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天涯孤独のアラフォー元事務員、騎士団の副団長に溺愛される  作者: 桐生 翠月


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42.浄化の風

 静寂に包まれたプレクーバの中心部。そこには、かつて繁栄した王都の面影を遺す、巨大な祭壇が鎮座していた。しかし、石造りの祭壇は不気味な黒ずんだ(よど)みに侵食され、そこから立ち上る(けが)れが、風を重く澱ませ、冷たい死の気配を撒き散らしていた。

 

 ライゼルの腕から離れたアーヤは、その澱みに向かって一歩、歩みを進める。

 

「……苦しい。風が、泣いています」

 

 アーヤの視界には、澱んだ空気の中で喘ぐ、小さな風の精霊たちの姿が見えていた。彼女はゆっくりと両手を掲げ、そっと目を閉じた。背後に立つライゼルの存在を背中に感じ、心の乱れを鎮めていく。

 

「ライゼル様、お願いします」

 

「ええ。あなたの道は、私が守ります」

 

 ライゼルが抜剣(ばっけん)した。その瞬間、彼の身体に劇的な変化が訪れる。首筋に刻まれた新たな風の刻印が淡く発光し、彼の全身を透明な気流が包み込んだ。これまで肌を刺していた極寒の空気も、身体を押し戻そうとする猛烈な風圧も、もはや彼を妨げる障壁ではなくなっていた。

 

(……軽い。まるで、自分自身が風になったようだ)

 

 ライゼルが地を蹴ると、一瞬でアーヤの前方へと躍り出た。以前のような力任せの踏み込みではない。風に乗るような、滑らかで不可視の速さ。澱みから這い出してきた影のような異形たちが彼女へ迫るが、ライゼルの剣はそれらが実体化する前に、鋭い旋風を伴って一掃した。

 

「――聖地を覆う穢れよ、風と共に去りなさい!」

 

 アーヤが祈りを捧げると、彼女の胸元の守護石が、呼応するように透き通った蒼い輝きを放った。その光は幾筋もの束となって祭壇を包み込んでいく。これまでの、灼熱の霊峰や水の都で見たような爆発的な浄化ではない。

 それは、そよ風が枯葉を掃いていくような、静かで、けれど徹底的な清めだった。

 

 黒い泥のような澱みが、アーヤの放つ光に触れて白銀の粒子へと変わっていく。ライゼルの剣が風を切り裂き、浄化を妨げる闇を払い続ける。二人の動きはもはや言葉を介さずとも完璧に同調し、一つの巨大な浄化の嵐となってプレクーバを満たしていった。

 

 やがて、最後の一片の澱みが消滅した。

 

 その瞬間、プレクーバの空からダイヤモンドダストのような輝きが降り注いだ。重く沈んだ風は清涼な薫りを運び、石柱の間を歌うように吹き抜けていく。

 

『……見事だ。星の迷い人、そして盾の騎士よ。プレクーバに、再び自由な風が戻った』

 

 浄化されたプレクーバに、穏やかで清らかな風が吹き抜ける。すると、空へ溶けていく精霊王の声とともに、一筋の旋風がアーヤの元へ舞い降りた。

 風が止んだ彼女の手のひらには、透き通った緑色の輝きを放つ結晶が残されていた。

 

『……星の迷い人よ。汝の静かなる祈りに、この風の守護石を託そう。火、水、そして風。三つの息吹が揃いし今、汝の歩みは運命の風に乗り、さらなる高みへと導かれるであろう』

 

 アーヤは、手の中にある新しい輝きを見つめた。すでに託された火と水の守護石が、新しい仲間に応えるように、微かな熱と震えを伝える。

 アーヤはその場にそっと座り込み、深く息を吐く。やり遂げたという安堵感とともに、ライゼルを見上げた。

 

「ライゼル様……プレクーバが、笑っています」

 

「ああ。……あんなに厳しかった北の風が、今はこんなに温かい」

 

 ライゼルが差し出した手を取り、アーヤは立ち上がる。三つの聖地を巡り、三つの加護を得た二人の旅は、いよいよ最終局面へと向かおうとしていた。 


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