたしは、また自分がおこがましく思った

プレイヤーとリスナーでは根本的に音楽に対する価値観が違うのだとこの時の彼の笑顔を見て教えられた気がした

あたしはチケット代の2500円を彼に手渡すと

「また誘ってよ。絶対に観にいくから!」

そう言い残し、彼の元を去って行った。

この時あたしは、名前を聞くのはまだやめようと思った。

あたしが「Symbolik」のファンでいる為に…


あのライブの夜からあたしは色々なジャンルの音楽を聴く様になっていた

どういう物が統計的に人気があるのか

昔から現在まで色褪せる事のない音楽にはどんな共通点があるのか。

様々な角度で売れる秘訣を探っていく

だが、一貫した物を見つける事は出来なかった

だがそれが返ってあたしには好都合であった「Symbolik」の音楽性も明日香の音楽性も

型にはめる必要などないのだ

「あたしの好きな音楽はあたしの物だ!」

そう思えると次こそは思い切り「拍手」をしてやるんだと気合いが入る

明日香の文化祭まであと一週間…

あたしは彼女の音楽を真っ向から聴く準備を進めるのだった


文化祭前日の夜、あたしは明日香にLINEを返す事にした

「明日香へ

まず、ずっと返信出来なくてごめんなさい。

あたしはあの日、明日香の電話に出るのが

怖かった。今までずっと一緒に居て明日香に何かを断られた事なんて無かったのにあの計画書を見せた時の明日香の顔が忘れられなかった。

あたしに気を使って、無理に笑ってくれた事。

明日香にあたしの知らない大切な物が出来た事。それを素直に喜べ無かった自分がいた事。

あたしは、ずっと明日香の一番目で居たかった。だから、明日香の音楽にいつでもあたしが関われる様にあの計画書を書いた。

本当は自分の為だった。

そんなあたしに、明日香は文化祭の演奏を聴いて欲しいと言ってくれた。…嬉しかった。

あの日からあたしは少しでも明日香に追いつける様に、色んな音楽を聴いたんだよ。

でもあの朝、聴かせてくれた明日香の曲は

やっぱりヤバいよ…。

もしもまだ、虫の良い話しだけどあの曲の1番目のリスナーにあたしを選んでくれるなら…

明日の文化祭、明日香達の応援をさせて下さい。大好きだよ明日香…。」


あたしは自分の送ったLINEに既読が付くのを確認しないまま、そっとスマホの画面を閉じた


装飾された校舎が生徒たちを浮き足立たせ先生たちもこの日は仕事を忘れ一緒になって騒いでいる

待ちに待った文化祭が始まった

中庭には出店が並び、生徒たちが焼きそばや

フランクフルトを焼いている

あたしのクラスの出し物は占いの館だ

実際の所、占いとは名ばかりで仲の良い男女を招き入れて言葉巧みにカップルにしてしまえという何とも高校生らしい企画である

あたしはあまり興味は無かったがこの出し物はそれなりの盛り上がりを見せていた

そんな中、ガットくんと知らない女子がこの占いにやって来た

あたしは思わず隠れてしまった

「隣の人、誰だろう?まさか彼女とか…」

あたしはそっと二人を覗き見ると、占い師役の女子生徒が、ニヤニヤしながら二人のお膳立てを始めている

「これも運命(さだめ)か…」

あたしはその場を離れる事にした

暫くうつむいてからハッ!とした

「つーかなんであたし凹んでるの?別にあたしはSymbolikのファンというだけで彼に特別な

感情などは一切…」

あたしがそんな事を一人呟いていると後ろから声をかけられた

「何してんの?」

「ビャーっ!」

あたしはまたとんでもない声を上げてしまった

振り返るとそこにはお約束通りガットくんの姿が…

「お疲れ様!つーか前にもすっごい声

上げてた事あったけど、新山っていっつもそんなんなの?」

タイミングだよ!タ・イ・ミ・ン・グ!

あたしはそう言い返したかったがそれよりもある違和感に気付いた

ん?ニイヤマ?なんであたしの苗字知ってるの?

そんな疑問を抱きながら会話は進んでいく

「文化祭って最高だよな。授業もないし…」

そこかよっ!って思わずツッコミたくなるが

あたしは彼に話しを合わせた

すると占いの館に一緒にいた彼女が二人分の飲み物を持って駆け寄って来た

「ハイこれ。」

「おう!サンキュー遥」

ふーん遥ちゃんって言うんだ…そうですか

のろけですかご馳走様

あたしがむくれていると、彼はおもむろに彼女の紹介をし始めた

「コレ、妹の遥。俺らの1コ下!学校は違うけど仲良くしてやって。」

「ちょっと!コレとか酷いんですけど!?」

二人が兄妹漫才をし始めだが、あたしはそれどころではない

…恥ずかしい、我ながら勘違いにも程がある!

何なんですかコレ?

人間観察バラエティーですか?カメラは何処ですか?

あたしは少しパニックになったが、呼吸を整え冷静になると少し大人っぽく妹さんに話しかけた

「新山希望です。よろしくね!飴食べる?」

なんで大阪のおばちゃんみたいな事を言ってしまったのか自分でも意味不明だったが、

さっきまでの奈落の底に落ちたような気分は

すっかり消え去っていた

あたし達3人は、それから一緒に校内を回る事になった

それにしてもなんであたしの苗字知っているんだろう

「ぬぅ〜フェアじゃない…」

あたしはフランクフルトを頬張りながらそんな事を思っていた…

そんな中、文化祭のメインイベント

「校内フェスティバル」の準備も着々と進んでいた


「明日香ちん、メイク終わった〜?」

ギター担当の恵が校内フェス出演バンドの楽屋として使っている体育準備室の扉を勢いよく開いた


「うん。もうちょい…」

明日香は長い髪の毛先だけを少し内巻きにすると「よしっ!完成!」と言って椅子から立ち上がった。

「めっちゃ可愛いじゃん!こりゃ男子も女子も

メロメロだわぁ」

恵はそう言うと次は自分の番と言わんばかりに椅子に座り込み、せっせとメイクを始めた

「優子と畑リンは?」

明日香は他のメンバーの様子を恵に聞くと

楽屋からそっと出て行った

校内フェスの会場である体育館から軽音部の部室まで向かう途中、明日香はこのバンドが誕生した日の事を思い出していた


高校に入学し、わたしはすぐに軽音部に入部した

当時、軽音部の3年生の先輩と知り合いだった事も心強かったが何よりもバンドというものがやりたかった

わたしは、持参していたベースを取り出すと

「1年の一ノ瀬です。独学ですが一応弾けます。

宜しくお願いします。」と自己紹介を済ませると

とりあえず何か弾いてみて欲しいと言われた

こういう時、何を弾けば良いのか…?

