21.レオポルドの告白
屋敷の門を出たところで、馬車が待っていた。
それは、パメラがここへ来るときに乗ってきたものだった。
レオはその脇に立ち、自分の馬の手綱を従者に預けている。
パメラが乗り込むと、レオも何も言わずに続いた。
ゆっくりと動き出す馬車のなか。
パメラはふと、細く息をつく。
緊張がほどけたのか、背もたれに身を預けると、疲れがじんわりと押し寄せてきた。
目を閉じかけたとき、隣で衣擦れの音がする。
レオがそっと寄り添い、手を取った。
何も言わず、ただその手を温かく包むように。
パメラがそっと目を開けると、レオの視線が正面に向けられたまま、じっと何かを考えているようだった。
しばらくして、彼はゆっくりと口を開く。
「ここに来る途中で一人、見つけた。どう見ても不審だったから、問い詰めた。こいつを届ける途中だったらしい」
言いながら、懐から一通の紙を取り出す。
折りたたまれたその紙には、蝋で封じた痕跡があった。
すでに割られた封の跡が、赤黒く残っている。
それをパメラに渡すことなく、レオは自分の手の中で眺めながら話し出した。
「この印、見覚えがある。昔、傭兵だった頃──ヴェステリア公爵に届ける手紙によく使われてた」
低く、抑えた声だった。
「でも、そんなことはどうでもよかった」
パメラがそっと顔を上げ、レオの横顔を見る。
「“あの娘が何かを嗅ぎつけた”──そう書かれてたんだ」
彼の手が、わずかに震えていた。
「読んだ瞬間、頭が真っ白になった。他のことなんて何も考えられなかった」
レオはゆっくりと視線を落とす。
「……気づいたら、俺の中で一番大事だったはずのものより、お前が──ずっと、大きくなってた」
静かに告げられた言葉が、馬車の中に落ちた。
パメラはしばらく何も言わなかった。
けれど、そっと手を握り返す。
そして、ゆっくりと口を開いた。
「……レオさま。あなたの本当の名前は、レオポルドですね?」
一瞬、レオの肩がわずかに揺れた。
彼は黙って、目を伏せる。
そして、かすかに頷いた。
「……ああ」
パメラは微笑んだ。
その名に、特別な意味を持たせるつもりはなかった。
ただ、事実を知りたかっただけ。
レオはまっすぐに前を見つめ、語り出す。
「アシュフォード侯爵家の次男、レオポルド。十五で家を出た」
そこで一度、言葉を切る。
「家督争いを避けた──それが表向きの理由だった。でも、今思えば違う。逃がされたんだと思ってる」
静かな語調のまま、レオは目を伏せる。
「父も兄も、何か感じていたんだ。俺だけでも生き延びさせようとしたのかもしれない」
その表情には、過去を悔いるような影が差していた。
「……俺は母に似ていた。髪も顔も。父や兄とはあまり似ていなかった」
パメラが黙って耳を傾けるなか、レオは続ける。
「母の家系は、成長につれて髪の色が濃くなることが多いらしくてな。俺も、十五を過ぎた頃から黒くなっていった」
ふと、レオは自分の髪に視線を落とした。
その黒鉄色は、過去の名残をほとんど感じさせない。
「見た目が変わっていったのも、逃がされやすかった理由のひとつかもしれない」
その呟きは、自嘲にも似ていた。
「そして──家を出た一年後、アシュフォード家は反逆の罪で粛清された」
その言葉に、パメラはわずかに息をのむ。
「父も兄も、処刑されたよ」
レオの声は静かだった。
けれどその静けさの奥に、深く沈んだ怒りと悲しみが確かにあった。
「そんなはずがない。あの人たちが、反逆なんて……」
彼の目は過去を見つめるように遠くを見据えている。
その眼差しに宿る憤りは、消えることのない疑念に彩られていた。
「誰かに嵌められた。そう思った俺は、傭兵として生きながら、調べ始めた」
幾つもの戦場を渡り歩き、血の上で築いた名声の裏で、レオは一つの真実を追い続けていた。
その執念だけが、彼を生かし続けていたのかもしれない。
「そして辿り着いたのが、ラングリー家だ。密告に関わっていたらしいと知った」
名を知ったときのことを思い出したのか、レオの眉間に皺が寄る。
「──だから、そこの娘を娶った」
少しの沈黙。
「……利用するために」
その言葉のあと、短い沈黙が落ちる。
レオの声が一瞬、低く震えた。
けれどそれは怒りではなく、迷いの滲むような震えだった。
パメラは、そっと視線を落とした。
手の中にあるレオの手は、あたたかく、力強い。
彼が語ったのは、復讐の理由。
けれどそのすべてに、彼の痛みと迷いが滲んでいた。
「……では、わたくしは“利用されるため”に、妻になったのですね?」
問いかける声は、責めるようではなかった。
ただ、確かめるように──静かに。
レオは小さく息をのみ、目を伏せた。
「……そうだった」
言い切ったその声は、どこか苦しげだった。
「けど、もう違う。……今は、そうじゃない」
ゆっくりと顔を上げたレオの目が、真正面からパメラを見つめていた。
「俺は……お前を、失いたくない」
馬車が静かに進むなか、再び沈黙が降りた。
その沈黙のなかで、パメラはそっとまぶたを閉じる。
何かを断ち切るように、そっと息を吐き──そして、微笑んだ。
ほんの少しだけ、隣のレオに身体を預ける。
「……奇遇ですわね。実は、わたくしも復讐したい相手がおりますの。そして、どうやらレオさまと同じ相手のようですわ」




