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天涯孤独のアラフォー元事務員、騎士団の副団長に溺愛される  作者: 桐生 翠月


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28.孤独の宿命

それからの日々、アーヤは魔術学院での講義と並行して、王宮禁書庫での研究に没頭した。

レイヴァーグ本邸での生活が始まって一ヶ月。アーヤは王宮禁書庫と精霊の図書館(ライブラリ)の知識を照らし合わせ、ある残酷な事実に突き当たっていた。

 

「……過去の考察や星の迷い人の手記……どれを読んでも、最後は山奥や孤島で、たった一人で姿を消している……」

 

彼らは皆、驚異的な魔力と知識で国を救い、英雄と(あが)められた。しかし、誰一人として伴侶を得て添い遂げたという記録がないのだ。ある者は愛する者の老いに耐えかねて姿を消し、ある者はその異能ゆえに周囲から恐れられ、自ら孤独を選んだ。

 

数百年の時を生きる代償は、癒えることのない孤独。精霊に愛されることは、人との縁を切り離されることと同義だった。

 

(……私は、ライゼル様とそんな悲しい終わり方はしたくない。でも、どうすれば……)


その日の深夜。アーヤが本邸の庭園で月を眺めていると、空気が一変した。 パチパチとはぜる火の粉、ふわりと舞う花びら、頬を撫でる湿った風、そして足元の土が温かく脈打つ。

 

神殿で彼女を救った四大精霊の王たちが、小さな光の粒子となってアーヤの周囲を囲んだ。

 

『迷い人の娘よ。なぜ、そうも悲しげな色を魂に宿す?』

 

火の精霊王が問い、風の精霊王がアーヤの肩に止まる。

 

「……教えてください。なぜ、私のような存在は長寿を与えられ、そして……孤独でなければならないのですか?」

 

四大精霊王は、重々しく、しかし慈しむように真実を語り始めた。

 

岩の軋むような重厚な声で地の精霊王が口を開く。


『我らはこの世界の調律者。だが、世界は時折、(ことわり)を失い、淀みが溜まる。お前たち星の迷い人は、その淀みを浄化するために異界から招かれた、いわば世界の清め手なのだ』

 

吹き抜ける風のように涼やかな声が、それに重なった。風の精霊王だ。


『浄化の儀式は、一度で終わるものではない。四大精霊が司る四つの聖地、それらを巡り、淀みを鎮めても、人の業がある限り、淀みは再び湧き出でる。聖地を浄化し続けるという果てなき義務を果たすには、人の一生はあまりに短い。ゆえに汝に長い(とき)を与えた』

 

「義務……。それが、私の寿命の理由……」

 

そして、燃え盛る焔の瞳を持った火の精霊王が、厳かに断じた。


『然り。だが、清め手は純粋であらねばならぬ。人の情愛は、時にその目を曇らせる。ゆえに、過去の者たちは孤独を選んだのだ』

 

「そんな……!」

 

絶望しそうになったアーヤの肩を、強い手が抱き寄せた。いつの間にか、公務を終えたライゼルが背後に立っていた。彼はアーヤを護るように精霊たちを見据えた。

 

「愛が目を曇らせるというのなら、私が彼女の目となりましょう。彼女を孤独にするのが世界の(ことわり)だというのなら、私はその理ごと彼女を奪い、一生をかけて護り抜く」

 

ライゼルの宣言に、四大精霊王たちが興味深そうに瞬き、ざわめいた。

 

『人の子よ。お前は彼女の永き旅路、そのすべてを隣で歩むつもりか? お前が朽ち、泥に還るその時まで、彼女の孤独を深めるだけだとしてもか?』

 

「いいえ。……もし、彼女と同じ時間を生きる方法があるのなら、どんな試練でも受けましょう。彼女を一人、この世界に取り残すこと以上に恐ろしいことなど、私にはありませんから」

 

ライゼルの瞳に宿る、狂おしいほどの覚悟と執着。それは、精霊王たちをも驚かせるほどの輝きを放っていた。そして、冷ややかな、しかしどこか試すような声で囁いた。

 

『……面白い。だが、身の程を知るがいい。人の子よ。過去にも、お前のように(ことわり)を書き換えようとした愚かな人間はいた』

 

風の精霊王が、過去の残影を見せるようにライゼルの周りを吹き抜ける。

 

『ある者は、我らが出す試練の苛烈さに魂が砕け、命を落とした。またある者は、望み通り永き寿命を手に入れながらも、数百年という歳月の重圧に耐えかね……最後には人が変わったように心を失い、愛したはずの者を自ら手にかけ、虚無へと堕ちていった』

 

『人の心は脆く、移ろいやすいもの。あなたが手に入れようとしているのは、祝福ではなく、呪いかもしれませんよ』

 

精霊王たちの警告は、アーヤの心に冷たい棘のように突き刺さった。もしライゼルが、自分のせいでそんな悲惨な末路を辿ることになったら――。 不安に震えるアーヤの手を、ライゼルはさらに強く、痛いほどに握りしめた。

 

「それがどうした」

 

ライゼルの声は、一欠片の揺らぎもなかった。

 

「たとえこの魂が砕けようと、長い年月が私の心を削り取ろうと構わない。……私が恐れるのは、私が変わることではない。彼女を一人にして、この世界を彷徨わせることだけだ」

 

「ライゼル様……」

 

「精霊王たちよ。過去の者たちがどうあったかなど関係ない。私はライゼル・レイヴァーグ。……たとえそこが奈落の底であろうと、彼女を追い、護り抜く男だ」

 

沈黙が流れた。やがて、四大精霊王は共鳴するように、周囲を震わせるほどの笑い声を上げた。

 

『……よかろう。そこまでの覚悟があるならば、証明してみせよ。人の子よ、お前が彼女と同じ(とき)を刻むに相応しい魂であるかどうかを』

 

火の精霊王が、ライゼルの胸元に小さな火の粉を飛ばした。それは熱を発することなく、彼の肌に淡い刻印として浮かび上がる。

 

『四つの聖地――南の霊峰、西の古都、北の廃都、東の樹海。そこには世界の淀みを鎮めるための祭壇がある。アーヤが清め手としての義務を果たす道すがら、我らが出す試練を乗り越えてもらう。そこに何が待ち受けるか、そして何が試されるか。それはお前たち自身が、その身で確かめるがよい』

 

「それが、彼女と同じ寿命を得るための条件か」

 

『然り。すべての聖地で魂の純潔と強さを示したとき、お前の命はアーヤと分かちがたく結ばれるだろう。……ただし、一度でも試練に屈すれば、お前の命はそこで尽きると心得よ』

 

「望むところだ」

 

ライゼルは迷いなく答え、アーヤの手をさらに強く握り締めた。四大精霊王は満足げな笑い声を残し、夜風と共に霧散していった。



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