そんな事を思いながら、わたしは一番練習した曲を選曲し、先輩達に披露した。

演奏中は全てがわたしの中から弾き出される

ただベースだけに集中する

身体中が熱くなり、音の振動が暴れ回るのを感じる

例え今日世界が滅んでしまっても悔いのない様に生きてみたい

そんな大袈裟な思いから始めたベースだったけど、今のわたしにはこれが全てだ


無我夢中で演奏を終えると前髪が乱れていた事に気付き、わたしは二、三回頭を振り、前髪を整えた

「…一ノ瀬さんだっけ?キミ、すごいわ!

何歳からベースやってるの?」

先輩たちから称賛を受けると、わたしはようやくホッとした

「どうもありがとうございます!始めたのは、小6の終わり頃なので12歳の時です。」

「そうなんだね…女子は一ノ瀬さんを含めて3人新入生が入部してるから、うまくバンド組めると良いね!」

そう言うと先輩たちは自分達の練習に戻って行った

ずっと憧れていたバンドが組めるかもしれない

わたしはワクワクが止まらなかった

そんな時、もう一人の新入生がまだ新品であろうギターを持ってわたしに話しかけてくれた

「めーっちゃ上手いね!ぼく素人なんだけど、どんな風に練習したらあんなに弾けるようになるの?」

ショートヘアに金髪ピアス、少し小柄な彼女は

かなり人懐こい性格をしている様だった

これが、わたしと佐久間恵との最初の出会いだった

わたしはすぐに恵と仲良くなる事が出来た

恵の人懐こい性格は何とも言えない心地良さがあった

それに一人称が「ぼく」というのも真似したくなるくらい可愛いかった

「明日香ちん、もう一人の一年生ってもう見た?」

「ううん。まだ会ってないよ。今日はいないみたいだし…」

「ぼくがギターで、明日香ちんがベースかぁ

バンドを組むとしたらボーカルかドラム志望

じゃないとパートが被っちゃうね。」

バンドを組むにあたり一番の弊害はドラムスだという

ギターやベースに比べて自宅での練習が困難な為、圧倒的にプレイヤーが少なく見つけるのに苦労するのだ

「キーボードの可能性もあるよね。」

恵とは自然にバンドを組む前提で話しをする事が出来た

わたし達は、まだ見ぬ3人目のメンバーの想像を膨らませ互いに笑い合っていた

翌日、部活に初めて新入生の3人が揃う事になった

「明日香ちん、あの娘だよね?ぼく達の同級生って…」

わたし達が目の当たりにした彼女はポケットに手を突っ込みガムを膨らませては潰すを繰り返して鋭い眼光でコチラを見てくる

何とも話しかけづらい雰囲気ではあったが、

わたしは思い切って彼女に話しかけた

「あの、はじめまして。あの、わたし同じ一年の一ノ瀬明日香です…ベースやってます。」

軽く自己紹介をすると今度は彼女が話し始める

「畑中凛です。よろしく。」

怖そうなイメージとは裏腹に以外と丁寧に返事をしてくれた事に驚いたが、わたしは更に質問をしてみた

「1年は、わたしとそこに居る佐久間さんと畑中さんの3人だけみたいなんだけど、畑中さんは志望パートとか決まってる?」

「まあ、一応は…というか楽器出来ないんでボーカル一択だけど…」

わたしは、パートが被っていなかった事に安心した すると今度は恵が畑中さんに喋りかける

「ねぇー、一緒にバンドやろうよ。その為に軽音部入ったんでしょー?ぼく達まだボーカルとドラムいないんだー。」

わたしにはこんなにストレートに気持ちを伝える事は出来ない為、恵がいてくれて本当に心強かった

畑中さんは少し間をあけてから返事をした

「…私、素人だけどそれでも良ければ…」

「よーし!ボーカルゲットぉ!」

恵はガッツポーズを決めると、更に話しを進める

「畑中さんは、どんな歌が好きなの?J-POP?

それともロック系とか?ぼくはねぇ……」

恵の人懐こさが爆発すると、畑中さんは少し焦った様子で応対していた

彼女は、見た目は少しツッパっているように見えるが、以外とわたしと似ているのかもしれないと思った

3人でバンドを組む事になり私たちは練習曲をとあるガールズバンドの名曲に決めた

スマホで楽譜をダウンロードするとわたし達は近くのコンビニへ急ぎ、楽譜を「4部」コピーした もしもドラムやキーボードが見つかった時にすぐに渡せるようにである

わたしは2人に楽譜の読み方を教えると早速、練習が始まった

恵は最初のイントロを何度も反復練習していて初日はそれで終わってしまったが、わたしはそれでも楽しくてしょうがなかった

遂にバンドが出来る それだけで幸せだった


バンドを組んで一か月が過ぎた頃、3年の先輩がメンバーが決まるまでの間、仮でドラムを叩いてくれる事になった

演奏にドラムが加わる事によって、わたしは

より気持ち良くベースを弾く事が出来た

バンドではリズム隊と呼ばれるベース、ドラムは文字通りバンドのリズムを正確に刻み、音楽に「ノリ」やメリハリをつける重要な役割だ

特にドラムの刻むリズムは楽曲そのものの土台になる為、このリズムが早すぎたり、遅すぎたりすると、他の楽器もそれに引っ張られてしまい、演奏が聴きづらくなってしまうのだ


先輩の叩くドラムの音は、力強く正確で

何よりも楽しそうだった

わたしは、この男子の先輩に少し憧れのような気持ちを芽生えさせていた

そんな日々が、あっという間に過ぎていき、

気が付くと夏休みも終わり、一年生の後期が

始まった

恵のクラスには大阪から転校生がやってくるらしく、新学期の話題はそれで持ちきりだった


「例の転校生、女子だったよ!軽音部入ってくんないかなぁ…」

わたしは、そんなにうまくいくわけ無いと思ったが、恵は誘う気満々らしくその意見に

乗ってみる事にした

放課後、恵と畑リンとわたしの3人で転校生の部活勧誘作戦を開始した

ちなみに畑リンとは、畑中さんのあだ名で、

恵が畑リンの物騒なイメージを和らげる為に付けたんだとか

最初はあだ名なんていいと言っていた畑リンも軽音部のみんなから呼ばれるようになると、

まんざらでも無さそうだった


わたし達は、転校生の元に集まると早速部活の話しを始めた

「軽音部一年の一ノ瀬です。音楽興味ありますか?」

転校生の彼女は関西弁で質問に答えてくれた

生で関西弁を聞くのは初めてだった

「軽音部?ああ、入ってもええよ!

