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「レイー、行くぞー!」
誰かが捕まえてきたであろう犬と戯れようとして威嚇されて、涙目になっている女神に声をかける。
「あ、お待ちください!」
そう言ってギルドのお姉さんは俺とレイにベルトを渡した。少し、俺とレイのベルトはデザインが違っている。
ベルトは機械的な見た目をしていて、異世界とは少しミスマッチな感じだ。
「では、こちらが装着マニュアルです。」
この世界では変身のことを装着と呼ぶのだろうか。
俺とレイはギルド内の席に座った。
装着マニュアルを開くと装着の手順などさまざまなことが書かれている。
『冒険者カードを入れる→掛け声→想像する』
想像するとか子どものごっこ遊び感がある。
その上、装着という概念があっても、ほぼ使わない。だって、普通にスキルで戦えるからだ。みんなピンチの時くらいしか装着しないらしい…なら意味ないのでは? と思ってしまう。
「レイ、わかったか?」
「うん! なんとなくわかったわ!」
本当だろうか。心配だ。
「なあ、レイ。この世界に著作権があると思うか?」
「まあ……この世界には存在しないものなら大丈夫じゃないかしら?」
悩ましいところだ。子どもの頃に憧れたヒーローの姿になるのもいいのかもしれない。…でも、それでそのヒーローになったところで、俺は違う。俺は俺だ。自分で昔、考えた自作ヒーローを思い出す。笑ってしまうくらい普通だ…だが、それでいい。この姿でやってやろうじゃないか!
俺は腰にベルトを付けた。そしてーー
「装着っ!!」
俺の上下に魔法陣が現れた。そして、上下の魔法陣から光が放たれる。
「おめでとうございます! これで装着完了です!」
受付のお姉さんの声がする。目を開けると、俺はスーツを身に纏っていた。手を動かすたびに、鉄のような音がする。少し声もマイクを通したように聞こえる。
全体的に緑を基調としたデザインになっているが、我ながら普通だとは思う。それでも昔の自分が考えた姿に変身できたんだ。その事実だけでも感動ものだ。
「スーツは魔力で展開されるので、エンドウタイガさんの魔力量から考えるに、持続可能時間は五分ほどですかね。」
五分…周りの視線が少し痛い。たぶん、普通より少ないのだろう。残念だが、変身できたんだ。それだけでも素直に嬉しく思う。
「装着う〜!」
レイが装着をした。彼女のスーツは薄い灰色を基調としている。そして、スカートのようなデザインやオーラのようなもので羽衣が形成されていて…まさに女神が変身したと言っても過言ではないだろう。正直に言えば、レイの装着はすごくかっこいい。
「タイガ、タイガ!」
「タイガですが、何か?」
「私のスーツどう思う!? 美しいでしょ!?」
「うーん、スーツはかっこいいけど…中身があれだからな……」
「――タイガさん? 何か言いました?」
女神様は右手を構えた。そして、その右手は輝き始めた…これは女神の必殺技なのだろうか。よくわからないが当たったら死ぬのは間違いない。
「おい! わかったわかったから! 美しいです! だから、その輝いてる右手を下げてください!」
「わかればいいのよ!」
あの必殺技のようなものはなんだったのだろうか。気になるけど、知りたくない気もする。
「さあ、タイガ! 討伐クエストへ向かうわよ!」
「まじで言ってんのか?」
「そうよ! スーツの試しとかにもいいんじゃないかと思うの!」
「そうか。でも、俺たちはまだ駆け出しの初心者だぞ?」
「大丈夫よ! だって、私は女神にして、最上級職である《プロフェット》なのだから!」
不安で仕方ない……が、レイが言い出したのだから、余程の自信があるのだろう。それにアイツは仮にも女神なのだ。きっと何かがあっても女神パワー的なのでなんとかしてくれるだろう。
そう思っていたときが俺にもありました……
俺たちが受けたクエストは本当に簡単な討伐クエストのはずだった。駆け出し冒険者が受けるようなクエスト、ただただ、スライムを七体討伐するクエスト…簡単に終わる……そう思ってた。
「のおおおおーー!」
緑色の大地に悲鳴が響く。俺はスライムに襲われていた。所詮スライムなんて雑魚モンスターだと思っていた……ただこの世界では違ったのだ。スライムには打撃系攻撃は効きにくい上に、斬撃系も通りにくい…つまり、強い部類なのだ。それだけでも厄介なのに、デカい。
