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天涯孤独のアラフォー元事務員、騎士団の副団長に溺愛される  作者: 桐生 翠月


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48.再会の戦場

(精霊の図書館(ライブラリ)、展開! 王都を覆う、(よど)みの状況を教えて!)

 

 アーヤが強く願った瞬間、脳内に王都全域の俯瞰図(ふかんず)が鮮明に浮かび上がった。結界の厚み、澱みの源である王宮の座標、逃げ遅れた市民が閉じ込められている区画、それらが光の点や線――精霊の力の流れとして可視化される。

 

 これまで培ってきた判断力で、精霊たちから伝えられる膨大な知識を整理し、必要な情報だけを抽出していく。

 

「ライゼル様、私が見るものを信じてください。王宮への道は、私が作ります!」

 

「わかりました、アーヤ。……我が剣は、あなたの瞳の向くままに」

 

 ライゼルは、全幅の信頼を込めて頷いた。

 

「それではグレイグ様、指示を出します。東門の騎士団は十歩ほど下がってください! 澱みの逆流が来ます。侯爵様、北北西の塔に火力を集中させてください。あそこに魔物を呼び寄せている核のようなものがあります!」

 

「……なるほど、これが大精霊(エレメンタル)契約者(・リンカー)の真実か」

 

 侯爵は感嘆の溜息を漏らし、即座に指揮下の魔導師隊へ命を下す。アーヤの()()が共有されたことで、壊滅寸前だった騎士団は、まるで一つの生き物のように統制の取れた反撃を開始した。

 

 アーヤの言葉に従い、騎士団が一糸乱れぬ動きで陣形を立て直す。

 数秒後、彼女が予見した通りに、東門の地面から黒い澱みが間欠泉(かんけつせん)のように噴き出した。退避が遅れていれば、小隊一つが飲み込まれていただろう。

 

「……本当に、澱みの動きを先読みしているというのか」

 

 グレイグが唸る。百戦錬磨の軍人である彼にとって、戦場での勘は命綱だが、アーヤの提示するものはそれを遥かに超える、精緻(せいち)な事実だった。

 

「グレイグ様、集中を! 魔物の核が露出しました、今です!」

 

 アーヤの鋭い指摘と同時に、北北西の塔の表面に、赤黒く脈動する不気味な塊が露わになる。

 

「ライゼル、行けッ!」

 

 兄の怒号のような咆哮(ほうこう)を背に、ライゼルが地を蹴った。

 グレイグの振るう大剣が、正面の魔物たちを暴風のごとく薙ぎ払う。かつては常に背中を守ってもらうばかりだった弟が、今は兄と等しい速度で、あるいはそれ以上の鋭さで戦場を駆けていた。

 

「……あいつ、化けやがったな」

 

 グレイグは口端を吊り上げた。ライゼルの動きには一ミリの無駄もなく、澱みの薄い安全なルートを吸い込まれるように進んでいく。

 これまでの彼なら、魔物の群れを力でねじ伏せながら進むしかなかった。だが今は違う。アーヤの精霊術が、魔物同士の隙間、澱みの薄い安全なルートをライゼルの脳内へ直接送り届けていた。

 

(見える……彼女の指し示す道が、光の筋となって!)

 

 ライゼルは、まるで風そのものになったかのような速さで戦場を駆け抜ける。襲いかかる魔物の爪を、一ミリの無駄もない動きでかわし、白銀の熱量を帯びた聖剣を塔の核へと叩き込んだ。

 轟音と共に魔物の核が砕け散り、周囲を埋め尽くしていた魔物たちが、断末魔を上げて霧散していく。

 

「見事だ、ライゼル。……そして、アーヤ殿」

 

 駆け寄ってきたグレイグが、肩で息をしながらも二人を見つめる。その瞳には、かつての守るべき弟と異界の民への懸念はなく、共に国を救う戦友としての敬意が宿っていた。

 だが、安堵の時間は長くは続かない。アーヤの意識の中へ、精霊たちの悲鳴に近い報告が次々と流れ込んできたからだ。

 

『く、苦しい、息ができない……!』

『王宮が、どろりとした闇に呑み込まれていく』

『地下だ、地下に……巨大な澱みが眠っている!』

 

 無数の精霊たちが囁く絶望の声に、アーヤの表情が一瞬で強張る。

 王都を覆う黒いドームのさらに奥。王宮の中心部から、かつてないほど禍々(まがまが)しく、巨大な悪意の気配が(うごめ)いている。それは、この世界の命運を左右する根源に近いものだと、アーヤの直感が告げていた。

 

「侯爵様、グレイグ様。城門の防衛はこのまま騎士団に任せ、私たちは王宮の深部へ向かいます。そこに、この異変のすべての元凶があります」

 

 アーヤの有無を言わせぬ覚悟に、侯爵は深く頷いた。

 

「わかった。あなたの決断に感謝します。ライゼル、そしてアーヤ殿。この国の未来を、二人に託そう」

 

「はい、父上!」

 

 二人は再び頷き合い、黒い霧に包まれた王宮の入り口へと走り出した。

 

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