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8 それを黒幕と呼ぶのなら

 ──時はさかのぼり。コクナーの異能ですべてを思いだしたアオギリが、彼女に会いにいくため駆けだしていったあとで。


 コクナーはテラスの隅で怯えている少女を見つめた。

 ネルフィは自分の体を抱きしめながら、「いったいなんなの……」とつぶやく。


 どうして自分の異能が効かなかったのか。どうしてアオギリはあんなに取りみだしたのか。

 ネルフィには理解が及ばなかった。──ことを、コクナーは見抜いていた。


「簡単だよ」とコクナーはフクロウの羽が刻まれた仮面をつけなおしてから言う。


「きみへの好意を上回る想いを彼は抱えていただけだ。死んでも忘れられない想いを」

「……あなたは? 何者なの……?」

「さあね」


 コクナーは肩をすくめる。「僕も探している最中だよ」


 仮面をつけた王子への対応をネルフィは迷っているようだった。仲良くするには底が知れないが、関係を作らずに別れるのは惜しい。まだ怯えたふりをつづけながらそう計算しているのが見てとれる。


 ──したたかな女は嫌いじゃないが。


 今回ばかりは少々やりすぎた。

 自分で、そしてアオギリとミストを通して察知した異能の気配の正体がわかったいま、彼女とこのまま別れるわけにはいかなかった。


 アオギリの彼女への想いにふれたものとして。


「──きみの異能は【感情増幅】だね」


 ぴくりとネルフィの指が動く。「でしたら……?」と警戒心を隠さずに尋ねてきた。


 コクナーはミストの最期を思いかえしていく。彼女の最期と、それに関わった人物を。


「ファーン・トーレスとは親しいのかい?」

「え?……まあ。おねえさまのご友人ですから」

「もっと自分を愛してあげなさいというようなことを彼女に言った?」

「……ええ。あの方は、可哀想に……おねえさまにいじめられてすっかり自信を失っていますもの。勇気づけてあげたのですわ」


 なにを聞かれているのか不思議そうな顔でネルフィは答える。

 そう、とコクナーはうなずいた。


「そうして彼女の自己愛を増幅させた。自分をバカにするミストに殺意が向くように」

「え……? ちょっと意味が」

「アオギリに捕まったスティーヴを狂乱させたのもきみだね。スティーヴがあのとき見ていたのはミストでも従姉のファーンでもなかった。きみは彼と三秒以上目を合わせて……余計なことを彼が言わないようにした」

「何の話だかわかりません」

「次」


 城から街へ下りる途中の道を使えなくした爆弾騒ぎ。コクナーは片目を閉じる。

 ミストとの契約で彼女が見たものは自分が見たものとして認識することができていた。


「あの犯人はきみの幼馴染だ。ボリスと言ったね。いま階段で伸びている彼だ。ファーンが上手くやらなかったときにそなえ、城を密室にさせる手段をきみは用意していた。

 ボリスにはこう言ったのかな? 『おねえさまの誕生日パーティにサプライズを仕掛けない?』──そして虚栄心を増幅させた。調子のいい彼なら、ちょっと刺激してやればどんなことでも実行に移すときみはわかっていたから。

 今日は──もっと直接的な行為に及ばせたようだけれど」

「…………」

「そして、あの裁判……」


 ミストがかつてもてあそんだ男たちが常軌を逸した行動を見せた、あれだ。


「あれもきみがやったことだ。突然城に閉じこめられてだれもがすくなからず不安をかかえていたはずだ。そこにきみの異能……。くすぶっていた憎悪に火をつけ、殺意へと転化させるのは簡単だっただろう」

「…………」

「これがきみがやった──いや失礼、やろうとしていることのすべてだ。なにか訂正はあるかい?」


 ネルフィはくすりと笑う。


「王子さまは物語がお好きなのですね。それも、愚にもつかないバカバカしいストーリーが」

「時に、そのほうが大衆に受けるものさ」


 窺うようにネルフィはコクナーの顔を見る。仮面のせいで表情が読めないのが歯がゆかった。


 ──さて、どうやってごまかすか。ちらりと考えたが、彼の異能はどうやら知略に長けたもののようだ。だれかが異能を使ったらそれがわかるのかもしれない。ごまかそうとしてもかえって墓穴を掘るだけか、とネルフィは微笑を消す。


 無表情で、けれど声だけは愛らしい無垢な少女のままで言った。


「それをわたしがやろうとしている証拠はどこにあるのでしょうか?」

「証拠をだせ、か。ふん。僕が知る限り、その言葉は自供とほぼ同義だね」

「ないのならそれはあなたの妄想でしかありません」

「たしかに、書き換える前の世界線の話なんて聞かされてもだれも信じやしないだろう。でも僕はこの確定されなかった未来の日記を他人に読ませることができる」

「──?」

「ところでネルフィ。きみのご両親は異能持ちかい?」

「え? ちがいますけど……」


 唐突な質問に意表を突かれ、ネルフィは正直に答えてしまう。「そう」とコクナーはにんまり笑った。


「それは都合がいい。人間は、自分の目で見ていないものは信じない生きものだから」

「……わたしの両親になにをするつもり?」

「いやいや、ちょっとしたお芝居を観てもらうだけさ」


 コクナーは自分の仮面に指先でふれる。

 アオギリが見たミストの死──それに関わっているネルフィの異能。コクナーの力を使えば、そのことを姉妹の両親に追体験させることができる。いつだかファーンにやってみせたように。


【感情増幅】で人々の感情を煽り、姉を死にいたらしめた。いまの法律でネルフィがやったことを裁くことはできないが。


「きみは異能の使い方を勉強なおしたほうがいい。自分の両親──特に母親に、自分がどんなふうにそいつを使ったかを知られたあとでね」


 ──彼女がもっとも知られたくないであろう相手にそれを教えることは、可能だった。


「い──」


 その意味を理解してネルフィの顔が真っ青になる。「い……いや。おかあさまにだけは」


「なんだい?」

「やめて。やめて、おかあさまにだけはなにも教えないで!」

「無理だよ」


 コクナーはにっこり笑う。「罪には罰を。きみにとってもっとも避けたい未来によって、きみが過去に犯してきた数々の罪を償うといい」


「やめてぇ……っ!!」


 ネルフィの悲痛な声が霧の中に吸いこまれていく。

 その願いに感情を揺さぶられるものは、もう、どこにもいなかった。





【第四章 終幕】

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