ウチ、前の学校でも軽音やっとったし。」

「マジでぇ?楽器は何をやってたの?」

恵は間髪入れず質問した

「ベースやけど…」

わたし達は少し固まってしまった

こちらから誘っておいて、ベースは間に合っているとは言い出せなかった

だが黙っていても、明日香がベースだという事はすぐに分かってしまう

結局、ドラマーを探している事は言い出せないまま軽音部の部室まで案内する事になってしまった

「うっわ!広っ!前の学校とはえらい違いやな。」

転校生は部室をぐるっと一周すると

わたし達の元に戻って「はぁ…」と溜息を吐いた後こう言った

「んで、誰がベースなん?被っとんのやろ?

顔見ればわかる。」

彼女には全てお見通しだったようで、わたしは自分がベースだと答えると、素直に謝った。

「ごめんなさい、ドラマーを探している事言い出せなくて…」

「ええよ、別に。あんたら悪い人達には見えへんし…気使ってくれたんやろ?それにドラマーを見つけるのがどんだけしんどいかウチも分かっとるつもりやし…」

彼女は前の学校で、ドラマーだけが見つからず、メンバーで週替わりでドラムを叩く当番を決めて活動していたらしい

わたしはそんなやり方があったのかと感心したのだが、彼女はすぐにこのやり方ではダメだと教えてくれた

「その場凌ぎならどないでもなるんやけどな、

結局、全ての楽器をローテーションせなあかんくなるから意味ないねん。

例えば今日ウチがドラムの当番やとするやろ

すると今度はベースに穴が空くやんか。

そんでその穴をギターが埋めるやろ…したら今度はギター誰が弾くねん?ってな感じで…」

確かに、ドラムをカバーする為に他の楽器がおざなりになってしまうのは意味がない。

そもそも人数が足りていないのだからそうなるのは当然である

わたしは、彼女の話しを聞いている内に経験値の差を感じられずにはいられなかった

彼女がもし、わたし達のバンドに入ってくれたら…そんな事を考えていると、彼女から思わぬ言葉が飛んできた

「ほんならウチ、ドラムでもええよ。ただし、そこのベースの子がウチよりごっつええベースを弾けたらやけど。」

わたしは胸にジュワとした何かを感じた

すかさず畑リンが彼女に問いかける

「何それ?どういう意味?」

「そのまんまやけど?ウチもベースやっとる言うたやろ。バンドでパートが被ったら上手い方を取るべきやで。」

畑リンは鋭い眼光で彼女を見つめると今度は恵が間に入り、2人をなだめる

「ちょっとぉ…喧嘩はやめようよぅ。」

一触触発の2人と、それをなだめる恵を横目に明日香は何かを吹っ切ったように喋り始めた

「分かった。いいよ。もしわたしのベースが気に入らなければわたしはこのバンドを抜ける…

それでいいよね?」

「ちょっと明日香!?何言ってんの。こんな娘の話しなんか本気にしないでまた新しいドラマーを探せば…」

畑リンが必死に説得しようとしてくれていたが

わたしの決意は固かった

「話しはまとまったん?ほんなら明日のこの

時間、またココに集合って事で。判定してもらうのは、この部活の人なら誰でもええよ。

エコひいきとか気にせえへんから。」

彼女は自信満々にそうわたし達に伝えて、

その場を後にした

わたし達はその後すぐに行き付けのファミレスへ移動した

「なんなの?アイツ!!マジ有り得ないくらい

ムカつくんだけどっ!」

畑リンが珍しく熱くなっている

わたしの為にここまで怒ってくれるなんて…

それに恵もすごく心配してくれている…

わたしは感謝の気持ちで胸がいっぱいになった

「2人共、ありがとう。明日は絶対に負けないから大丈夫だよ!」

「でもびっくりしたよぅ。いつも温厚な明日香ちんがあんなに啖呵を切るとは思わなかった。」

恵はメロンクリームソーダのアイスをストローで突っつきながそう言うと今度はポテトフライに手を伸ばした

「ちょっと!恵!アンタ状況分かってんの?

明日、明日香が負けたらあの性悪関西女にバンドを乗っ取られるんだよ!?

呑気にアイスやらポテト食べてる場合じゃないんだから!」

「ん〜、でもぼくは明日香ちんのベース好きだから。それにあの娘の実力も分かんないしぃ。」

「はあ、アンタに聞いた私が馬鹿でしたよ。」

そう言うと畑リンは肩を落とした

「なんか不思議だね。わたし達、まだ知り合って半年くらいしか経っていないのにずっと前から一緒にいたみたいな気がする…。わたしね、ずっとバンドが組みたかったんだ。ずーっと

1人でベース弾いてきたからさ。だから今すごく幸せだよ!2人共、わたしとバンド組んでくれてありがとう。」

「明日香…。」

畑リンはとても優しい表情でわたしを見つめてくれた

「わたし、最近良く思うんだ。世の中にはたくさんの音楽があってきっと今日も新しいバンドが生まれてて…それってすごい事なんじゃないかって!だって、今のメンバーと出逢える

確率って互いのパートが被らない所まで計算すると物凄く低いもの。そんな中で音楽性が

合う、合わないとかまで言い出したら、わたし達が今バンド出来てる事って奇跡みたいなもんじゃないかな?」

「大袈裟だよ明日香!私は楽しいから明日香とつるんでるだけだよ。」

「ぼくも!」

「うん!わたしもだよっ!でももしも、わたし達がバンドを組む運命だったとしたら…

このタイミングであの娘が転校して来た事にも意味があるんじゃないかって!」

「明日香は優し過ぎるんだよ。アイツはただの中二病関西馬鹿女じゃん!」

「畑リン、口悪ぅ…。」

「優しさ?ううん、違うの。わたし初めて負けたくないって思ってる。明日、わたしの本気の演奏でコテンパンにしてやろうって思ってるよ!わたしね、ドラムでもいいやなんて人に

ベースで絶対負けたくない。ドラムを本気でやってる人に失礼だもの。それに、あの娘きっと今、音楽を楽しめてない気がするんだ。

前の学校で何かあったのかも…。」

「はぁ、明日香。アンタも超が付くほどのお人好しだよ。」

「それでこそ明日香ちん!やっぱこうでなくっちゃねー!」

「分かったよ!私も腹くくった!

