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3 爆弾、地滑り、首吊りの夜明け



「たとえ、それが虚構の中だったとしても──」


 アオギリがミストにそうささやいたとき。どぉん、と劇場全体を揺るがすような地鳴りがした。


「っ!?」

「ミストさま!」


 アオギリはとっさに彼女を引き寄せて抱きしめる。

 地鳴りは数秒で収まったが、パニックになっただれかが「生き埋めになるぞ!」と叫んだのをきっかけに劇場内は騒然となった。芝居の余韻に浸る間もなく席を立ちあがり、我先にと出口へ詰めよる。


「おい、私を先に通せ!」「だれかが足を踏んだわ!」「劇場が崩れるわよ!」──幕の向こうでは混乱が混乱を呼び、それが却って幕のこちら側を冷静にさせていた。


「そりゃこの城は古いけど、そう易々と崩れるとは思えませんがね」と役者のひとりが天井に目をやって言う。シャンデリアはゆらりゆらりと揺れている。


「ミストさま、ここは危険です。舞台袖へ移動しましょう」

「そうね……」


 言われるがままミストはアオギリたちと袖まで移動する。ここにも大道具類がならんでいるが、シャンデリアが落ちてきたらひとたまりもない。


 ──ネルフィは無事だろうか。小柄な彼女が人波に押しつぶされていないか心配になったが、彼女は二階のボックス席で観劇していたはずだ。下手に動かなければ問題ないだろう。


「アタシがちょっくら裏階段から行って様子を見にいってきましょうか?」

「ああ、頼む。無理はするなよ」


 ひょうひょうとした役者の申し出にアオギリはミストを抱きしめたままうなずく。「へいよ」と男は答え、かつらだけ外して仲間に渡すと階段があるドアの向こうへ消えていった。


「なにがあったのかしら」

「考えられるのは地震でしょうか。しかしこの国ではすくないと聞いています」


 ファジーフィールド家の使用人たちが客たちをなだめているが幕の向こうの騒ぎは大きくなるばかりだ。たとえ原因がなんであれ、もう誕生日パーティどころではないだろう。そう考えるとミストはすこしだけほっとした。


 ミストにとって自分の誕生日は祝福されるものではない。

 一年に一度、悪女の仮面をつけなおす日だ。


 今年は──そうならなかったようだけれど。


「……ああ、失礼いたしました」


 アオギリはふと自分がミストを抱きしめていることを思いだし、名残惜しそうに腕をほどく。

「失礼なんてことは……」とミストは彼から視線を逸らした。たくましい腕の感触がまだ体に残っていた。


 やがて様子を見にいっていた役者が小走りで戻ってくる。「いやー、もう芝居は終わったと言われそうですが……」彼自身、ほんとうだろうかというように首をひねりながら自分が見てきたものを報告した。


「街へ降りるための途中の道が崩れてるんです。どがんと一発、ダイナマイトで吹き飛ばしたみたいに」





 その後、あらためて様子を見にいった執事により地滑りによって道がふさがれたことが周知された。余計な混乱を生まないように原因は伏せられていたが、爆弾で崖の一部が破壊されたことによるもので間違いないだろうという。


 爆弾。すなわち、人の手が関わっているということだ。


「でも、なんのために……」


 城に備えつけの電話を使って執事は救助を求めたが、復旧作業は明日にならないと始められないという。このため、本来は泊まる予定のなかった招待客たちに空いていた部屋が割り振られることとなった。潤沢にある部屋はこれで埋まったようだ。


 ミストは楽屋で黒い絹のドレスに着替えたあと、大広間にもう一度招待客たちを集めて女主人として以上の報告を行った。そして不安そうなかれらが自分たちの部屋に案内されていったあとも大広間に残り、『だれが』『なんのために』ということを考えつづけていた。


