19.侯爵令嬢の宣戦布告
ライゼルの威圧的な宣言によって、広間には奇妙な静寂が広がっていた。貴族たちは、王家公認の研究員というアーヤの公的な、そして副団長ライゼルの婚約者候補という立場に圧倒されていた。
そんな中、エルミーヌ侯爵令嬢は、優雅な動作で扇を閉じ、周囲に侍らせていた取り巻き令嬢たちを連れてライゼルへと近づいてきた。
「ライゼル様。本日は、素晴らしい……いえ、あまりに驚くべきパートナーをお連れですこと」
エルミーヌの声は、鈴を転がすように美しいが、その奥には氷のような冷ややかさが潜んでいた。彼女はアーヤの全身を、値踏みするように上から下まで眺めた。
「こちらが噂の特任教授、殿? 王立魔術学院始まって以来の若さ……いえ、幼さですわね。まるで、迷い込んだ幼子のよう」
エルミーヌはアーヤの|若々しさ(童顔)を、あからさまに未熟さとして揶揄した。周囲の令嬢たちからも、クスクスと忍び笑いが漏れる。
ライゼルの瞳が、一瞬で鋭利な刃のように冷え切った。
「エルミーヌ侯爵令嬢。彼女は陛下から直々にその知性と能力を認められた御方だ。その言葉、陛下への不敬と受け取っても構わないのか?」
「あら、滅相もございませんわ。ただ、この社交界という場所は、魔術の知識だけでは渡っていけませんもの。……アーヤ様? 貴族の嗜みであるダンスや、複雑な家系図に基づいた会話の機微、果たして理解できていらっしゃること?」
エルミーヌはライゼルの制止を無視し、アーヤの目を真っ直ぐに見据えた。彼女にとって、次男とはいえ将来有望で誰よりも高潔なライゼルは、自分が手に入れるべき最高の獲物だったのだ。
アーヤは、地球でのモンスタークライアントや、癖の強い上司を相手にしてきた経験を呼び起こしていた。エルミーヌの背後に見えるのは、ただの稚拙な嫉妬とプライドだ。
(アラフォーを舐めないでほしいわね。この程度の嫌み、厄介な上司の小言に比べれば可愛いものよ)
アーヤはライゼルの腕にそっと手を添えて彼を落ち着かせると、一歩前へ出た。そして、これ以上ないほど優雅で、それでいて隙のない完璧なカーテシーを披露した。
「お初にお目にかかります、エルミーヌ様。未熟な身ではございますが、ライゼル様や侯爵家に恥をかかせぬよう、精一杯務めさせていただきます。……左様でございますね、先ほどおっしゃった家系図についてですが。エルミーヌ様の御家門、エドワード侯爵家は、三代前の精霊祭にて当時の王弟殿下を救われたという素晴らしい歴史をお持ちとか。その際に使われたとされる失われた古代語の祝詞、実は先日、私が解読を完了いたしました。もしよろしければ、後ほどその内容について語り合いませんか?」
エルミーヌの顔から、余裕の笑みが消えた。 アーヤは精霊の図書館を使い、エルミーヌの家系の誇りを刺激しつつ、自分の方が圧倒的な知識という武器を持っていることを暗に示したのだ。
「……っ。口が達者なことですわね。ですが、踊れもしない女性がライゼル様の隣に居続けるのは、いささか不釣り合いではなくて?」
「エルミーヌ嬢、いい加減にしろ」
ライゼルがアーヤの肩を抱き寄せ、エルミーヌを冷たく突き放すように言い放った。
「アーヤをダンスに誘うのは私だ。そして、彼女が誰と話し、何を語るかは彼女が決めること。……行きましょう、アーヤ。こんな毒気に当てられる必要はない」
ライゼルはエルミーヌを一顧だにせず、アーヤを連れてバルコニーへと向かった。
背後に残されたエルミーヌは、握りしめた扇が折れんばかりに震えていた。
「見ていなさい……。あんな平民上がりの小娘に、ライゼル様は相応しくないわ。徹底的に、社交界の厳しさを教えてあげますわよ」




