31.灼熱の霊峰
数日後、二人は宿場町を外れ、野営をすることになった。 ライゼルは手際よくテントを張り、リーネが持たせてくれた最高級の茶葉で、アーヤのために紅茶を淹れる。
「あ、美味しい……。リーネの味だわ」
「彼女には、あなたの好みについて数時間ほど講義を受けましたから。あなたの好きな甘さも、香りの強さも、すべて私が把握しています」
焚き火の火影に照らされたライゼルの横顔は、彫刻のように美しい。彼はアーヤが食べやすいように、焼き上がった肉を小さく切り分け、自らフォークで彼女の口元へ運ぶ。
「あ……ライゼル様、自分で食べられます」
「いいえ。あなたはこの国のために過酷な義務を背負って旅をしてくれている。ならば、私は全身全霊で奉仕し、甘やかしたいのです。さあ、アーヤ」
逃げ場のない甘やかな強制。アーヤは顔を赤くしながらも、差し出された肉を口にする。ライゼルは、彼女が咀嚼し、飲み込むのを愛おしそうに見つめ、親指で彼女の口角についたソースを拭った。
「私のアーヤ。あなたが美味しそうに食べているだけで、私の心は満たされる」
その指先が、そのまま彼女の頬を撫で、唇をなぞる。 夜の静寂の中、パチパチと爆ぜる焚き火の音だけが響く。
「……試練が怖いですか?」
ライゼルが不意に、声をひそめて尋ねた。
「少しだけ。でも、ライゼル様がいてくれるから。……私、あなたと同じ刻を生きられるのなら、何でもできる気がするの」
アーヤがそう言って微笑むと、ライゼルの瞳に一瞬、激情の火が灯った。彼はアーヤを背後から抱き込み、その細い首筋に深く顔を埋めて、熱い吐息を漏らす。
「……その言葉が、私を狂わせるのだと自覚してください。……愛しています、アーヤ。この巡礼が終わる頃には、あなたは名実ともに私のものだ」
彼の腕の力は、アーヤが「一生離さない」という無言の誓いを感じるほどに強かった。
——
甘やかな旅路は、目的地に近づくにつれて過酷さを増していった。
数週間の旅路を経て、二人は南方の果て、雲を突き抜けるほどに巨大な活火山、灼熱の霊峰の麓へと辿り着いた。 標高が上がるにつれ、緑は消え、荒々しい溶岩の岩肌が露出する。大気は熱を帯び、精霊たちの囁きもどこか荒々しく火の粉を散らしているようだった。
「ここから先は、馬車では進めません。アーヤ、私の背に」
「歩けますよ、ライゼル様。私も清め手としての義務を果たしに来たんですから」
しかし、ライゼルは譲らなかった。結局、彼はアーヤを軽々と背負い、険しい岩道を一歩一歩踏みしめて登り始めた。周囲の熱気で汗が流れるが、ライゼルの足取りは決して乱れず、騎士としての超人的な身体能力で登りきった。
山頂にある、古の巨石が並ぶ祭壇。 そこに二人が足を踏み入れた瞬間、大地が轟音を立てて震えた。 火柱が立ち上がり、その中から巨大な、燃え盛る翼を持つ火の精霊王が姿を現した。
『……来たか。清め手の娘よ。そして、理に抗う執着の騎士よ』
精霊王の熱風が二人を襲う。ライゼルはアーヤを背後に隠し、鋭い視線で精霊王を見据えた。
『最初の試練を授けよう。……人の子よ、お前の胸を焼いているのは、我ら火の精霊の力ではない。お前自身の内側にある、愛という名の独占欲だ』
精霊王は、ライゼルの胸にある刻印を指し示した。
『お前は彼女を愛していると言いながら、その実、彼女を自分だけの檻に閉じ込め、その自由さえも奪い去りたいと願っているのではないか? ——その濁った炎を御せぬ者に、彼女と同じ刻を歩む資格はない』
精霊王が腕を振るうと、ライゼルの足元の影が生き物のように伸び、彼を飲み込み始めた。ライゼルの意識は急速に遠のき、真っ赤な炎の幻覚の中へと引きずり込まれていった。




