「ラスト・チャンス」
「絶対に勝ってくれ」その馬のオーナーは言った。余命わずかの彼にとって、これがビッグタイトルを掴める最後の望みだった。耳をすますと、聞き慣れたファンファーレが響く。騎手の近藤はそっと馬の首筋を撫でた。「絶対に勝ってやる」
ゲートに入り、スタートの瞬間を待つ。数秒の静寂を破り、「ガチャン」と音が響いた。五月の芝生を精鋭十八頭が一斉に駆け出す。
出遅れ。ラストドリームは最後方。
《先頭は12番、その後ろに9番と5番。3番人気の近藤とラストドリームは後方です》
1000メートル通過、62秒台の超スローペース。前が圧倒的に有利だった。
4コーナーを回る。スタンドが見え始め、歓声が波のように押し寄せる。だが近藤は焦っていた。外を回りすぎて脚がない。前は壁、抜けない。
「ここまでか……」
そう思った瞬間、わずかな隙間が生まれた。近藤は本能で手綱をしごく。ラストドリームが体をねじ込み、一気に加速。
《間を割ってラストドリーム! ラストドリームが先頭だ!》
残り五十メートル、大接戦。近藤は声にならぬ叫び声を上げた。
《三歳馬の頂点に立ったのは、ラストドリーム!》
ゴール板を駆け抜け、近藤はスタンドを見上げた。
帽子をかぶったオーナーの姿。顔は見えない。だが、その頬を伝う一粒の涙が西から照らされた陽光に光った。
「約束、叶えましたよ。」




