4-2
ダンジョンに入ってから数時間が経った。
「なあモルティナ。このダンジョンって何階層くらいあるんだ?」
「外から見た感じですと……だいたい五階層くらいかなと思います。」
「……で、いま何階だ?」
「まだ一階ですね……」
俺たちは一階をずっとぐるぐる回っている気がする。
「ねえ、私そろそろお腹空いたんですけど……」
このポンコツ女神は役に立たない。
「そうですね! そろそろ三回目のおやつ休憩にしますか?」
三回目だ。もう三回目のおやつ休憩だ。
「あそこにちょうどいい高さの石があるからあそこにしましょ!」
「はい、レイ様!」
一生五階に着く気がしない……
「……あれ? この岩、さっき私が座った跡が――」
俺たち……迷子です。
「ネクロマンサーの癖にこのお菓子美味しいわね!」
レイが焼き菓子を頬張る。
「そうですか!? ありがとうございます! 私が焼いたやつなんです!」
この二人、少し仲良くなったような気がする。
ふと疑問が浮かんだ。
「あのさ……さっきのアンデットたちに聞けばよかったんじゃない?」
レイとモルティナが目を見合わせる。
「えっと……ダンジョンにいるアンデットは森の子たちとは違うんです。森にいた子たちは……ある意味では子どもなんです。迷った魂がそのまま形を取った存在で……人と馴れ合いたいそんな感じです。でもダンジョンの中は……誰かが意図的に操っているんです。」
モルティナの持つ杖の青白い光がバチバチと小さな火花を出した。
「……三体の偵察に出した魂が倒されました。視認する前に倒されたみたいなので、どんな敵かはわかりませんが……おそらく相当な強さのアンデットがいる可能性があります。」
嘘だろ。そんな強い奴がいるのか……俺は足手纏いになるのではないか?
「あと、二階と三階への道のりはわかったので! 偵察に出した魂たちが道のりに、こんな感じの印を遺してくれたのでそこに沿っていけば辿り着けます!」
地面に青白い光が足跡のように出ている。
「急ぎましょう! どんな敵かはわからないので警戒は緩めないようにしましょう!」
「もちろん! 私は常に警戒してたわ!」
一番警戒してなかった女神が何を言ってんだか……
――二階層
「この壁の向こう側が階段です!」
「一周しなきゃいけない……ってことか。」
「めんどくさいわねー」
モルティナが無言で鎌を構える……
「……え? まさか……!?」
「はい! この壁は……ぶち壊しますっ!」
モルティナは力一杯に思いっきり、鎌を振った。
壁にぶつかる瞬間、青白い閃光が散り、二階全体に轟音がこだまする。石壁が粉々に砕け散ると共に……俺の中のダンジョン攻略の常識がぶっ壊れた。
「嘘でしょ!?」
「時間がありません!」
――三階層
「やたー! 三階ね!」
「はい! そうですね! レイ様っ!」
三階層は奥に階段があるだけだ……明らかに怪しい。
「何よこれ! 今までよりも簡単じゃない! 行くわよー!」
レイは階段へとスキップしながら向かっていった。
そのとき、床が揺れた気がした。
「あ、おいバカ!」
階段が消えた。
「ふえ?」
「――は?」
そして、轟音と共に両側の壁が迫ってくる。
「いやああああ! タイガさん! タイガさん! どうにかしてええええ!」
「俺にどうにかできるわけないだろ!」
レイは泣き喚く。
「ええええ、どうしましょう! どうしましょう! 死んでしまいますう!」
と言いながら、モルティナが慌てて右往左往したかと思うと、ぽつりと――
「……あ、そういえば私――もう死んでました。」
「そんなこと言ってる場合かあ!」
このままだと挟まれて死ぬ未来しか見えない……モルティナ以外。
「ちょっとアンタ! ネクロマンサーの癖になんかいい魔法とか持ってないの!?」
「えええ! そ、そんなこと言われても……! 私が操れるのは死者と魂だけですから、壁は操れませんよ!」
こんなときにルミネルがいたら……いや、ルミネルなら最初のほうにパニックってぶっ放してそうだ。
「あ! 詠唱を思い出しました! 破壊力だけに特化した魔法です!」
「早く撃ってえ!」
「モルティナ、任せた!」
頼みの綱はモルティナしかいない。
「はいっ! 任せてください!」
モルティナは杖を天井に向けた。
「集え、迷いし魂たち。嘆きも悔いも光へと変え、その痛みを束ねて、冥光となり、全てを貫いて!――《ソウル・ルミナス》!」
青白い光線が天井へと解き放たれた。そして、天井が砕け散る。天井から細かい石がボロボロと落ちてくる。
「さあ早く行きますよ!」
「……モルティナ? あのさ、俺たち天井まで届かなくね?」
「あ……」
壁は止まらない。少しずつ近づいてくる壁から石粉がぱらぱら落ちる。
「いやあああ! 挟まれるじゃない! どうすんのよ!」
考えろ、考えろ。どうにかして、四階に上がる方法を!
