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天涯孤独のアラフォー元事務員、騎士団の副団長に溺愛される  作者: 桐生 翠月


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51.光の軌跡

「無に還れ……何もかもを、終わらせてやろう!」

 

 魔導師長が叫ぶ。二人が切り(ひら)いた一筋の光を、嘲笑(あざわら)うかのように。魔導書から溢れ出した漆黒の(よど)みが、ふたたび、堤防を決壊させた洪水のような勢いで押し寄せた。

 せっかく生まれた光の道を上書きし、塗り潰さんと迫りくる濁流。

 それは触れるものすべての存在を削り取り、虚無へと呑み込む絶望の渦。

 飲み込まれそうになる光の道を繋ぎ止めるため、アーヤは怯むことなく両手を胸の宝玉へと重ね、精霊たちへ、そして自分自身へと強く念じた。

 

「みんな、力を貸して! ここは通さない!」

 

 瞬間、アーヤを中心に(まばゆ)い光の障壁が展開された。それは精霊たちが手を取り合い、愛おしい者を守らんと紡いだ、神々しいまでの光のドーム。

 激しく打ち付ける虚無の濁流が左右へと弾け飛んでいく。耳を(つんざ)くような衝撃音が響く中、アーヤは必死に念じ続けた。

 

「ライゼル様、今です! 行って!」

 

「承知した!」

 

 アーヤの鉄壁の守護を背に、ライゼルが地を蹴った。

 目の前に伸びる白銀の道を、一筋の流星となって駆け抜ける。視界の端では、押し寄せる漆黒の濁流が牙を剥き、アーヤの障壁を破らんと波打っている。

 だが、ライゼルは振り返らない。彼女が「通さない」と言ったのなら、自分はただ、勝利のために剣を振るうのみ。

 

(速く、もっと速く……!)

 

 精霊王の祝福を受けたライゼルの身体は、もはや人の限界を超えていた。白銀の聖剣が放つ熱量が、迫りくる黒い霧を蒸発させ、道をさらに鮮明に照らし出す。

 

 光の道の終着点。そこには、怨嗟(えんさ)に染まった魔導書を抱え、驚愕に目を見開く魔導師長の姿があった。

 

「……バカな、この絶望の渦を、人の身で踏み越えてくるというのか!」

 

「魔導師長、あなたの絶望は重い。だが、彼女が灯してくれたこの光は、それよりも遥かに強い!」

 

 ライゼルは光の道の最果てで高く跳躍した。

 白銀の光を纏った聖剣が、宙に美しい弧を描き、魔導師長が掲げる「怨嗟の魔導書」へと向かって、渾身の力で振り下ろされる――。

 

 キィィィィィィィン――ッ!

 

 聖剣の白銀と、魔導書が放つ漆黒の魔力が激突し、王宮の最深部が揺れるほどの衝撃波が吹き荒れた。魔導師長は歯を食いしばり、顔を歪めて叫ぶ。

 

「砕けろ! 偽りの光など、積年の怨嗟(えんさ)の前には無力だ!」

 

 魔導書から噴き出す負のエネルギーが、ライゼルの聖剣を侵食しようと黒い触手のように絡みつく。だが、その時。ライゼルの背後で障壁を維持していたアーヤが、さらに一歩を踏み出し、天に向かって手を掲げた。

 

「いいえ、それは違います! ……みんな、彼らの記憶の声に触れて!」

 

 アーヤの胸の宝玉が、これまでにない清らかな共鳴音を響かせる。彼女は精霊の図書館(ライブラリ)を通じ、魔導書に囚われた()()()たちの純粋な、しかし歪められてしまった魂の叫びに直接語りかけた。

 

 瞬間、魔導書から溢れていた黒い澱みが、淡い光を帯びて揺らぎ始める。

 

『ああ……やっと、見つけてくれた……』

『帰りたかった。ただ、それだけだったんだ……』

 

 怨念(おんねん)の殻が剥がれ落ち、露わになったのは、ただ故郷を愛し、平穏を願っていた善人たちの本当の心。彼らがライゼルの聖剣を敵としてではなく、自分たちを解放する導きとして受け入れ始めた。

 

「何……!? 怨嗟(えんさ)が……消えていくだと……!?」

 

 魔導師長がたじろいだその刹那、ライゼルの聖剣が眩い輝きを放ち、魔導書の中心に走っていた亀裂へと深々と食い込んだ。

 

「終わらせましょう。悲劇も、あなたの絶望も!」

 

 ライゼルの咆哮(ほうこう)と共に、聖剣がアーヤの光を吸い込み、爆発的な輝きを放つ。

 

聖銀(シルバー)の斬光(・スラッシュ)!』

 

 一閃。

 かつて水脈を揺るがしたその技は、今、精霊王たちの祝福を得て、絶望を切り裂く光へと昇華されていた。

 

 パキィィィィィン――!

 

 無数の鏡が砕け散るような音と共に、「怨嗟の魔導書」が粉々に粉砕された。中から解き放たれた無数の光の粒――かつての清め手たちの魂が、アーヤとライゼルを慈しむように包み込む。

 そして、自分たちの悲しみから生まれた禁書庫の澱みを、最期の輝きで優しく清めながら空へと舞い上がっていく。

 

 衝撃が収まった時、そこには力なく膝をつく魔導師長と、彼に寄り添うように立ち尽くすライゼル、そして息を切らしながらも静かに微笑むアーヤの姿があった。

 

 

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