表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
天涯孤独のアラフォー元事務員、騎士団の副団長に溺愛される  作者: 桐生 翠月


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

32/53

32.焦がれる執着の試練

 真っ赤な火の粉が視界を埋め尽くし、次にライゼルが目を開けたとき、そこは灼熱の霊峰ではなく、見覚えのある静寂に包まれた場所だった。


「……ここは?」


 そこは王都にあるレイヴァーグ本邸の、さらに奥深く、実際にはあるはずのない美しい書斎だった。窓はなく、壁一面が魔導書と贅沢な装飾で埋め尽くされている。そして、部屋の中央には、ふかふかのソファに座るアーヤがいた。


「ライゼル様、お帰りなさい」


 アーヤが穏やかに微笑む。しかし、その足首には、宝石を散りばめたような細く美しい銀の鎖が繋がれていた。鎖の先は、ライゼルの座る椅子の脚へと伸びている。


『どうだ、人の子よ。これこそがお前の望んだ理想ではないか?』


 虚空から精霊王の声が響く。


『この世界なら、彼女が傷つくことも、(よど)みを浄化して孤独に彷徨うこともない。お前が望む通り、誰の目にも触れさせず、お前だけのものとして永遠に愛でることができる。……ここで彼女と二人、永劫の時を過ごすがいい』


 ライゼルは息を呑んだ。自分の内側に潜む、どす黒い独占欲が、この光景に歓喜の声を上げているのが分かった。彼女を鎖で繋ぎ、自分だけの管理下に置く。外の世界の(ことわり)からも、精霊の義務からも解放し、自分だけを見て笑う人形にする。


 それは、ライゼルが心の底で最も恐れ、同時に最も渇望していた光景だった。


「……ライゼル様?  どうしてそんなに悲しい顔をなさるのですか?」


 幻影のアーヤが、ライゼルの頬に手を伸ばす。その瞳には何の疑いもなく、盲目的な愛だけが宿っている。ライゼルはその手を掴み、指先に口づけを落としながら、心の中で猛烈な火花を散らした。


(そうだ。こうしてしまえば、彼女を失う恐怖から解放される。彼女は一生、私の腕の中で安全に暮らせる。……だが)


 ライゼルは、アーヤの銀色の鎖を見つめた。 そして、彼女の瞳の奥を覗き込む。——そこに自由な意思がないことを悟った瞬間、彼の胸に鋭い痛みが走った。


「……違う。これは、私の愛するアーヤではない」


 ライゼルの声が、低く書斎に響いた。


「私が愛しているのは、自分の足で立ち、誰かのために涙を流し、凛として運命に立ち向かうアーヤの魂だ。……彼女を籠の鳥にすることは、彼女の魂を殺すことと同じだ」


 ライゼルは腰の聖剣を抜き放ち、迷いなくアーヤの足首に繋がれた銀の鎖を断ち切った。


「私は、アーヤを閉じ込めたいほどに愛している。その醜い独占欲さえも、私の一部だ。……だが、私はそれ以上に、アーヤが()()()()()()幸せに笑う世界を守りたい!!」


 その瞬間、豪華な書斎がガラスが割れるように崩れ去った。 ライゼルの咆哮(ほうこう)とともに、彼の内側から独占欲の黒い炎ではなく、彼女を護るための純粋な白銀の炎が吹き上がった。


 ——気がつくと、ライゼルは祭壇の前で膝をついていた。 目の前には、驚いた表情で自分を見つめる本物のアーヤがいる。


『……見事だ、人の子よ。己の最も醜い欲望を直視し、それを支配ではなく守護の力へと昇華させたか』


 火の精霊王が、満足げにその巨体を揺らした。


『合格だ。お前の魂に、我が火の加護を刻もう。これはお前の独占欲を正しき力に変え、彼女をあらゆる災厄から焼き守る盾となるだろう』


 ライゼルの胸にある刻印が、鮮やかな紅蓮の輝きを放ち、彼の肉体に新たな力が脈打つのを感じた。


  試練を終え精霊王が姿を消すと、ライゼルは立ち上がり、心配そうに駆け寄ってきたアーヤを今度は鎖ではなく、温かな両腕でしっかりと抱きしめた。


「ライゼル様……! 大丈夫ですか? 急に意識を失われて……」


「……ええ。少し、自分の中の魔物と話をしていただけです」


 ライゼルはアーヤの肩に顔を埋め、深く息を吐いた。幻影の中で鎖を断ち切ったとき、彼は悟ったのだ。彼女を閉じ込めるのではなく、彼女がどこへ行こうとも、その隣を絶対に譲らないことこそが、自分に課せられた真の執着の形なのだと。


「アーヤ。……私は決めたのです。あなたがこの世界のどこへ行こうとも、何をしようとも、私は影のようにあなたに付き従い、守り支え抜くと」


「ライゼル様……」


「たとえあなたが私を疎ましいと思う日が来たとしても、私は決してあなたを離しません。……それが、私の選んだ試練の答えです」


 アーヤは、ライゼルの胸の刻印が、自分の周りに集まってくる精霊たちと共鳴するように、熱を持っていることに気づいた。ライゼルの覚悟を認めた小さな精霊たちが、祝福するように彼の周りで嬉しそうに光り、その熱がアーヤにも伝わってくる。


「疎ましくなんて思いません。私をそんなに深く想ってくださって、ありがとうございます」


 アーヤがそう言って微笑むと、ライゼルは救われたような表情を見せ、彼女の額にそっと唇を寄せた。

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