16.侯爵の助言と次の課題
翌日。ロジャー教授は学院での地位と、貴族としての名誉の全てを剥奪されることが決まり、王都から追放された。その手続きは、騎士団副団長ライゼル・レイヴァーグの強大な圧力によって、異例のスピードで処理された。
ライゼルは、学院長への報告と、侯爵夫妻への報告を済ませた後、アーヤを別邸の自室に連れ戻した。
「アーヤ、学院は危険です。もう行かなくていい。あなたの研究は、私がこの別邸に全て整えます。もう二度と、私の目の届かない場所には行かせません」
ライゼルは、アーヤをまるで離さないというかのように強く抱きしめた。
「ライゼル様、それは駄目です。私は、侯爵家から受けた恩に報いるため、この国の魔術に貢献したい。それに、私の研究の成果は、学院という公の場でこそ価値があります」
アーヤは、ライゼルの胸から顔を上げ、彼の頬に手を添えた。
「ライゼル様が私を守ってくださることは、本当に感謝しています。でも、あのような陰謀に屈して隠れてしまっては、私はこの世界で生きる意味がなくなってしまいます」
ライゼルは苦悶の表情を浮かべた。
「しかし、あなたの安全が最優先だ。あなたは、私だけの宝なのだから……」
その時、ライゼルの父であるグレンヴァルト侯爵が部屋に入ってきた。
「ライゼル。お前の気持ちはわかる。だが、失われた古代語を解読し、精霊術の体系を確立した彼女の才能を、この程度の障害に屈して閉ざしてはならない」
侯爵は、息子を諭した。
「アーヤ殿。今回の件で、あなたの地位は学院内で不動のものとなった。しかし、ライゼルが危惧するように、あなたはまだ貴族社会での立場が確立できていない。いずれ、王都の社交界であなたの存在を確立させる必要があるでしょう。そうすれば、ロジャーのような卑劣な輩が手出しできなくなる」
侯爵からの社交界デビューの提案を受け、アーヤの心は決まった。しかし、その前に、学院での義務を果たす必要があった。
——
学院での騒動が落ち着いた後、講義が再開され、実技演習が行われることになった。このクラスは、アーヤにとって、魔力回路を持たないという唯一の弱点が露呈する場でもあった。
「今日の課題は、風の魔術の初級、ウィンド・ラーマです。詠唱を完了し、魔力を集中させ、目標の藁人形を切り裂くこと!」
クラスメイトたちが次々と成功させ、風の刃が藁人形を切り裂く中、アーヤだけが立ち尽くしていた。魔力回路がないため、詠唱を通じて魔力を流し、それを放出できないからだ。
(どうしよう……精霊の図書館は知識はくれるけど、魔法の実践方法までは教えてくれないわ)
「アーヤ特別聴講生。あなたの番です」
教授に促され、アーヤは前に出た。彼女は、借りた本で見た通りに、風の精霊を呼び出す詠唱を開始した。
「我が剣となりて、敵を断て! 風よ、ウィンド・ラーマ!」
詠唱は完璧だった。しかし、やはり魔力回路がないため、そこから魔力が放出されることはない。
(やっぱり、だめか……)
そう諦めかけたその時、アーヤの周りに、無数の小さな光の粒が現れた。
『アーヤさま! わたくしたちはここにいます! 詠唱は、わたくしたちへの依頼書です!』
それは、アーヤに懐いている風の精霊たちだった。
「お願い……あの藁人形を、切り裂いて!」
アーヤが強く願った瞬間、精霊たちが一斉に力を集中させた。
キュオォォン!
詠唱とは無関係に、アーヤの手のひらから、透明だが目に見えるほど強烈な風の刃が放出された。それはクラスメイトの誰よりも鋭く、藁人形は、縦横十文字に切り裂かれ、完全に粉砕された。
辺りが静まり返る。
「……な、なんだ、今の魔術は!?」
「あの魔力の放出量は、上級魔術師のレベルじゃないか!?」
アーヤが使ったのは、彼女自身の魔力ではない。彼女の願望を汲み取り、精霊たちが力を集約して実行した、精霊魔法だった。
教授は、口をあんぐり開けたまま立ち尽くしていた。
「アーヤ特別聴講生……あなたは、魔力回路なしで、これほどの威力を持つ魔術を……! これは、この世界に伝わる大精霊との直接契約者の証かもしれません!」
アーヤの能力は、ついに隠しきれないレベルで露呈した。彼女は、この世界に新たな魔法の体系をもたらす存在として、急速に注目を集めていくことになった。




