41.嵐の先の誓い
真っ白な無の世界で、アーヤは膝をついていた。フード越しに聞こえる精霊王の声は、慈悲深い響きでありながら、彼女の最も守りたいものを奪おうとしている。
『……星の迷い人よ。あの騎士を愛するならば、彼を盾として使い潰すことをやめよ。汝という重き使命から彼を解き放てば、彼は一人の男として、穏やかな生を全うできるのだ』
(ライゼル様を……解放する……)
アーヤの脳裏に、ボロボロになりながらも自分を救い出そうとする、かつてのライゼルの姿が浮かぶ。自分がこの世界に来なければ、彼はあんなに傷つくことも、命を懸けてまで精霊の試練に挑むこともなかったのかもしれない。
けれど、アーヤはゆっくりと、震える手を握りしめ立ち上がった。そして、その手は厚いフードの上から、しっかりとアイリスの髪飾りの位置を、そしてライゼルがかけてくれた温熱布の感触を確かめている。
「……いいえ。違います」
彼女の声は、吹き荒れる風の中でも、凛として響いた。
「ライゼル様が私の隣にいるのは、呪縛なんかじゃない。私と一緒にいたいと言ってくれた彼の気持ちを、私は信じます。彼が自由になるために私がいなくなるなんて、それは彼から一番大切なものを奪うことと同じです!」
アーヤは厚いフードの上から、アイリスの髪飾りを愛おしそうに撫でた。
「……私、彼と一緒に、この世界で生きていきたいんです。それが私の一番の願いです!」
———
同じ時、ライゼルもまた、深い闇の淵で顔を上げた。
「……確かに、私は彼女を繋ぎ止めているのかもしれない。私がいなければ、彼女はより高く、より遠くへ飛べるのかもしれない」
ライゼルは精霊王を見据えた。その瞳からは、もはや迷いは消え失せている。
「私と一緒にいたいと、彼女は言ってくれた。私は、彼女が寄せてくれたその信頼を、何よりも優先すると誓った。……今の私が彼女の重荷だというのなら、私がその重さを微塵も感じさせぬほどの強さを手に入れればいい。隣で肩を並べるに相応しい不滅の盾になると、私は自分自身に誓ったのだ!」
ライゼルの叫びに呼応するように、彼から溢れ出した魔力が、周囲を覆う霧を激しく弾き飛ばした。それは彼女を傷つけるための刃ではなく、あらゆる拒絶を跳ね除け、彼女のもとへ辿り着くための不屈の意志そのものだった。
「私は、彼女を一人にはしない。彼女が自由になるというのなら、私もまた、彼女と共に自由になる道を選ぶ。たとえそれが執着だとしても、この愛だけは誰にも譲れない!」
二人の叫びが、次元を超えて共鳴した。 アーヤの髪飾りが青く輝き、ライゼルの胸元の紅蓮の刻印が光を放つ。
「ライゼル様ーーっ!」 「アーヤーーっ!」
互いを呼ぶ魂の咆哮が、断絶の風を内側から爆破するように吹き飛ばした。視界を覆っていた白銀の霧が霧散し、再び二人の手が重なる。
精霊王は、かつて見せたことのない穏やかな、そしてどこか懐かしむような微笑みを浮かべ、杖を収めた。
『……孤独を愛する風を、絆の力でねじ伏せるか。……良かろう、儂の風の加護を授けるとしよう』
風の精霊王が指を鳴らすと、ライゼルの首筋に、風の翼を象った新たな刻印が刻まれた。
「……っ」
「ライゼル様!」
駆け寄ったアーヤを、ライゼルは今度は離さないとばかりに、折れんばかりの力で抱きしめた。
「……すみません。一瞬でも、あなたを離すことを考えた。……もう、二度と迷いません」
「私もです。私たち、二人で一緒に、明日へ進むんですから」
プレクーバを覆っていた荒れ狂う嵐は止み、頭上にはどこまでも高く、澄み切った青空が広がっていた。




