55.新しき光、新しき誓い
緑が溢れ、花々が咲き誇り、ヴェリタスには眩しいほどの春の陽光が降り注いでいた。
アーヤがもたらした春の息吹は、人々の傷ついた心と大地にゆっくりと、しかし確実に根を下ろしていった。
地下での決着から数時間後。アーヤとライゼルは、レイヴァーグ侯爵と共に、厳重に閉ざされていた玉座の間へと向かった。そこには、魔導師長の術によって深い眠りに落とされていた、この国の主――国王の姿があった。
「……おお、レイヴァーグか。余は、一体どれほど眠っていたのだ……」
目を覚ました国王は、まだ足取りは覚束ないものの、その瞳には王としての知性と威厳が戻っていた。
侯爵からこれまでの経緯と、アーヤがもたらした奇跡、そしてライゼルの献身について報告を受けた王は驚きに目を見開き、静かに、だが深く頷いた。
「ライゼルよ、よくぞ戻ってくれた。そしてアーヤ殿……貴女こそ、この国に真の春を運んできた救世主だ」
玉座の前で、王は自ら立ち上がり、アーヤの手を優しく取った。
「異界より来たりし貴女に、これほどまでの恩義を負うことになろうとは。貴女の歩みを支えた我が騎士ライゼルを、余は誇りに思う」
その言葉を合図のように、王都の至る所から復興を祝う歓喜の声が沸き起こった。
破壊された街並みや傷ついた人々はまだ多い。けれど、アーヤの精霊術によって瑞々しく蘇った大地と、恐怖から解放された人々の顔には、確かな希望の火が灯っていた。
——
それから、1ヶ月の月日が流れた。
破壊された街路の修繕は進み、王都は活気を取り戻し、市場には再び笑い声が溢れるようになった。
浄化されて芽吹いた大地には、見たこともないほど色鮮やかな花々が咲き続け、精霊たちの気配はこれまで以上に身近なものとなっていた。
アーヤは今、かつてないほど穏やかな気持ちで、侯爵家本邸のバルコニーに立っていた。
「アーヤ、ここにいたのですか」
背後からかけられた声に振り返れば、正装を纏ったライゼルが立っていた。これまでのように戦うための装備ではない。ヴェリタスの騎士として、大切な人を守り抜いた一人の男として、凛とした輝きを放っている。
「ライゼル様。……本当に、街が元気になりましたね」
「ええ。あなたが取り戻してくれた景色です。……アーヤ、少し歩きませんか」
ライゼルに手を取られ、二人は色鮮やかな花々が咲き誇る中庭へと降り立った。柔らかな陽だまりが二人を包み込み、精霊たちの気配が優しく揺れている。
ライゼルは庭の中心で足を止めると、少し緊張した面持ちで、その場に跪いた。
「アーヤ。かつて私はあなたを守ると誓いました。ですが、今は違います。私は、あなたという一人の女性と共に生きたい」
彼は懐から、不思議な光を宿した宝石の指輪を取り出した。見る角度によって紅や金、あるいは柔らかな緑へと色を変え、まるで精霊王たちの輝きをそのまま形にしたかのようだった。
「これからの私の人生を、あなたの隣で歩ませてほしい。清め手としてではなく、私の最愛の妻として……。アーヤ、私と結婚してくれますか?」
アーヤは、差し出された指輪とライゼルの真摯な瞳を交互に見つめた。
視界が熱い涙でじわりと滲む。
日本で一人、誰に求められることもなく静かに人生を終えていくのだと思っていた日々。あの日、光に包まれてこの世界へやってきた時は、まさか自分がこれほどまでに誰かに必要とされ、愛される日が来るなんて想像もしていなかった。
「……はい。私でよければ、喜んで。あなたの隣で、この国の新しい春を一緒に見ていきたいです」
アーヤが震える手でその指輪を受け入れると、ライゼルは安堵したように破顔し、彼女の指にそっと指輪を滑らせた。そのまま引き寄せられるように、二人は中庭の陽だまりの中で、静かに唇を重ねた。
「――っ、よし! 完璧だ!」
その時、庭の茂みの方から、我慢しきれないといった風なグレイグの野太い声が響いた。
二人が驚いてそちらを向くと、そこにはグレイグだけでなく、レイヴァーグ侯爵までもが、気まずそうに、しかし嬉しそうに姿を現した。
「父上、兄上……! いつからそこに……」
赤くなるライゼルを横目に、侯爵は満足げに腕を組み、深く頷いた。
「ふむ。プロポーズの口上が少々堅苦しいかと思ったが、アーヤ殿が受けてくれたのなら文句はない。これで我が家もようやく明るくなる」
「まったく、ライゼルのやつ、騎士団の訓練より緊張してやがったな」
グレイグが豪快に笑い、アーヤにウインクして見せた。
その後ろからは、いつの間に集まったのか、感極まって涙を拭う侍女のリーネや、屋敷の使用人たちや、警護に当たっていた騎士たちまでもが次々と顔を出し、一斉に拍手と歓声が沸き起こる。
「おめでとう、アーヤ様!」
「末永くお幸せに、ライゼル様!」
降り注ぐ祝福の嵐に、アーヤはライゼルの腕の中で、これまでで一番幸せな笑顔を浮かべた。
もう、孤独な夜はない。ここには愛する家族がいて、守るべき人々がいて、そして何より、共に歩む最愛の騎士がいる。
ヴェリタスに咲いた春の光は、これからも二人の手によって守られ、受け継がれていく。
精霊たちが歌うような風に乗って、遠く街の方からも、二人の門出を祝うかのように鐘の音が聞こえてきた。
二人の新しい物語が、今ここから始まる。
(完)
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
本作はこれにて完結となります。
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活動報告に、完結にあたってのご挨拶を書かせていただきました。
そちらも併せてご覧いただければ幸いです。