「――そうか! これしかない! 二人とも聞いてくれ!」
レイとモルティナが振り向く。
「レイの羽衣を使う! 装着してくれ! モルティナ! 爆風みたいなの起こせる魔法ないか!?」
「はい! あります!」
これなら行けるはずだ。
「レイ行けるぞ!」
「わかったわ! 装着〜!」
レイがスーツを装着した。相変わらずだが、装着した姿が一番女神っぽい。
「レイ! 羽衣を広げておいてくれ!」
「モルティナ! 頼んだ!」
「はい! 《カオス・プローシブ》!」
青白い閃光が爆発した。そして、後ろへと押されるような風圧に耳を裂くような轟音が階層全体に響き渡る。周辺の壁がひび割れる。
爆発力だけで言えば、ルミネル放つ、《ラディアント・バースト》のほうが上だが、それでも十分すぎる威力だ。
レイの羽衣が風船のように広がる。俺はレイの腕を掴んだ。
「モルティナ! レイの腕を掴め!」
モルティナはレイの腕を掴む。そして、俺たちは天井へと吸い上げられていった。
「タイガ! たまにはやるわね!」
「すごい! すごいですよ!」
こんなにも褒められると素直に嬉しい……"たまには" は余計だが。
――四階層
「ようやく……着いたな。」
「やたー! これで終わりね!」
五階層あるかと思われていたが、天井がものすごく高いので崖の高さ的にも四階が最上階で間違いないだろう。
「奥に扉みたいなのがあるな。」
「多分、あそこが宝物庫だと思います。」
宝物庫を前にして、静かな空間が広がる。
「何グズグズしてんのよ! 早く行くわよ!」
レイは扉へと走り出した。彼女の足音が反響している。
「あ、おいバカ!」
この天井の高さだぞ? 明らかにボス戦みたいなのがあるだろ。
足音と共に骨の軋む音が聞こえる。
「……よく来た。人間!」
この声の主がボスなのだろう。
「ここまで、たどり着いたこと褒めてやろう……そして――ここで消え去れ!」
轟音を鳴らして、床が揺れる。そして――ゴーレム的な奴が出てきた。そのゴーレムの足元を見ると、スケルトンみたいな奴がいる。
「あれはスケルトンキングです! 格としては、私みたいなネクロマンサーと同等の存在です! 注意してください!」
スケルトンキング!? 絶対に強い奴だ。
ゴーレムはいきなり、殴りかかってくる。
「うおっ!」
ゴーレムの拳が振り下ろされるたび、ルミネルの《ラディアント・バースト》に匹敵する風圧が肌を切り裂いた。直撃したら間違いなく"死" 。
「《パワフル》! 《デイフェント》! 《スピードフル》!」
レイは俺とモルティナに支援魔法をかけた。
「はあああ! 《グルーム・サイス》!」
モルティナが鎌を振る。そして、現れた漆黒の霧が斬撃を形成し、スケルトンキングへと飛んでいった。
「甘い。」
スケルトンキングはゴーレムでガードした。当たらなかった斬撃が床を抉り、火花を散らす。その威力の斬撃を受けてもピンピンしているゴーレムの硬さは伊達じゃない。
…ただ、俺にはスケルトンキングが少し腰を引いたように見えた……
「モルティナ! 少しいいか?」
俺はモルティナに尋ねたいことがあった。
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「ありがとう! これなら行ける!」
確信が持てた。これなら勝てる。
ゴーレムの猛攻は止む気配がない。このまま逃げ回っていても、壁に追い込まれて死ぬだけだ。
「……一旦、拘束します! 《カース・バインド》!」
モルティナが言うと、ゴーレムを青白い鎖で拘束した。
これでチャンスができた!
「レイ! モルティナ! あのゴーレムをぶっ壊してくれ! スケルトンキングは気にすんな!」
「はあ!? アンタ何言ってんの!? スケルトンキング倒さなきゃダメでしょ!」
モルティナは俺にグッドサインを出した。
「レイ様! スケルトンキングは――――」
「そういうことなのね! わかったわ!」
「愚かな者ども。余の守護者を越えられるものか――」
スケルトンキングは威圧的に言い放った。
レイは両手を前に突き出した。レイの周りをさまざまな色の小さな球体が飛ぶ。
「この世に生まれし精霊たちよ……汝らに女神レイが命ず、我に力を差し出したまえ――《アルケイン・リバース》!」
虹色に輝く光が、やがて一つの白い光へと収縮し、ゴーレムにぶつかる。そして、ゴーレムの左側を削り続ける。
モルティナは杖を横にして構えた。
上から滴り落ちてくる水が少しゆっくりになったように感じた。
「迷いし魂よ、時の鎖を断ち切り、涙も嘆きもひとつの光に――その痛み、私が抱こう。永久なる冥界の息吹、いまこそ解き放たれよ――《ソウル・オブ・エタニティ》!」
普段の青白い光が紫の光へと変わり、モルティナの背後に魂の輪が浮かび、紫の光線をゴーレムへと飛ばした。その光線はゴーレムの右側を抉った。
モルティナの普段は隠れている左目が少し見えた……そんな気がした。
爆風で舞った砂煙で全く見えない……
ようやく砂煙が晴れたと思うと、壁や床はひび割れ、ところどころには穴が空いている。
それでも、ゴーレムは倒れない……
「ダメだったか…」
「いえ、タイガさん。よく見てください。」
次の瞬間、対極の存在である二人による合体技を受けたゴーレムは粉々に砕け散り、残ったのは大小様々な石と砂だった……




