29-2
「やあ、よく来たね――遠藤大我くん。」
その落ち着いた声で目を開くと――小高い丘の上に机と椅子が置かれていた。風は穏やかで、どこまでも澄んだ空が広がっている。
「……ここは――いつもの場所じゃ、ない?」
「はい、ここはタイガさんの精神世界です。――まあ、ある意味では、天界ですけどね。いつもの"死者の間"とは違う場所です。」
ミリアが、光に包まれながら後ろから歩いてくる。
「俺の精神世界?」
「そうだよ、キミに加護を与え――そして、契約した女神なら自由に出入りができる。」
声の主が姿を現す。
ミリアより背が少し高く、髪はゆるい桃色のカール。
微笑むだけで空気が甘くなるような雰囲気をまとっていた。
「やあ、初めまして。私は――"恋の女神"フェアリー。これからよろしくね、遠藤大我くん。」
「……もしかして、あんたが……あの呪いをかけた張本人か!?」
「呪いではない、正確には試練だよ。ちょっとした可愛い悪戯……って言った方がキミらは納得するかな?」
「全然可愛くない!! 色々とハチャメチャだったんだぞ!」
「ふふふ、ごめんごめん。でもね――」
フェアリーは細めた瞳で俺を見た。
「いいものを見せてもらったよ。おかげで、キミに“恋の加護”を与える決心がついた。」
「……俺に、加護を?」
「そう。“恋”とは、ただ甘いだけのものじゃない。すれ違いも、衝突も、涙も――全部ひっくるめて恋なんだよ。」
フェアリーが俺に近づく。
風が止まった。
「キミは、仲間にちゃんと言葉でぶつかった。そして――大切な人に、“ありがとう”って言えた。」
胸の奥が、不思議と熱くなる。
「そんなキミだからこそ、恋の加護を持つ資格がある。」
「……俺なんかが……?」
「遠藤大我くん。キミは――自分が思ってるより、ずっと人を変える力を持ってるよ。」
ミリアも頷く。
「タイガさん……私は、ずっと見てきました。あなたの選択、言葉――どれも胸を張れるものです。」
「ミリア……」
「――さあ、始めようか。」
フェアリーが指を鳴らす。
周囲の世界が、淡いピンク色に染まった。
光が波紋のように広がり、俺の胸元に吸い込まれていく。
「遠藤大我。キミに――“恋の加護”を授ける。」
風が弾けるように吹いた。
心臓の鼓動がドクン、ドクンと響く。
「キミが誰かを想い、救いたい願う時――そのチカラは応えてくれる。ただし――」
フェアリーが、意地悪そうに笑う。
「制御できなきゃ、大変なことになるかもね?」
「おい! なんでそんな危険なもの渡してくんだよ!」
「恋ってのは、いつだって危険だからさ。」
「いやそういう話じゃなくてだな!!」
ミリアが微笑む。
「必要になるのは――まだ先ですけどね……」
「まだ……?」
「あ、なんでもないです。こっちの話です……」
ミリアが机の上に置かれた古びた分厚い本に目をやる。
「その本は……?」
フェアリーが笑いながら、俺の肩を軽く叩く。
「ま、がんばりなよ。――恋はね、時に世界さえも変えるんだから。」
その言葉と同時に、景色が揺れ始めた。
「タイガさん……準備はいいですか?」
「ああ……帰るよ。」
「いってらっしゃい。」
「頑張れー」
フェアリーとミリアの声が遠ざかっていく。
視界のピンク光が強まり――俺は、現実へと戻っていった。