スライムの通った場所の草は酸のようなもので溶けている。
「レーイ! 早く魔法をぶっ放してえ! 助けてくれーー! ああああー! 死ぬううー!」
「タイガー! 何言ってるか全然聞こえないんですけどー! もっと大きな声で言ってちょうだい!」
後ろからどんどんスライムが迫ってくる。
「レイ様ー! 早く魔法を撃ってください! 助けてくださーい!」
「もう仕方ないわね! 最弱職であるタイガのために最上級職であり、女神であるこの私が、直々にそのスライムに引導を渡してあげるわ!」
あのポンコツ女神には、あとで痛い目見せてやろう。そのポンコツが魔力のチャージ的なものを始める。そのとき、何やら、彼女の後ろに黒い影が見えた。
「あ、おい! レイ! 逃げろ!」
「そうね、まずはクエストの報酬は私が多くもらうでしょ? それでそれで、夜ご飯はタイガの奢りで! それからー!」
あのバカは話を止める気配がない。アイツの後ろにある黒い影はどんどんレイへと向かっていく。
「おい! まじで逃げろ!」
「何言ってんのよ、タイガ! 私が助けてあげるから待ってな――」
スライムは大きく口を開き、レイを取り込んだ。スライムが半透明なので、取り込まれた "一応" 女神の姿がよく見える。レイは今にも泣きそうな顔をしている。
「レイ? 大丈夫か?」
「――! ――!」
スライムの中から何かが聞こえる。きっと助けろとでも言っているんだと思う。さて、どうやって助けようか。
なぜだろうか、先ほどからスライムは体を動かさない。おそらく消化などに体力を使っているのだろう。
「食らえ!」
俺は叫びながら剣を突き立てる。ぷるんとした感触だけが返ってきて、傷はほとんど閉じていく。
「くそっ、効かねえ!」
…今思い出した。俺には変身が残されている。きっと身体能力の上昇もあるはずだ。俺はベルトを付けて、高らかに声を上げた。
「装着っ!」
これでいけるはずだ。剣を再びスライムに刺してみると先ほどより奥へと刺さるようになった。これでまた延々と作業を続けるだけだ。
そして、ようやく穴が開き、スライムの中からレイが出てきた。
「…レ、レイ? 大丈夫、か?」
レイは目に涙を浮かべた。
「…タイガ、だじゅげでぐれでありがどう。」
「わかった! わかったから! 汚いから俺の服で拭かないでくれ!」
「何言ってんのよ! 女神から出るありとあらゆる液体は聖水と同じ効果があるのよ! それにね! 女神は状態異常が効かないからよかったけど、一般人なら死んでたわよ!?」
「だとしても、見栄えは汚いから! しかも、お前の体から出るのは聖水だったとしても…スライムまみれじゃないか……」
こいつ、さっきまで泣いてたから少し寄り添ってあげようかと思ったのに、すぐにこの調子だ。本当によくわからないやつだ。
「レイ、今日は帰らないか?」
「…そ、そうね。スライムは強いもの。」
こうして、俺たちの初めての討伐クエストは失敗に終わった。
その日の風呂は格別だった。
――冒険者ギルド
「タイガ! 仲間を募りましょう!」
レイによると昨日の失敗は人が少なかったせいなのだと言う…本当にそうだろうか。
「そうだな。…でも仲間って言ってもどうするんだ?」
「張り紙でも貼ればいいんじゃないかしら!」
レイは意気揚々と張り紙を書く、ただ内容はあまりにも…あれだ。世間的によくないことなのではないか、と思うようなことを書いている。
『女神様の下僕募集・おやつ支給』
こんなパーティーに誰が来るのだろうか…
そして、張り紙を貼った女神が戻ってくると、受付のお姉さんがポツリとーー
「風紀に反してます。」
と言って、張り紙を剥がしていった。
「誰一人来ないわねー……」
「そうだなあ、まあでも貼ったばかりだし、仕方ないだろ。」
…張り紙が剥がされた、このことはレイには内緒でいいだろうな、めんどくさいことになりそうだし。
正直、初クエストで心が折れた。こんなに難しいものなのか…スライム一体命懸けで倒して、報酬は少ない。ご飯一食で全て消える…。
「こんな異世界なら、もう元の世界に帰りたい…」
「何をあんたが被害者みたいに言ってるわけ! 私が被害者なんですけど! 私だって、天界に帰りたいわよ!」
「こんなんなら、ポンコツ女神じゃなくて、最強の武器とかにすればよかった…」
「ああー! 今、ポンコツって言ったわね!?」
俺とレイが取っ組み合いを始めると、こちら側へ足音が近づいてくる。




