15.禁忌の古文書と教授の陰謀
アーヤが特別聴講していた古代文献学の授業は、すぐに学院内で話題となった。アーヤは、精霊の図書館の能力を使い、難解すぎて誰も解読できなかった古代語を、一瞬で現代語に翻訳し、その体系を再構築していったのだ。
特に、失われたとされていた精霊との契約術に関する記述を次々と解明したことは、この国の魔術理論に革命をもたらしつつあった。
しかし、その才能は、既存の権威を持つ者たちにとって、脅威でしかなかった。
魔術理論科のロジャー教授は、学院創設期から続く伝統的な魔術の使い手であり、自然の気まぐれに媚びる精霊術を卑しいものとして嫌悪していた。
彼は、アーヤが魔力回路も持たぬ平民でありながら、侯爵家の後ろ盾だけで特別聴講生として在籍していることに激しい嫉妬を抱いていた。
(レイヴァーグ侯爵家が連れてきたあの小娘。古代語を読める程度で、魔術の根幹を揺るがすなど許せん!)
ある日の夕方。
アーヤが学院の研究室を後にした後、ロジャー教授は忍び込んだ。アーヤが解読を進めていた、特に強力な魔力を持つ禁忌の古文書の複製に、彼は細工を施した。
その古文書には、太古の魔物を呼び出すための召喚の術が記述されていたが、ロジャー教授は、その術の制御の呪文の一部を、巧妙に別の古代文字にすり替えた。この細工により、術を試みた者は、制御不能の魔物を呼び出し、自滅することになる。
ロジャー教授の狙いは、アーヤに直接危害を加えることではない。彼女以外の学生にその解読文を試させ、学院内で騒動を起こさせ、アーヤの誤訳の責任を問うことだった。
「これで、侯爵家の後ろ盾があろうと、あの娘を学院から追い出すことができる。古代からの魔術の権威は、私が守るのだ」
教授はそうほくそ笑み、研究室を後にした。彼の陰謀は、アーヤの才能への嫉妬と、侯爵家への反感という、貴族社会の暗い感情から生まれたものだった。
——
数日後、事件は起きた。
アーヤのクラスの、優秀で古代文献学に熱心だった貴族の青年アルフレッド……先日の放課後、アーヤに声をかけてきた男子学生が、彼女が解読途中の古文書の複写を入手し、学院の裏庭で召喚術を試したのだ。
彼は、制御呪文が改ざんされていることに気づかず、術を発動させた。
ゴオオオッ――!
裏庭から、鈍い魔物の咆哮が響き渡った。学院内は大混乱に陥り、警備に当たっていた騎士団がすぐさま現場に急行した。
アーヤは、騎士団の団員から緊急の報告を受け、すぐに現場に向かった。彼女の精霊の図書館は、古文書の不自然な魔力変異と、それがロジャー教授の研究室から発生していたことを瞬時に解析した。
(これは…召喚の制御術が意図的に書き換えられている! ロジャー教授の仕業だわ!)
現場に到着したライゼルは、すでにアルフレッドを保護していたが、彼が召喚した魔物は、学院の防御魔術を破壊し、暴れ始めていた。
「アーヤ、危険だ! 私の背後へ!」ライゼルは剣を構えた。
「ライゼル様、お待ちください! 物理攻撃では駄目です! あの魔物は召喚術で生み出された存在。精霊術で強制的に送還するしかありません!」
アーヤは、ライゼルや団員たちに防壁を作らせ、その中心で目を閉じた。彼女の周りに光の精霊が集まり、送還の精霊術の詠唱を始める。
ライゼルは、アーヤの安全を確保しつつ、怒りに身を震わせていた。彼の愛するアーヤに、間接的とはいえ危害を加えようとした者がいる。しかも、それが学院の人間だ。
アーヤの術が成功し、魔物が元の世界へ送還されると同時に、ライゼルは冷静さを失った。彼はその場で、アルフレッドに事情聴取を行っていた部下を呼び、命じた。
「ロジャー教授を拘束しろ。これはレイヴァーグ侯爵家への、私的かつ悪質な妨害に対する制裁だ。学院内の手続きなど待たなくていい。即刻、学院から排除する!」
ライゼルの青い瞳は、怒りに燃えていた。