どんな結果になろうと明日香の事を信じる!」

わたし達3人は気持ちを深め合うと、安堵からお腹が空いて来たのか、気がつくと山盛りだったポテトは最後の一本になっていた。

しかし、その一本には誰も手をつけずわたし達は会計を済ませた


翌日、わたし達の勝負の立ち合いを仮でドラムを叩いてくれている「(じん)先輩」が引き受けてくれる事になった

たまたま、昨日のわたし達のやり取りを見ていたらしく声をかけて来てくれたのだ

中途半端な事が嫌いな仁先輩なら、公平に

わたし達の評価をしてくれるだろう

転校生の彼女も彼の立ち合いに同意した

そして…


「それじゃ、お前らのバンドのベース選別を始める。ラップのバトルって分かるか?

攻守を決めて、互いが順番にラップを披露するヤツだが、基本的にはアレと同じ方法で勝負してもらう。ただし、この勝負は俺のドラムに

最後まで付いて来れた方の勝ちとする。

テキトーに流すからアドリブで付いてこい。

攻守交代のタイミングとかはそっちに任せる。」


仁先輩が勝負方法の説明を終えると転校生は

ニヤつきながら喋り始める

「なるほど、先にネタが尽きた方の負け…

シンプルやな。おもろい事考えますね。」

転校生と明日香はベースのチューニングを確認すると、互いに向き合う様にスタンバイをした


「一つ…良いかな?」

明日香は転校生に話しかける

「何?まさか今更怖気付いたとか言わへんよな?」

明日香は真っ直ぐな眼差しで転校生を見つめ

「…まだ、あなたの名前を聞いて無かったから」

と転校生に尋ねた すると転校生は答えた

「名前?まあ、ええか。ウチは優子。

生沢(うぶさわ)優子!」

「そう…優子…。今日は音楽の楽しみ方、思い出させてあげる。」

わたしは彼女にそう伝えると優子はイラッとした表情でこう答えた

「上からものを言うのは勝負に勝ってからにしてくれへん!?ウチが勝ったらこんなバンド、

メチャメチャにしたるわっ!」

優子は声を荒げた

2人が会話を終えると、まるで時が止まっているかの様に部室内は静まり返る

静寂の中、仁先輩のスティックカウントが響き遂にベース選別が始まった。


「畑リン、始まっちゃったよぅ…!」

恵と畑リンは息を呑んだ

先行は優子のベースからだった

仁先輩のドラムのリズムに合わせて勢いよく

ベースを奏でていく

自信があるというのも頷けるほど、優子の

ベースの腕前はずば抜けていた

「大口叩くだけの事はある…素人の私でも分かるくらい、この娘の演奏、レベルが高い…!」

畑リンはそう感じると心配そうに明日香を見つめ、拳を握り締めた

「どうや!?一ノ瀬明日香!まだまだこんなの序の口やで?ドラムの先輩も驚いてるやろな!

女子高生でここまで弾ける子なんてそうはいてへんやろ?さあ、アンタは何を見せてくれる!?」

優子は余裕を見せていると今度は明日香の演奏に切り替わった。

明日香は基本中の基本である、ベースのルート音をリズムに合わせてしっかりと弾いていく

それを見た優子は鼻で笑った

「ハッ!なんやソレっ!素人よりはマシやけどそんなんでウチと張り合うつもりなん?

笑わせるにも程があんで!」

仁先輩のドラムのパターンが変わるとまた優子がベースを奏で始める

「この先輩は中々叩ける様やな。でも問題あらへん。この程度ならなんなく捌ける。」

優子の弾くベースは更に加速し、恵と畑リンを圧倒していく

そんな中、また明日香の番がやって来た

明日香の弾くベースは対照的というか、優子のベースよりも音数が少なく、シンプルな感じがした

またドラムのパターンが変わる

優子の激しくテクニカルなベースがまたなり始める その時優子は違和感を感じていた

「音数も、アレンジも断然ウチの方が上や

なのに何でこの娘笑っとるんや?負けるのが怖くないんか?」

また明日香の番が回ってくる

すると少しずつ明日香のベースの音数が増えていく

「明日香ちん、楽しそう…。」

恵は明日香の表情を見てそう思った

勝負ではなく、まるでセッションを楽しんでいるかの様に明日香のベースは周囲を取り込んでいく

「もうええ。次のターンで心へし折ったる!」

次の瞬間、優子のベースは今日最高の激しさに達する

「何あの弾き方!?」

畑リンは思わず身を乗り出す

「ふーん。スラップも出来んのか…」

仁先輩は、優子のベースに乗せられる様に

リズムのパターンを変えていく

ちなみにスラップ奏法とはピックを使わずに指で弦を叩いたり引っ張って音を出すテクニックだ。見た目の派手さもさることながら、ピックでは出せない独特な音色が特徴でベーシストならいつかは習得したい憧れの奏法の一つである

