44.不動の試練、地の精霊王
守護石が指し示した光の道の先、二人はついに樹海の深部へと辿り着く。そこには、天を衝くほどの巨樹が四方に根を広げ、その中心に、岩山を削り出したかのような無骨で荘厳な祭壇が鎮座していた。
祭壇の周囲には、これまでの聖地とは比べものにならないほど濃密な、泥のように重く粘りつく地の澱みが渦巻いている。
「……あれが、最後の祭壇。そして……」
ライゼルが剣を構え直したその時、祭壇の背後にある巨大な岩壁が動き出した。地響きと共に立ち上がったのは、岩と苔で構成された、山そのものが意志を持ったかのような地の精霊王。
『三つの息吹を揃え、己が影を振り払ったか。だが、地の試練はここからだ。澱みを払いたくば、何があろうと揺らがぬ覚悟を、この大地に示してみせよ』
地の精霊王が咆哮を上げると、祭壇から溢れ出した泥のような澱みが、樹海の風景を塗りつぶしていった。 緑の木々は枯れ、気づけば二人の周囲には、ライゼルにとって忘れもしない、あの日の雪が降り積もっていた。
「……ここは、本邸の庭か?」
呆然と立ち尽くすライゼルの前に、一人の女性が姿を現す。病弱で白磁のように白い肌をした女性――ライゼルの母、ノエラだった。
「ライゼル、見て。雪よ……。あなたが教えてくれなければ、こんなに綺麗な景色は見られなかったわ」
穏やかに微笑む彼女の姿に、ライゼルの喉が詰まる。あの日、雪が珍しくて、部屋で休んでいた母を無理に外へ誘い出したのは、まだ幼かった自分だった。
次の瞬間、ノエラは激しく咳き込み、純白の雪の上に倒れ伏した。幼いライゼルの泣き叫ぶ声が、冷たい風に乗って幾度も、幾度もこだました。
『お前が望まなければ、この女は死なずに済んだ。お前の望みは、常に誰かの犠牲の上に成り立つ』
地の精霊王の地鳴りにも似た低い声が、ライゼルの罪悪感を抉る。澱みはノエラの亡霊を黒く染め上げ、彼女の口から聞いたこともない呪詛を吐かせた。
「……ライゼル、どうして私を外へ出したの? 寒い、苦しい……。あなたが私を殺したのよ……」
「違う……母上、私は……!」
ライゼルの剣が震え、地面に突き立てられる。火の熱気も、水の清冽さも、風の軽やかさも、この心の奥底にこびりついた過去の重みの前では、何の役にも立たないように思えた。
崩れ落ちそうになる彼の肩に、温かな重みが加わったのはその時だった。
「ライゼル様、前を見て。それは、あなたの知っているノエラ様ではありません」
アーヤが、ライゼルの背中にそっと寄り添っていた。澱みが作り出した偽りの雪景色の中でも、彼女の瞳だけは春の陽だまりのような暖かさを失っていない。
「……アーヤ、私は……私の我がままが、母を……」
「いいえ。ノエラ様は、あなたと一緒に雪を見たかった。あんなに優しい笑顔で笑っていたのは、あなたに『ありがとう』と伝えたかったからです。……自分を責めるのは、もう終わりにしましょう」
アーヤの手が、ライゼルが握りしめている剣の柄に重なる。彼女の清廉な魂が、三つの守護石を通じてライゼルの内側へ、光の奔流となって流れ込んでいった。
「……私の……我がまま、ではなく……」
ライゼルの視界を覆っていた黒い雪が、アーヤの光に触れて溶けていく。澱みが消えゆく間際、ライゼルには見えた気がした。倒れた母ではなく、幼い自分を抱きしめ、「愛している」と微笑む本物のノエラの面影を。
「……そうですね。私はもう、過去に足を止めたりはしない。あなたを連れて戻ると、彼女にも誓ったのだから」
ライゼルの瞳に、強い光が戻る。自責の念を断ち切った彼は、アーヤと共に、真実の姿を現した地の精霊王へと向き直った。




