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天涯孤独のアラフォー元事務員、騎士団の副団長に溺愛される  作者: 桐生 翠月


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47.残照の記憶

 全速力で駆ける魔導馬車の車輪が、石畳を叩く規則的な音だけが車内に響いている。窓の外を流れる見慣れた景色は、王都に近づくにつれて不気味な薄紫色の霧に覆われ始めていた。

 刻一刻と迫る王都を前に、ライゼルはふと、遠い日の記憶を辿っていた。

 

(……母上)

 

 幼いライゼルの記憶の中にある母は、いつも花の香りがした。病弱で寝込みがちだったが、彼女はライゼルが剣の稽古で泥だらけになって帰るたび、その小さな手を優しく包み込み、「あなたは、誰かを傷つけるためではなく、守るためにその力を使いなさい」と微笑んでいた。

 あの時、母を守れなかったという悔恨(かいこん)が、彼を騎士の道へと駆り立てた。だが今、その身には精霊王から授かった刻印があり、隣には生涯をかけて守り抜くと誓った女性がいる。

 

(そして、兄上……)

 

 兄グレイグは、ライゼルにとって常に高く険しい壁だった。一度も稽古で勝てたことはなかったが、グレイグは突き放すような厳しさの裏で、常にライゼルの成長を誰よりも認めていた。

『ライゼル、騎士の(ほま)れは敵を倒す数ではない。背後にいる者が、どれだけ安心して笑っていられるかだ』

 そう言って、自分の頭を乱暴に撫でた大きな手の温もりを今でも覚えている。

 

 今、兄は絶望的な(よど)みの中で、その誉れを証明するために戦っているはずだ。かつて背中を追うばかりだった少年は、もういない。今度は自分が、兄の背中を支え、母が愛したこの国を清めるための道を切り拓いてみせる。

 

「ライゼル様、見えてきました」

 

 アーヤの静かな、しかし緊張に満ちた声に、ライゼルは意識を引き戻した。視線の先、王都の城壁は、天を衝くほど巨大な黒いドーム状の結界に飲み込まれていた。

 結界から溢れ出す澱みは、周囲の森を枯らし、負のエネルギーを糧とする魔物たちを際限なく呼び寄せ、城門付近は黒い波のような魔物の群れに埋め尽くされている。

 

 城門の前では、辛うじて澱みの侵食と魔物の侵入を食い止めている騎士団の姿が見えた。翻るレイヴァーグ侯爵家の旗印。その最前線、魔物の血を浴びながら、獅子のごとき勢いで大剣を振るう一人の男の姿を、ライゼルの研ぎ澄まされた視覚が捉えた。

 

「……兄上だ」

 

 王都を覆う絶望。咆哮(ほうこう)する魔物たち。

 ライゼルは腰の聖剣を強く握り直した。もはや、追憶の時間は終わりだ。

 

 魔導馬車が魔物の群れを跳ね飛ばしながら、決死の覚悟で城門へと突っ込んでいく。ライゼルは馬車の屋根に飛び乗り、聖剣から放たれる光の斬撃で道を切り開いた。

 

「兄上――っ!」

 

 激しい叫びと共にライゼルが地へと降り立ち、グレイグの背後を襲おうとしていた魔物を一刀両断する。返り血に塗れたグレイグが、驚愕に目を見開いた。

 

「ライゼルか……! 生きていたか、この馬鹿者が! 試練を乗り越えたんだな」

 

 厳しい言葉とは裏腹に、兄の瞳には安堵の色が浮かぶ。その奥では、同じく剣を振るう父、レイヴァーグ侯爵が、息子たちの再会を静かに見届けながら、押し寄せる魔物の波を魔法で薙ぎ払っていた。

 

「父上、兄上。お待たせいたしました」

 

 ライゼルの合図で魔導馬車の扉が開く。そこから降り立ったアーヤの姿に、周囲の騎士たちが息を呑んだ。陽の光を溶かし込んだような金色の髪、そして神々しいまでの落ち着きを纏った彼女は、もはやかつての異界の民などではなかった。

 

「……アーヤ殿、なのか?」

 

 変わり果てた彼女の姿にグレイグが呆然とする中、アーヤは冷静に戦況を見渡した。今すべきは、一刻も早く、この地獄を終わらせるための情報を得ることだ。

 

「ライゼル様、皆さんの道を守ってください。……始めます」

 

 アーヤが静かに目を閉じると、彼女を中心に膨大な魔力の波動が広がった。

 

(精霊の図書館(ライブラリ)、展開! 王都を覆う、澱みの状況を教えて!)

 

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