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天涯孤独のアラフォー元事務員、騎士団の副団長に溺愛される  作者: 桐生 翠月


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38.約束の景色

 浄化から一夜明けたアイリスの朝は、驚くほど清々しかった。窓の外の運河は、(よど)んでいた昨日までとは別物のように澄み渡り、白亜の建物に反射する光が宝石のようにキラキラと街を彩っている。

 

 アーヤが宿のバルコニーで風を感じていると、背後から温かな体温が近づき、肩に柔らかな羽織ものがかけられた。

 

「おはようございます、アーヤ。まだ朝の風は冷えますよ」

 

 ライゼルが自然な動作で彼女を背後から包み込むように寄り添う。昨夜、彼女の魂と共鳴したせいか、彼の眼差しには以前よりもいっそう深い慈しみと、片時も離したくないという熱が帯びていた。

 

「おはようございます、ライゼル様。……本当に、街が生き返ったように綺麗ですね」

 

「ええ。あなたの選んだ未来が、この景色を作ったのです。今日は出発まで少し時間があります。約束通り、二人で街を歩きましょう」

 

 ライゼルはアーヤの手を取り、エスコートするように街へと連れ出した。運河を往来する小舟(ゴンドラ)に揺られ、二人は水上からの景色を楽しむ。ライゼルはアーヤの隣にぴったりと座り、彼女が小さな揺れに驚くたびに、愛おしくてたまらないというようにその肩を抱き寄せた。

 

 

「ライゼル様、これ、すごく美味しいです」

 

 市場の屋台で見つけた、水の都名物の冷たい果実水を飲みながら、アーヤが笑う。ライゼルはその横顔を見つめ、彼女が昨夜拒んだ()()()()()()よりも、今ここで自分と笑っている()()()()()()を大切に思ってくれていることに、深い感謝を覚えていた。

 

「アーヤ。……()()()()()()に帰らないと決めてくれたこと、もう一度お礼を言わせてください。私は、あなたがくれたこの時間を一生をかけて守り抜きます」

 

 不意に真剣な声で告げられ、アーヤは赤くなりながらも、彼の手をぎゅっと握り返した。

 

「私も、ライゼル様と一緒にいたいから選んだんです。だから、これからもよろしくお願いしますね、私の騎士様」

 

 アーヤの屈託のない笑顔を見つめ、ライゼルの胸には「この幸せを、何があっても守り抜く」という静かな、けれど鋼のような決意が刻まれていった。

 

「アーヤ、これを受け取ってください」

 

 広場の隅で、ライゼルが小さな包みを差し出した。中には、アイリスの湖の色をした、透き通った青い石の髪飾りが入っていた。

 

「綺麗……いいんですか?」

 

「昨夜、あなたがこの世界で生きる決意をしてくれた証に。私の魔力を込めてあります。私の心が常にあなたと共にあるという誓いです」

 

 ライゼルが不器用ながらもアーヤの髪に飾りを挿すと、彼女は最高の笑顔を彼に向けた。

 

 穏やかな休息の時間は、昼過ぎに届いた王都からの伝令によって終わりを告げる。封筒を開いたライゼルの表情が、一瞬で騎士の鋭さを取り戻した。

 

「……次の巡礼地が決まりました。王都の観測班から報告が上がったようです。――北の最果て、凍てつく高地に座する、風の廃都・プレクーバに、(よど)みが集中していると」

 

「風の廃都……」

 

 そこは、かつて高度な魔法文明で栄えながらも、一夜にして風の精霊の怒りに触れ、滅びたと言われる遺跡の街だった。

 

「風の精霊は、自由と放浪を司ります。あなたと同じ(とき)を望む私に、風の精霊王はどのような試練を投げかけるのか」

 

 その瞳には、どんな運命が待ち受けていようとも彼女を離さないという、静かな覚悟が宿っていた。

 

 ライゼルはアーヤの荷物をまとめ、彼女の手を引いて宿を出た。水の都の美しい運河を背に、二人の旅路はさらに過酷な北部へと向かう。

 

「大丈夫です、ライゼル様。どこへ行っても、私たちは一緒ですから」

 

「ええ。あなたの行く場所が、私の進むべき道です。さあ、行きましょう」

 

 二人が乗り込んだ馬車が、アイリスの白い石畳を蹴って走り出す。その背後で、浄化されたばかりの鏡の湖が、二人の行く末を静かに見守るようにキラキラと輝いていた。

 

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