37.真実は、裁きの場で
王都の裁判所に、朝の光が差し込んでいた。
広間には王家の紋章が掲げられ、その下には重鎮たちの席が整然と並ぶ。
傍聴席にも、各地の領主や貴族、そして関係者たちが静かに視線を向けていた。
パメラはまっすぐに歩み、指定された席に腰を下ろす。
その隣に、レオも静かに控えるように立った。
頭上に煌めくステンドグラスが、赤と青の光を床に落としている。
正面、王家付きの高官が議場の進行役として席に着く。
その顔ぶれは、王都における儀式としては異例なほどに重い。
それだけに、この場の注目と意味の大きさがうかがえた。
「これより、ラングリー伯爵家の継承に関する是正協議を開廷する」
進行役の高官が口を開く。
その声に、場の空気が緊張に引き締まった。
「本協議は、公平を期すため、王家立ち合いのもと、証言および文書をもって判断を下す。すでに届出のあった異議申し立て人──アッシュグレイヴ男爵夫人、パメラ・アッシュグレイヴ。前へ」
パメラはゆっくりと立ち上がる。
「……わたくしは、正統な継承権を有していたにもかかわらず、その立場を叔父──現ラングリー伯爵に奪われ、長く冷遇されてまいりました」
その声は、驚くほど静かで、澄んでいた。
けれど、語られる言葉には確かな鋼があった。
「本日は、その正統性と、これまでの経緯を明らかにするため、場を設けていただいたことに感謝申し上げます」
一礼する姿に、傍聴席からわずかなざわめきが起きる。
王家の者がうなずき、進行役が視線を次に向けた。
「証人として、ミランダ・ラングリー。前へ」
震える手で一歩ずつ前へ進む少女の姿。
かつて“高慢なお嬢様”と噂された令嬢の姿は、そこにはなかった。
「わたしは……父の命令で、パメラ姉さまに、ひどいことをたくさんしました。母が亡くなってから、父は家を好き勝手に動かすようになって……」
ミランダの証言が、広間に響く。
静かに頷く者もいれば、驚きに目を見張る者もいた。
「……私は姉さまから爵位を奪うことに加担していたのです。だけど、それは……違っていました」
声を詰まらせながらも、彼女は真っ直ぐにパメラを見つめた。
やがて、進行役が確認の声を上げる。
「異議申立人が成人し、結婚し、領主夫人としての責務を果たしている現状において──代理統治を行っていたラングリー伯に、引き続き統治を任せる根拠はあるのか」
次第に、糾弾の場の幕が開きはじめていた。
進行役の問いに、ラングリー伯が立ち上がる。
「このような茶番に、長々と付き合う気はありませんな。そもそも、我が姪は幼くして母を亡くし、情緒も不安定で、当時は政務を任せられるような状態ではなかった」
その口ぶりは、抑えたようでいて、どこか苛立ちを含んでいた。
「私が家督を継いだのは、混乱を防ぐためであり、貴族として当然の責務を果たしたまでのこと。何ら咎められることではありません」
しかし、その言葉に呼応するように、王家付きの家政監査官が静かに起立する。
「ラングリー伯が統治していた期間、領内において多くの不正経理および人事の混乱が記録されております。公文書の遅延、税制の重複、賃金の未払い。これらは正当な代理人の責務とは、程遠いものかと」
ざわ……と、会場が低くざわめいた。
ラングリー伯の顔が引きつる。
「こ、これは……私が命じたわけではない! 役人たちの独断で……! で、ですが……!」
進行役が口を挟む前に、パメラがすっと立ち上がる。
「わたくしは今、成人し、夫と共に新たな屋敷を管理しております。これまで行ってきた慈善事業や領民保護の実績は、証人の記録として提出済みです」
その声に、ラングリー伯の反論は途切れた。
「ラングリーの名を継ぐ者として、わたくしは今、ここに立っています」
会場には、しんと静かな沈黙が落ちた。
だが、その緊張の奥には、確かな何かが動き出している。
その沈黙を破ったのは、再びパメラだった。
「──もうひとつ、申し上げるべきことがございます」
再び場に緊張が走る。
進行役が視線を向けると、パメラは一歩前に出た。
「わたくしの両親は、不慮の事故で亡くなったのではありません」
その一言に、空気が凍る。
「父と母は、叔父である現ラングリー伯により、意図的に葬られたのです」
会場がざわめき、ざわめきが膨れ上がっていく。
ラングリー伯は席を蹴るようにして立ち上がった。
「馬鹿な! 証拠など──そんなものが、あるものか!」
「あります」
パメラはきっぱりと言い切った。
「旧家の文書保管人より、母の死の直前に書かれた書簡を入手しております。その内容には、危険を感じていた旨と、遺言の内容の改ざんの可能性について、詳細が綴られておりました」
進行役が書簡を受け取り、王家の高官に手渡す。
読み上げられる文面に、会場は再び静まり返った。
だが、パメラは止まらない。
「そして──この件の背後に、もう一人、影に潜んでいた者がいます」
空気が変わる。
「その者こそ、我が家の失墜を後押しし、私の両親の死と、私自身の爵位の剥奪に関与した黒幕──ヴェステリア公爵です」
その名が響いた瞬間、議場が爆発したかのように騒然となった。
各家の重鎮たちが顔を見合わせ、王家の高官すらも表情を引き締める。
中央の席で静かに座っていたヴェステリア公爵が、ようやく立ち上がる。
「──それは、証拠があっての告発かね?」
静かだが、底知れぬ声。
それにパメラは、まっすぐに応じた。
「ございます。詳細は追って提出いたしますが、必要であれば、関係者の証人喚問にも応じさせていただきます」
その瞬間、ヴェステリア公爵の瞳がかすかに揺れた。
だが、彼は微笑を浮かべたまま、一礼するように腰を下ろす。
「では、楽しみにしていよう。……どれほどの証をお持ちか、拝見するとしようか」
そして議場には、嵐の前のような、張り詰めた静寂が落ちた。




