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【完結】天涯孤独のアラフォー元事務員、騎士団の副団長に溺愛される  作者: 桐生 翠月


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後日談.春の日の昼下がりに

 盛大な結婚式から数ヶ月。

 ヴェリタス王国は、例年にないほどの豊かな実りの季節を迎えようとしていた。

 かつて死の(よど)みに覆われていた大地は、今や歩くたびに精霊たちの存在を感じるほどに瑞々しく、色鮮やかな命が呼吸している。

 

 正式に侯爵家の一員となったアーヤは、今、屋敷の庭にある小さな菜園で土をいじっている。

 

「アーヤ様、あまり無理をなさらないでくださいね。ライゼル様に知られたら、また『過保護モード』になってしまいますから」

 

 侍女のリーネが、木陰にお茶の準備をしながら、くすくすと笑って声をかける。

 

「ふふ、大丈夫よ。精霊たちが手伝ってくれるから、ちっとも疲れないわ」

 

 アーヤが笑うと、近くを舞っていた小さな光の粒――風の精霊たちが、嬉しそうに彼女の周りをくるくると回った。

 そこへ、騎士団の公務を終えたライゼルが、足早に中庭へと姿を現した。

 

「アーヤ、また土いじりですか。……あまり根を詰めると、体が冷えますよ」

 

 小言を言いながらも、その瞳には隠しきれない愛おしさが滲んでいる。ライゼルはアーヤの隣に膝をつくと、自分のハンカチを取り出し、彼女の指先に付いた泥を丁寧に拭った。

 

「おかえりなさい、ライ。……ふふ、やっぱり少し照れますね、そう呼ぶのは」

 

「構いませんよ。あなたの声でそう呼ばれるたびに、自分が一人の男としてあなたに愛されていることを実感できるのですから」

 

「……ライ。私も、そう呼べるのが嬉しいです」

 

 アーヤは自分の頬に触れる彼の手の甲にそっと手を重ねてから、誇らしげに菜園の収穫物へと視線を向けた。

 

「見てください、精霊たちが協力してくれたおかげで、こんなに立派なラパ(カブ)が育ったんですよ。今日の晩餐は、これをスープにしていただきましょうか」

 

「あなたが育てたものなら、何であっても最高の晩餐です。ですが、あまり自分を後回しにしないでください。今のあなたは、私にとっても、この国にとっても、かけがえのない宝なのですから」

 

 ライゼルは、幸せそうに微笑む妻を愛おしげに見つめ、その額にそっとキスを落とした。

 

「……ライ、くすぐったいです」

 

 アーヤが頬を赤らめて身をよじると、ライゼルは悪戯っぽく微笑みながらも、泥の落ちた彼女の細い手を、自身の大きな手でそっと包み込んだ。

 

「失礼。あまりに幸せそうに笑うものだから、つい。それで、今日はカブのスープの他にも、何か()()()の料理を振る舞ってくれるのでしたね?」

 

「ええ。市場で手に入った香草が、日本の大葉に似ていたから……少し工夫してみようかなって」

 

 アーヤの語る異世界の知識に、ライゼルはいつも興味深そうに耳を傾ける。彼女がもたらすのは、強力な魔力だけではない。日々の暮らしを慈しみ、何気ない食卓を豊かにする知恵だった。それは、戦いと義務に明け暮れてきた侯爵家の人々にとって、魔法よりも鮮やかな奇跡だったのだ。

 

 そんな二人の様子を、バルコニーからグレイグが眺めていた。

 

「やれやれ……。昼間から当てられっぱなしだな。父上、あいつら放っておいたら一生あのままですよ」

 

 隣に立つレイヴァーグ侯爵も、かつての厳格な面持ちをどこへやら、満足げに口元を綻ばせている。

 

「構わん。ライゼルがあれほど笑うようになったのも、我が家がこれほど明るくなったのも、すべては彼女が来てくれたおかげだ。グレイグ、お前もあやかって、そろそろ身を固めたらどうだ?」

 

「はっ、私はまだ戦場と戦術書を眺めることの方が性に合ってますよ。まあ、あんなに幸せそうな顔を見せられたら、文句も言えませんけどね」

 

 グレイグの照れ隠しの声が、心地よい風に乗って庭園まで届く。

 

 アーヤはふと、空を見上げた。かつて暗雲に覆われていた空は、今や透き通るような青空をたたえている。

 この世界に来た当初は、自分のような年齢の女に何ができるのかと不安でたまらななかった。けれど、慈しむ心と、歩んできた年月なりの知恵があれば、枯れかけた世界に再び春を呼ぶことができるのだと、今は確信している。

 

「ライ、私、この世界に来て、あなたに出会えて……本当によかった」

 

「……私もです、アーヤ。あなたが私を、本当の意味で騎士にしてくれた。守るべきものがあるということが、これほどまでに男を強く、そして穏やかにするものだとは、あなたに会うまで知りませんでした」

 

 二人はそのまま、色とりどりの花が咲き乱れる庭園をゆっくりと歩き出した。

 

「明日、学院の帰りに、街の子供たちに読み聞かせに行く予定なの。ライも、もし時間が空いたら一緒にどうかな?」

 

「あなたの仕事ぶりを、隣で見守れる光栄に預かれるのなら、喜んで」

 

 二人の間に、睦まじい愛の結晶が宿るかはわからない。

 けれど、アーヤがこの世界に遺す知識や、彼女が再生させた大地、そして彼女を母のように慕う街の子供たちの笑顔……それらすべてが、二人がこの世界に刻む新しい命の形だった。

 

 かつて孤独だったアーヤの日常は、今、精霊たちの歌声と、愛する人の確かな体温で満たされている。

 ヴェリタスの春は、これからもずっと、二人が歩む道の先に咲き続けていく。

 

 

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。


本作に登場した兄・グレイグをヒーローに迎えた物語『獅子の隣で羽ばたく小鳥〜不器用な猛将は、傷ついた令嬢を離さない〜』を連載しています。


もしよろしければ、新作の方でもお付き合いいただけたら嬉しいです。


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