近年ではアコースティックギターでこの奏法を使うアーティストも多い

「どうや!アンタにこれ以上の演奏が出来るわけ…」


その時、弾ける様なベース音が部室全体に響き渡りその場にいる全員は驚愕した

なんと明日香もスラップ奏法をやり始めたのである 正確に振り下ろされる右手のチョップ、強弱の付いた音色 その中に暴れ狂う無数の

旋律 優子のそれとはまったく別の代物だった

この空間の音達が明日香を中心に踊り歌っている様にすら感じた

「一ノ瀬…これだから、音楽はやめられない!」

仁先輩は明日香のベースに反応してますます熱が入っていく

ドラムのリズムは加速し、今日一番の盛り上がりを見せる

「さあ、楽しくなってきた!」

明日香もどんどんペースを上げていく。

「ちょっ、早ッ…」優子は仁先輩の叩くドラムに着いていくのがやっとになっていた

対する明日香はどんどん音数を増やしていく

その姿はまるで子供が遊園地ではしゃいでる様であった

気が付くと優子の手はすっかり止まり2人の

セッションに聞き惚れてしまっていた

「バケモンやこの人ら、レベルが…違いすぎるっ!」

こうして、ベース選別は明日香の圧巻のパフォーマンスで幕を下ろした


「明日香ちん!カッコよかったよぅ!」

恵と畑リンは明日香の元へ駆け寄った

「本当に大したもんだよ!アンタはっ!」

「2人共ありがとう!」

明日香はニヤッ!と微笑んだ

そして俯きしゃがみ込んだ優子の元へと歩みよる

「なんでや…?なんでアンタみたいなすごいプレイヤーがこんな素人達とバンド組めんねん。」

優子は俯いたまま明日香に尋ねた

「わたしは、2人と、サポートしてくれている

仁先輩のおかげでずっとやりたかったバンドを続ける事が出来た。上手いとか下手だからとかそんなの関係ない。わたしは例え今日世界が滅んでしまってもこのバンドを組んだ事を後悔しない。」

明日香はしゃがみ込み、優子と目線を合わせた

「あなたはどうなの?今のままの気持ちで音楽を本当に楽しめるの?」

優子は暫く黙っていたが、小さな声で語り始めた

「ウチかて楽しいわけあらへん。でもあかんねん。もう裏切られるのはイヤや…」

優子は前の学校の時にあった出来事を話し始めた


「優子上手いなぁ!いやぁ、アンタがウチの

メンバーになってくれてホンマ良かったわ!」

ウチは、中学に入ってすぐに音楽に興味を持ち始めた

最初はギターをやろうと思ったが、通販サイトで間違えて買ってしまったベースをとりあえず練習した

高校に入る時には、巷ではかなり難しいと言われている曲にも挑戦出来る程に上達していた

ウチは、高校の軽音部の中では先輩を含めても一番ベースが上手かった

「あとはドラムやな。ホンマ見つけるのしんどいで。周りにも全然いてへんもんな。」

優子たちはドラマーが見つかるまでの間、週替わりで順番にドラムを叩くというアイデアを考えた。デメリットもあるが、ドラムの音がバンドに入るというだけで、ウチはテンションが上がった きっとみんなも同じ気持ちだったのだろう せやけど次第に週替わりの当番のルールは破られていった

「なぁ、誰かそろそろ変わってぇな。先週からウチずっとドラム叩いてんで!」

「えー?なんて?ええやろ、優子上手いんやからベースの練習せんでも…暫くドラム叩いとってくれた方が、ウチら上達すんで?」

「そういう問題ちゃうやろ?大体最近ウチ以外

ドラマー募集中のチラシも配っとらんやないか!?」

「何怒ってんの?たかだか高校の部活でそこまで言われるとムカつくわ!」

「ウチはただ、決めたルールはちゃんと守ろう言うてるだけやん!」

「あー、ウザッ!ちょっとベースが上手いからってなんか勘違いしとんのとちゃうか?

ホンマは先輩らもアンタの事めっちゃ嫌っとんで。生意気やってな。もうやめやめ!

アンタがバンドやめへん限り、ウチら部活

出えへんからな!」

最初はちょっとした食い違いのしょうもない喧嘩やと思っとった

でも、ホンマにその日からその娘らは部活に来へんようなった

ウチは何とか部活に出てもらおうとその娘らを説得しようと思った

でも既に他のメンバーでバンドを組んでいた事が発覚した

最初からウチは邪魔やったんや

バンドの為に色々考えて動いていたつもりやったけど、あの娘らにしてみればそういうのも恩着せがましいとの事やった

極めつけは自分らより楽器が上手いのが何よりも気に入らへんと来たものだ

だったら何でウチを誘ったん?

メンバーがバンドの為に動くのは当たり前ちゃうんか?

何の為にバンドやっとるのかもう分からへん

ウチの感情はメチャメチャになってしもうた

親の転勤が理由ではあったがウチは何の解決も出来ず結局、逃げる様に東京へ越して来たんや

せやからもうバンドメンバーで和気藹々とか

ウンザリや

結局、いざこざがあれば誰かを切ってお終いや

アンタらかて今は良いかもしれへんが今後同じ様な事があるに決まっとる

「じゃあ、何でぼく達のバンドに入ってもいいなんて言ったの?それってぇ、まだバンドに未練があるからなんじゃないのかなぁ?」

恵はギターバックのジッパーを開け閉めしながら優子に問いかけた

「それは…」

「はいはい!湿っぽい話しはこれでお終い。

私はアンタの過去には興味がないし大事なのは今でしょうが!?」

畑リンはそういうとスピーカーとマイクを繋げる

「恵!さっさと始めるよっ!」

待ってましたとばかりに恵はギターを取り出すと、お気に入りのマーシャルのアンプに自分のギターを繋げた

「いくよぉー!

