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ここの店とか良さそうだな……
店の構え方からして明らかに――老舗の銭湯みたいだ……いや、待てよ? "シニセ"って名前で創業五年だった場所があった気が……。
きっと看板の“百年の湯”って文字も、たぶん雰囲気出すために書いてるだけだろう。
……でも、湯気の匂いが――やばい。もう入りたい。
あのやかましい仲間たちは先に宿に帰らせたし……今日は晩飯の時間まで、温泉でゆっくりして行くか――。
――静かな時間。俺にとって、たぶん一番の贅沢だ。
「いらっしゃい。お一人ですか?」
「ああ、一人だ。」
「今、男の方が一人と……猫が一匹入ってるんですが――それでも大丈夫ですかね……」
「ああ、だいじょ――て、猫?」
「はい、猫です。」
「見間違え……とかじゃなくて?」
「いえ、ハッキリと見ました……あれは猫でした。」
「…………は、はあ?」
まあ、おおかた猫と飼い主のペア……とかだろうな。
「んじゃ、入らせてもらうぜ。」
「かしこまりました。」
ドアを開くと――
「……」
嘘だろ、おい……男と――女!?
「おい! 誰かいるのか! 隠れてないで出てこい!」
ヒイッ! 反社会的勢力を想起させる怒鳴り声が響いた。
そっと岩裏から出ると――
そこには絵に描いたように筋骨隆々な禿げた男。
そして――銀灰色で長く、光の角度で青く見える髪の女性がいた。その肌は、湯気の中でもわかるほど白く、冷たく澄んでいた。
「えっと――すみません……ここのオヤジさんから男と猫がいるって聞いてたんですけど……女性がいて……」
――数分後
「はっはっはっ! あんちゃん、それは災難だったなあ!」
なんだ、ただの気前のいいおっさんじゃないか!
少し話して、すぐ意気投合した。
聞いた話によると、おっさんと女性はこの街に旅行しに来たらしい。
「おっさんたちはどうしてこの街に旅行しに来たんだ?」
「まあ、ちょっとした用事があってな……正直、気の進む類のもんじゃねえんだが――あ、悪い! 風呂場でこんな話、湿っぽかったな!」
「全然大丈夫だ。」
「んじゃ、俺はぼちぼち上がるぜ! じゃあな、あんちゃん! また会おうぜっ!」
「ああ、また!」
おっさんを見送ると、女性も立ち上がった。
「じゃあ、そろそろ私も失礼しますね。あ、一応……明日は早くこの街を出ることをおすすめします。あなたとは同じ湯に浸かった仲ですから……私も、もうこの街を出ますしね――」
……どういうことだ? まあ、何にしろ――明日は早く出る予定だしな。
――もう少しゆっくりするか……
風呂から上がって、受付に戻った俺はこの店のオヤジに一応文句を言ってやろうかと思った。
風呂上がりの暖簾をくぐりながら、俺は受付に声をかけた。
「……男と猫って話じゃなかったのか?」
「は、はあ……? 猫でしたよね?」
「銀灰色の髪の女がいたんだよ……。」
「はて……そんな方は上がってきてませんが――」
「……お、おいおい、冗談はよしてくれ! ……あれって――」
人間じゃ……なかった?




