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ギルドは朝から活気に包まれていた。
なんでも聞いた話だと、俺が魔王軍幹部第七将軍ベルフェゴールを討伐したことで――アイツにできるなら俺にもできる!のノリが蔓延しているらしい。
「では、改めて――メガエル討伐お願いしますね!」
――受付嬢ミリアの笑顔は少し恐ろしい。
俺たちは、旅行の前にミリアから受けたクエスト"メガエル討伐"へと遂に踏み出した。
メガエルは巨大なカエルのようなモンスターで、クエストに慣れ始めた初心者から中級者がよく挑むらしい。
「ま、私に任せておけば――余裕ね!」
「そういうお前が一番心配なんだよ、ポンコツ女神……」
「ああああ! またポンコツって言ったああああ!」
森の奥、ぬかるんだ地面を進むと、奇妙な鳴き声が響いた。
「ケロ……ケロロロロ……」
先頭を歩くルクスが手を出して、俺たちを制止する。
「……いたよ、メガエルだ。」
「久しぶりに見たが……やはり大きいな。」
「少し小さめな個体な気がしますね……」
「いーや、どう考えても……デカすぎるだろ! どうしてお前らは落ち着いてられるんだ!? てか、これが“小さめ”!? おかしいだろ!!」
俺の常識がバグってるのか!? 明らかにカエル界のボス級だぞこれ!
「そうよ! 今回だけはタイガが正しいわ! 冷静なみんなはどうかしてるわよ!」
「なんでも巨大化させればいいと思ってるのかよ! これだから――異世界はあああっ!」
そう、俺たちの目の前には――巨大なカエルがいた。
俺とレイがギャーギャー騒ぎ、ルクスが身構え、カグラが鎖を回し、ルミネルが杖を構える。
「来るぞ!」
カエルの舌が目の前を通りすぎる。見るだけでヌルヌルとしていることがわかる――
「絶対に当たりたくねえ!」
「タイガ! もっと、ちゃんと躱しなさいよ!」
「お、お前なあ! 俺は今……背中に卵背負ってるんだよ!」
「アンタ、バカなの!?」
「ポンコツ女神なお前にだけは言われたくない!」
「そんな卵捨てなさいよ!」
「――断る!」
だって――領主から貰ったやつだし……それに特別な個体って言っていた。かわいいドラゴン少女――みたいなのが生まれるかも……そんな期待を持つと置いてくるなんて選択肢は除外されるのだ。
今は、少しでも長く温め続けて、早く孵化させたい――そんな気持ちが勝っている。
「あー、もう! いい加減にしてよ! 一旦、落ち着こう!」
「ああ、ルクスの言う通りだ! ルミネル、詠唱を頼んだ!」
「わっかりました!」
カグラの指示でルミネルが杖をくるくると回し、かっこつけてから詠唱を唱え始める。
それにしても、やっぱり――絶対に地竜の孵化作業中に来るクエストではなかったな……モルティナにでも預けてくればよかったな……と、そんな後悔をした――その時だった。
「と、止まってえええええええ!」
「……え?」
轟音。風が森を裂く。
砂埃の向こうから、箒に乗った少女が――流星のように現れた。
「よ、避けてええ! か、カエルう!? ら、ら、《ライトニングショット》!」
鋭い光が閃き、メガエルを真っ二つに切り裂いた。
「な、な、なっ……なんだこりゃああああ!」
「相変わらず、あの人が作った魔道具は……あっ。本当にすみません! クエストの邪魔してしまって……!」
栗毛色の髪が風に揺れる。ペンくらいの大きさの杖を手に持ち、ルミネルより少し高い身長、そして……スタイルもルミネルより――いや、やめておこう。
何より――ルミネルと同じ淡い紫の瞳をしていた。
その瞳は、不思議と人を惹きつける明るさを宿していた。
「もしかして……アビス族か?」
「はい! そうです!」
風に乱れた髪を押さえながら、彼女はにかっと笑った。
「もしかして……」
「え、えっ!? ちょっと待って、その声……ルミネル!?」
「メイラ……なの?」
ルミネルの瞳がわずかに揺れる。
炎の赤が、その表情をやわらかく照らしていた。
カエルの残骸を片づけたあと、俺たちは森の外れで焚き火を囲んでいた。
小枝がパチパチと音を立てて、燃える。
「はあ……焚き火やっぱりいいね……」
「うむ、そうだな……」
焚き火にうっとりとしているルクスとカグラを横目に、ルミネルに尋ねた。
「……で、そこの子とはどんな関係なんだ?」
「私の親友です! 名前は――」
「メイラよ! よろしくね!」
「ああ、よろしく。俺はタイガ……そんで、レイに、ルクスに、カグラだ。」
「それにしても驚いたなあ……ルミネルがこんなキャラになってるだなんて! 村のみんなからは"不器用"だとか言われてたけど……今はそんなことはなさそうだね。」
「不器用……?」
不器用――その言葉に思わず聞き返す。
「ルミネルはこのパーティー内なら家事が一番できるぞ?」
「カグラさんが言うような意味じゃなくて、魔法の……あれ? もしかして――知らなかった?」
「ああ、ルミネルがラディアント・バーストしか使えない……ってのは知ってるけど――」
「いや、それは違くて――」
「ちょ、ちょっと、メイラ! ここで変なこと言うのは絶対にやめて!」
「変なことは……言わないよ――たぶん。」
それを聞いて、ルミネルがため息をつく。
「――ところで、メイラは何しにこの街に来たんだ?」
「えっと……タ――」
「タイガだ。」
「タイガさん。私は冒険者として――ルミネルに会いに来たの! だって、二人の約束だもんね! ところで、ルミネル……まさか、タイガさんって彼氏じゃないよね?」
「……え?」
「ち、違います!」
「ふーん? ねえ、私もしばらく一緒に行動してもいい?」
「タイガ……いいですか?」
「ああ、ルミネルの親友なら構わないぞ。」
「やったー!」
「まったく……」
焚き火の音に、ルミネルの小さなため息が混じった。夜風がふわりと流れ、火の粉が星みたいに散る。
……また、しばらく賑やかになりそうだな――。」