ワン、ツー、ワン、ツー、スリー、フォー!」

恵は勢いよくギターをかき鳴らす

お世辞にも上手いとは言えない演奏だが、

明日香はとても楽しそうに恵のギターに合わせて、ベースを奏でていく

そこに畑リンの歌が乗っかり、彼女達のリサイタルが始まった

優子はただ黙ってこの演奏を聴いていた

そこに仁先輩が近寄って来た

「どうだ?コイツらの演奏。まるでヘッタクソだろ?けど、コイツらは心底音楽ってやつを

楽しんでいる。だから俺は手を貸してやっているんだ。

例え演奏がプロ級に上手かったとしても、

叩きたいと思えないバンドなら俺は絶対に

スティックを握らない。今までお前は出会って無かったんじゃないのか?本当のメンバーってやつに…。」

仁先輩はそう優子に伝えるとバイトがあるから先に上がると言って部室を去っていった。

畑リン達が演奏を終えると、優子はやっと喋り出した

「ボーカルの娘は声量はあるけど歌に抑揚がなくて単調や。それじゃ歌とは言えへん。

ただ叫んでるだけや。それからギターの娘。

単純に練習が足らん。まだ始めたばかりなんやろうけど、それを言い訳にしとったらいつまで経っても上達せえへんで…。

最後に明日香…二人に遠慮し過ぎや。

アンタはさっきみたいに弾いたらええ…。」

「く、悔しいけど…納得。」

3人は素直に優子の意見を受け入れる

続けて優子はこう言った

「せやけど…アンタらくらいのお粗末な演奏にはウチくらいのドラムが丁度ええのかもしれんな。」

「えっ?それって…」

恵は目をパチクリしながら優子に返した

「まぁ、勝負にも負けたしな。ホンマに叩いてもええで。…このバンドなら…。」

優子は口をとんがらせながら少し顔を赤らめた「ちょっと待って!」

明日香はすかさず優子を止めに入いる。

「確かにあなたがわたし達のバンドでドラムを叩いてくれたらどんなに嬉しいか…でもベースはどうするの?本当はベースを弾きたいんじゃないの?」

「明日香、ホンマに優しいな…。でも、さっきも言うたけど、ウチはバンドの為に出来る事をやるだけや。それがウチの覚悟や!

せやからこれだけ約束してくれへんか?絶対に自分のせいでウチがベースを弾かずドラムに転向したなんて思わんでほしいねん。

ウチはこのバンドでやるなら本気でドラム叩く絶対に誰にも負けへん!そう思える程に

アンタのベースは、ウチよりごっつええベースやったんやから。」

明日香は少し黙って優子の目を見つめた。

そして彼女の曇りなき(まなこ)を受け入れ強く頷いた。

「分かった!みんな、四人目のメンバー、

ドラムスは優子で決まりでいいよね!?」

「意義無しぃ!」

恵は元気良く答えたが、畑リンは難しそうな顔をしている

「畑リン…?」

畑リンは優子に向かって言い放つ

「わだかまりが残るのはイヤだからハッキリ言わせてもらうけど、わたしはどんな理由があろうともわたし達のバンドをぶっ壊そうとした事は許してないからね!でも、アンタの覚悟は確かに伝わったわ!だから、この話しはこれでお終い!!さあ、練習!練習!」

「…そう言えば昨日もアンタだけやっけ。ウチに突っかかって来たんは。フフ、アンタのそういう所嫌いじゃないよ。凛。

上等や!最高のドラマーになったろうやないの!!」

かくして、わたし達4人のバンドが結成された


時間が経つのは早いもので、あれからもう一年が経つ

今ではファミレスで山盛りポテトを注文しても、1本も残る事はない

わたしは無我夢中で駆け抜けたこの一年間を

大好きなメンバーと一緒にこの文化祭にぶつけるんだ そんな想いを抱きながら、畑リンと、優子のいる部室の扉を開いた

「畑リン、優子!もうすぐ出番だよ!そろそろ楽屋に移動しよっ?」

畑リンは相変わらずフーセンガムを膨らませてはパチンッと割ってこちらを見ていた

対する優子は最後の確認をする様にスティックを膝にタンタタンとリズム良く刻んでいく

大分緊張している様に見えた。

「二人とも、今日は思いっきり楽しもう!」

明日香は二人に発破をかけると、3人で部室を後にした

「しかし、えらいめかし込んどるな。どこぞのアイドルかと思ったわ!」

優子はジョーダン混じりにそういうと少し落ち着いて来たのか、あくびを一回した

明日香と畑リンにあくびが伝染すると3人で笑い合って、何であくびって移るんだろうなどという他愛のない話しで盛り上がった

楽屋に着くと恵の準備も終わっていた

「畑リン、優子たん!」

元々が童顔である恵は、メイクをバッチリすると本当に見た目の雰囲気が変わる

そこにいつもの口調で話しかけられるとわたし達はなんだかホッとする

恵の存在は、今やバンドのメンタルケアには欠かせない

「二人とも、準備間に合う?後30分くらいで始まるよぅ?」

恵が二人に問いかけると、畑リン達は

「大丈夫!私らそんなに時間かかんないから!」

「まあ、ウチは素材がええからな!

