10.騎士団本部への訪問
アーヤの王立魔術学院への入学が決定した頃、ライゼルが別邸を訪れた。しかし、その顔色は優れなかった。
「ライゼル様、どうかなさいましたか? とてもお疲れのようですが……」
「アーヤ殿……。実は、国境警備隊の補充物資を運ぶ馬車が、魔物の襲撃を受けて一部が紛失しました。その責任を負う者について、騎士団内部で揉めていまして」
ライゼルは疲労の色を隠さず、テラスの椅子に深々と座り込んだ。
「馬車の護衛は私の部下が担当していたのですが、彼らは優秀です。どうも、内部の人間が情報を漏らしたか、あるいは物資を横流しした可能性が高く……しかし証拠がないまま、部下を罰することはできません」
アーヤは、淹れたばかりの温かいお茶をそっとライゼルに差し出した。
「私にも何かお手伝いできますか? 事務的な調査であれば、私でも……」
「ですが、これは騎士団の機密に関わる問題です。あなたを巻き込むわけには……」
「私は、この国の縁の下の力もちでしょう? 何もしないで、苦しんでいる人を見ている方が辛いです」
アーヤの真剣な眼差しに、ライゼルは折れた。
「……わかりました。しかし、機密保持のため、あなたには別邸ではなく、騎士団本部の私の執務室に来ていただくことになります。他の騎士に顔を見られないように、細心の注意を払ってください」
——
翌日。アーヤは、ライゼルに連れられて、王都にある騎士団本部へ足を踏み入れた。
本部の奥、ライゼル専用の執務室は、武骨ながらも整然としていた。
ライゼルは、分厚い魔力羊皮紙の綴りをアーヤに手渡した。
「これが、馬車襲撃に関わる全ての記録です。襲撃された日、馬車の積載品目、護衛のルート、そして関与した部隊の出動記録。この中から、不自然な点を見つけてほしい」
「承知いたしました」
アーヤは、秘匿された空間で、自身の事務能力と精霊の図書館の能力をフル稼働させた。
(精霊の図書館、起動。全ての文書の相互参照と、論理的矛盾の検索を!)
数時間後。アーヤは、たった一つの、小さな矛盾を発見した。
「ライゼル様。この積載品目表と護衛ルート表に、一つだけ、奇妙な食い違いがあります」
アーヤは、二枚の羊皮紙を並べて指さした。
「襲撃当日、馬車には魔力上級回復薬が100本積載されていたことになっていますが、護衛部隊の出動記録に添えられた隊長の携帯魔導具リストには、その魔力上級回復薬が、予備品として120本登録されています」
「な、なんだって?」
ライゼルは血相を変えた。
「上級回復薬ポーションは、非常に高価な薬だ。隊長が予備品を多く持つことはあり得るが、その数がおかしい。積載された100本とは別に、20本が余分に計上されていることになる。これは……」
「この20本は、どこかの時点で、隊長の権限によって積載品目から抜き取られ、帳簿上は襲撃による紛失として処理される予定だったのではないでしょうか」
アーヤの指摘通り、もし計画通りに進めば、公的には襲撃で20本を失ったことになり、隊長は何食わぬ顔で貴重な上級回復薬を懐に入れることができたはずだ。
アーヤの冷静な推理は、ライゼルの胸に突き刺さった。
「くっ……信頼していた部下に、こんな不正があったとは……!」
ライゼルは、机を強く叩いた。しかし、同時にアーヤへの信頼も深まった。この、何百枚という書類の山から、たった一つの矛盾を見つけ出した彼女の能力は、既に軍事レベルの戦略情報分析官に匹敵する。
「ありがとう、アーヤ殿。あなたのおかげで、私は罪のない部下を不当に疑わずに済み、真の裏切り者を突き止めることができます」
事件の真相が明らかになり、ライゼルの顔に安堵と感謝の表情が広がった。