 傍らにはアオギリがひかえている。


「爆弾──地滑りを起こすほどの強力なものなら前もって用意していなければなりませんね。犯人はそれを目的としてこの山の中に忍びこんだと思われます」

「私たちを閉じこめるために……?」


 だが、途中の道をふさいでだれになんの得があるのだろうか。今日中に帰れなくなったせいで予定の変更を余儀なくされた貴族はたくさんいるが、それでも電話が繋がっていて事情の説明ができる。手間と実益が釣りあっているようには思えない。


「犯人は招待客の中にいるのかしら?」

「あのお芝居は全員観るように義務づけられていました。だれか欠席していればあのメイド頭が覚えているでしょう」


 そこでミストはメイド頭──ガルメルダ夫人に観劇していなかったものはいなかったか尋ねた。彼女は「ファーンさまのみです」と答え、メイドに様子を見にいかせたところ気分が悪くてベッドに臥せていたという。


「使用人たちはなにをしていたの?」

「二階で観劇されている方々にサービスをしたり、ほかに細々とした用事を地上で済ませておりました。ですが──」と彼女はミストの疑惑を読んだように、「不審な荷物を持ってでかけたものや長時間留守にしていたものはだれひとりとしておりません」


「……わかったわ。下がって」


 ファーンが爆弾を仕掛けたとは思えない。となると、犯人は招かれざる客なのか。


 ふとミストは一度目のパーティで見た黒い影の存在を思いだす。


 もしあの夜があのままつづいていたら。やはり、同じように爆弾による地滑りが起きていた──?


「ミストさま、なにか気になることでも?」

「……最初の、一度目のパーティよ。廊下を走っていく黒っぽい人影を見たわ」

「それが犯人かもしれない、と?」

「もしかしたらだけど」

「一度目に私が報告を受けた不審者と同一人物でしょうか。もしあのときに突きとめていたら爆弾を仕掛けるところを目撃できたかもしれませんね」


 毒の次は爆弾……。急に立ち眩みを覚えてミストはふらついた。「──だいじょうぶですか?」すぐに横から手が伸びてきて抱きとめられる。


「……え、ええ。ごめんなさい」

「今日はもう休まれてください。……色々なことがありましたから」

「そうね……」


 体は疲労を覚えているが、脳は覚醒したかのように昂っていてとてもまだ眠れそうにない。けれど部屋でひとりになりたいのもたしかだった。


「そうします。ありがとうございます、アオギリさま」


 彼は部屋の前までミストを送った。そして、「中をあらためさせてください」と言って先に部屋に入る。

 彼は壁を叩いたりベッドの下を覗きこんだりした。


「なにをしていらっしゃるの?」とミストは扉の前で尋ねる。


「何者かが侵入していないかたしかめております。秘密の通路がないかどうかも」

「まあ」


 秘密の通路、と聞いてミストの童心がくすぐられた。そんな状況ではないことはわかっていたが。


「結果はいかがでした?」

「問題ありません。朝まで私が扉の前で見張っていますから、ミストさまは安心してお眠りください」

「そんな、悪いわ」

「俺がそうしたいのです」


 アオギリはミストの前に立つと真剣なまなざしで彼女を見つめた。

 ほんとうはあなたのすぐそばで守っていたい──そんな秘めた想いを込めて。


「でも……」

「気味が悪ければ距離を取ります。あなたの部屋の扉が見えるところから見張っていましょう」

「……わかったわ。あなたの好きにして頂戴」


 なにを言っても彼は自分の信念を曲げないだろう。自らを犠牲にしてもミストを守る、という信念だけは。


 どうして彼はここまでミストに尽くそうとするのか。疑問はあったが、問いただしても彼は答えてくれないことはわかっていた。


「あなたは私をなんとしても守ってくださるのでしょうね」

「ええ。そのつもりです」

「おやすみなさい、アオギリさま。どうか──」



「────どうか、よい朝を」



 そして言葉通り部屋の前で寝ずの番をつづけたアオギリが朝になって扉をノックしても返事がないことを不審に思って扉を破るとそこではミストがベッドの天蓋からぶら下がって死んでいたのだった。


 アオギリは取り乱し声が嗄れるほど絶叫したあとで自らの胸を隠し持っていた短剣で突いた。


 当然のことだった。

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