凛の場合は何しても大して変わらへんし…」

優子が畑リンを挑発すると畑リンがお約束通りに返事をする

「アンタは日本人形みたいになるけどね!」

「まあまあ…」

明日香はいつものように二人をなだめると、

楽屋からステージの方を覗き見た

わたし達の出番は、なんと1番目だ

文化祭のメインイベントでもある校内フェスは毎年、軽音部、ダンス部、吹奏楽部、演劇部

などがこれまでの活動の発表の場として力を

発揮して来た

今年はわたし達がその火付役という訳だ

こんな大役を初のライブで担う事になるとは

わたしはワクワクが止まらなかった

「明日香ちん、体育館ってこんなに広かったっけ?どんどん生徒が集まってくるよぅ…!」

恵の緊張はMAXに達していた

そんな恵に明日香は自分の額を恵の額にくっつけてこう唱えた

「大丈夫!楽しくやろう!大丈夫!みんな笑ってくれる!フレー、フレー、め・ぐ・み!」

「明日香ちん…ありがとう。落ち着いて来た。」

そうこうしている間に、畑リンと優子の準備も終わっていた

「さぁ、わたし達の音楽、みんなに楽しんでもらおう!!」

彼女達4人は円陣を組むとそれぞれの想いを胸に初のステージへと飛び込んでいった

「見ててね…希望!」フェス開始まであと3分…


時は少しさかのぼる…

「えっ?校内フェス観に行かないの!?」

希望はガットくんの妹の遥ちゃんに問いかけた

「私は観に行きますよ!だってメインですよ

メ・イ・ン!お兄ちゃん、変な意地を張ってるだけなんですよ。」

あたし達は文化祭の校内を一緒に回っている途中、お手洗いに寄ってそんな会話をしていた

「意地って…だって色んなバンドとか、演劇とかSymbolikの活動の参考にもなると思うんだけどな…。」

「希望さん、お兄ちゃんの演奏聴いた事あるんですね。」

「うん、この前ライブで。すごく良い演奏だったよ。」

遥は少し黙った後、思い切った様に希望に語り始めた

「希望さん、お兄ちゃんが何でクラシックにこだわっているか知ってる?」

「えっ?いや…。」

「お兄ちゃん、お父さんに認めて貰いたいんだと思う。」

「お父さんに?」

「実はうち、おじいちゃんの代から続いてる

洋食屋なんです。おじいちゃんが引退して、

今はお父さんが2代目としてお店を切盛りしています。」

「洋食屋…なるほど。」

希望はふとあのスーパーでのエプロン姿の

ガットくんを思い出した

妙にしっくりくるのは代々受け継がれて来た彼の料理人としての血がそうさせたと思うと合点がいった

「私達が小さい頃は、お店もそこそこ繁盛していて、たまに町内会のクラシック同好会が演奏会を開いたりしていたんです。おじいちゃん、クラシックが大好きだったから…。

お兄ちゃんは、その演奏会が何よりも大好きでした。」

あたしは本当の名前も知らない彼のルーツをこれ以上聞いて良いものなのか少し迷ったが、

彼女の話しを黙って聞く事にした

いや、本当は彼の事をもっと知りたかった


「でも、時代なんですかね…都市開発でどんどん新しいお店も増えていって、うちのお客さんも少しずつ減っていきました。」

「そうなんだ…。」

「代替わりしたお父さんはお店を潰すわけにはいかないと毎日忙しそうで…それである日お兄ちゃんと大喧嘩した事があって。

お兄ちゃん、7歳の頃に演奏会の影響でギターを始めたんです。だからギターの腕は悪くないと思うんですけど、中学3年の時いきなりプロを目指すから高校には行かないって言い出して…

お父さんは、そんな甘いもんじゃないって。

まあ、当然ですよね…それにお兄ちゃんにお店を継いで欲しいのもあると思います。

結局、その時はとりあえず高校だけはって事で落ち着いて…でもお兄ちゃんはプロになれば、もっと、クラシックの素晴らしさをみんなに伝えられる!お店ももっと繁盛するって!

そう信じているんです。」

「そうだったんだ…ガットくん、そんな風に思ってたんだ…。」

「ガットくんって…お兄ちゃんの事ですか⁇」

「あっ!い、いや、ほらっ!ガットギターを弾くからガットくんってねー!」

「…面白いあだ名ですね!名前1ミリも関係ないところとか!」

「あははは…。」

そりゃまあね…名前1ミリも知らない所から

生み出したオリジナルだからね…

ってそんな事今はどうでもいい

「でもそれと今回の校内フェスを観に行かないのって何の関係があるの?」

「これは、完全にお兄ちゃんのわがままというか何というか…。お兄ちゃん、ずっとソロで活動してるじゃないですか。だから、バンドとかユニットとかあまり認めてないんです。

特にアイドルに対してはすごいんですよ!

あんなの音楽じゃねーって…!」

希望は少し前の自分を思い出していた

明日香のバンドに対して同じ様な感情を抱いていた事…だけど、明日香の気持ちを知って、

Symbolikのライブを観て、希望の価値観は大きく変わっていた

彼にぜひ、明日香達のライブを観て貰いたいと思った

「よしっ!あたしがお兄ちゃんに頼んでみるから一緒に校内フェス観に行こう!」

「本当ですかっ!?でもお兄ちゃんすごい頑固ですよ?」

「大丈夫!あたしに秘策がある!」

2人はお手洗いから出ると、再びガットくんと

合流した

「ねえ、この後体育館で校内フェスやるじゃん

行ってみようよ!」

するとガットくんは煙たそうな顔をしながら

「あー、俺はパス!二人で行って来なよ!」

ここまでは想定内だ

「えー残念…。せっかく吹奏楽部がクラシックの演奏をやるんだけどなー。去年も凄かったんだよ?もう、名曲だらけ!」

「…マジで?校内フェスってバンドとかが

ガチャガチャやるだけじゃなかったの?」

「愚問だねぇ…。校内フェスは文化部の花形なんだから、バンドだけじゃないんだよ!」

「くぅ〜、吹奏楽部かぁ…それならギリOKだよな?ギター居ないし…。」

後ひと押し…

「去年は確か…

モーツァルトのアイネ・クライネ・ナハトムジークとかやってたよ。」

「よぉし!乗ったぁ!別に俺はバンドを観に行く訳じゃないぞ?吹奏楽部を観に行くんだからな!」

ばーか、あーほ、どじ間抜けー♪

ガーットくーんは単細胞♫

と、思わず口ずさみたくなるほど上手くいってしまった

あたしは遥ちゃんに向かってVサインを出すと

彼女も嬉しそうに笑った


体育館には既に結構な生徒が集まっていた

みんな、仲の良い友達の応援やらなんやらで、体育館内はすごい熱気を帯びている

ライブに必要なのは演奏する(プレイヤー)と演奏を聴く(リスナー)だけだ

学校の体育館だって関係ない

極端な話し、青空の下だってその2つだけ揃えば十分なのだ

この空間は、今日この瞬間だけ「聖域」になる

あたしは、そんな予感がした


「すごい盛り上がりだね、お兄ちゃん。」

遥はガットくんの耳元で少し大きめな声で話しかけた

「ああ…。流石に想像以上だったわ。つーかこの学校、こんなに生徒いたのか?」

「今日は、一般の人達もいるから余計多いんだよ。」

「そっか。遥も学校違うもんな…」

希望達は少し前の方へと進んで行くと、

ステージにはドラムやアンプ、マイクスタンドなどが設置されている

ふわふわしていたさっきまでとは違い、

とうとう始まるんだとあたしはこの光景を見て実感した

「明日香…頑張って!」

あたしはそう心の中で叫ぶと開演まであと3分に迫っていた


「レディース&ジェントルメーン!

ようこそ学園恒例の校内フェスティバルにお越し下さいました〜!本日は普段運動部の影に埋もれがちな文化部に大いに活躍してもらいましょう!!それでは最初のパフォーマは準備を開始して下さい!!一番手の皆さんカモーン!!」

司会進行の生徒がステージから捌けると4人組ガールズバンドが姿を現した

「明日香っ!そっか…一番目だったんだ。」

あたしは久々に明日香の姿を見ると自然と涙が込み上げて来た

明日香からは、あたしの姿は見えているのだろうか?そんな事を思いながら、セッティングをしている彼女達を精一杯応援しようと心に決めた

ステージの灯りが消え、4人はスタンバイを終えると少しの間、静寂の時間があり、スポットライトの点灯と共に、ドラムのハイハットから16ビートが刻み出された

「あのドラム、転校生の生沢さんじゃない!?

ヤバっ!カッコよっ!」

会場は大盛り上がりを見せると明日香のベースがうねりを上げる

「おい、あれ一ノ瀬だよなっ!?

超上手くね!?」

「おう…しかも、なんかメッチャ可愛いんだけど…」

男子達がざわつき出すのも無理はない

今日の明日香は、過去一イケてる

あたしもそんな明日香に見惚れてしまう

そして最高のタイミングでギターが鳴り始める

「あのギターの娘、佐久間さんだよね?」

「ウソッ!?全然雰囲気違うじゃん!!」

今度は周りの女子達がざわつき始める

「なんか、いい感じだよね!ちょっと大人っぽく見えるし!」

あたしは、前にガットくんのライブを観に行った時の事を思い返した

あの時は、音楽と関係ない事でお客さんがバンドの評価をしている様にしか聞こえなかったが今は違う

アーティストというだけあって見た目のインパクトや、表現の仕方は大いにバンドの評価に比例するのだ

この数ヶ月、今までにないくらいたくさんの

音楽を聴いて来た そして観て来た

あたしは以前とは比べ物にならない程、音楽に詳しくなった

だからこそ、バンドを活かすも殺すもリスナーの一声が重要な事を思い知った

明日香のバンドの出だし、掴みは最高だ

後は、最もリスナーにとって重要なボーカルの歌い出し…そろそろ歌が来る

希望の心配は取り越し苦労だった

ボーカル畑中凛の歌声は会場を駆け巡り生徒達は合いの手を入れ始める

希望は震えが止まらない

「すごい、すごいよ!明日香…あたしが初めて聴いた時と同じバンドとは思えない…」

隣で聴いているガットくんはどんな風に思ってるんだろう?プレイヤー目線では、この演奏はどう映ってるんだろう?あたしはガットくんの表情を確認した

すると、真剣な眼差しで明日香達を見つめるガットくんがそこにはいた

そしてあたしに気付き、何かを喋った

周りの声が大きい為、良く聴こえない

あたしはガットくんに顔を近づけた

「何?聴こえないよ。」

「このバンド、名前は?」

あたしはようやく彼の言葉を聞き取ると

ハッとした そう言えばこのバンドの名前を

あたしも知らなかった

「分からない、実は明日香とは色々あって疎遠になっちゃってて…」

「そっか…俺、初めてだよ。バンドの演奏でこんなに名前が知りたくなったの。」

ガットくんは優しく微笑むと再びステージへと目をやった

「音楽には力がある…人の心を変えてしまう程の力が…」

その後、2曲を演奏し終わるとMCが始まった

「みんなー!文化祭楽しんでるかー?」

「おおー!」

「私達の演奏は次で終わりだけど、まだまだこれから色んなパフォーマンスがあるから最後まで楽しんでってちょーだい!」

ボーカルの役割りは歌を歌うだけではない

こうして曲の合間にお客さんとのコミュニケーションを取る事もとても大事だ

このMCの限られた時間で、どれだけお客さんとの距離を縮められるかはボーカルのコミュ力にかかっている

その点に置いても畑リンのMCはフランクで

お客さんのノリを損なわせないものだった

中には「えーもっと聴きたいー」などの声も聞こえてくる

今この会場は、明日香達のバンドに夢中になっているのだ

そんな中、畑リンから以外なアナウンスが伝えられた

「それじゃあ、今度は私達のリーダーに何か喋ってもらおうかな。明日香ッ!」

そういうと畑リンはマイクを明日香に手渡し、

ポンポンと2回軽く頭を叩いた

キーンとマイクのハウリングが会場に鳴り響くと明日香はゆっくり喋り出した

「えーと、一ノ瀬明日香です。今日はありがとうございます。わたし達は、去年このバンドを結成しました。最初はギターの恵がわたしに力を貸してくれました。恵はこのバンドに息吹を注いでくれました。その後、ボーカルの

畑リンが加入してくれて、このバンドは勇気を貰いました。最後に、ドラムの優子がわたし達の為にドラムを叩いてくれる事になりました。

優子はこのバンドに理由を与えてくれました。

誰一人欠けても、今日という日は来なかったと思います。みんなありがとう。」

明日香はメンバーに深々と頭を下げた

「今やらせて頂いた2曲は、有名なバンドのカバーをさせて頂いたので、皆さんご存知だったと思いますが、これからやる最後の曲はわたし達のオリジナルソングになります。

この曲には、わたし達のバンド名と同じ曲名を付けました。人は知らない内に誰かを傷つけてしまう。でもそれと同じくらい誰かを励ます事が出来る。その一見矛盾した答えを見つける為にわたし達はこの想いを歌にしました。

それでは、聴いて下さい。Yell(エール)


希望は涙が止まらなかった

小学校の時、初めて明日香に話しかけたあの日

彼女は周りに溶け込む事が出来ず泣いていた

その時、希望が取った行動が運動会などで良く見るエール交換だった

たまたま思い付きでやった事だと思う

でも、明日香にはちゃんと届いていたんだ

あたしのエールは…


彼女達の歌は体育館全体を包み込みこの瞬間、

この空間は音楽という聖域になった


ステージの恵、畑リン、優子の3人はこの時

感じていた

「明日香、あなたはこのバンドに未来をくれる」


最後の演奏が終わると、会場からはアンコールが湧き起こる

しかし、彼女達、「Yell」は舞台袖から出てくる事はなく、次のパフォーマンスが始まった


あたしはこの日を一生忘れない

これからもエールを送ろうと思う

大切な人達の為に…

そしてあなたの大切な人の為に…


Vo. RIN HATANAKA

Gt. MEGUMI SAKUMA

Bs. ASUKA ICHINOSE

Dr. YUKO UBUSAWA


WE are Yell…thanks listen to music


さて、少し喋り疲れてしまった。

この夢の続きは、また今度にしようか…。

もしも、あなたがこの物語の続きを知りたいと願うならば、私は必ず戻って来よう。

それでは、長い時間、お付き合いありがとう。

またいい夢が見れそうだ。


あなたにも、素晴らしい夢が訪れる事を

願って…おやすみ。


              Yell第一部 完

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