2 【死に戻り】の騎士は悪女を救いたい
彼は滔々と語るが、にわかには信じられない話だった。「意味がよくわからないのですが……」と警戒と混乱を覚えながら尋ねると、「信じていただけないとは思います」と素直にアオギリは答える。
「ですが事実です。……ミストさま。あなたにもあの夜の記憶があるのではありませんか?」
「────」
そう言われた瞬間、ミストはひどい頭痛を感じた。
「う……っ!?」
ワインで汚れたネルフィのドレス。泣きながら大広間を飛びだす彼女。ささやかれるミストの噂話。手から零れ落ちたワイングラス。身を焼かれるような苦痛……。
「私……」
血の気が引いた。
──私は一度死んだ。ほんとうに?
「……あなたが倒れたあと、私はこの短剣で自分の胸を突きました」
「…………」
「死に戻るため。パーティが始まる前の時間に戻り、あなたを救うために」
信じがたい。だが、妄想で片づけるにはその『死』はあまりにもリアルだった。
──このままだと。
私は、再び毒殺される……?
「……い、」
いや。そんなのいや。叫びだしそうになったが、ミストは努力してそれを呑みこむ。
妹の下僕となって十年以上。本音を隠すのは得意になっていた。
「……名が示す通り、異能騎士団は異能を持っていなければ入団できないと聞きました。あなたの異能は【死に戻り】ということですね」
「ええ」
事実ならそれは戦いの上でかなり強力だ。なにせ死の前からやり直せるのだから、実質不死身ではないか。彼が騎士団に選ばれたことも納得できる。
「不審者を見かけたという報告を警備のものから受けて城の周辺を警戒していたのが仇となりました。……騒ぎに気づいて私が大広間に駆けつけたときには、もう、すべてが終わっていた……」
アオギリは辛そうに目を伏せる。それを見てなぜかミストの胸もちくりと傷んだ。
「──あなたの言葉が真実だと仮定しましょう。ですが、あなたが私を救おうとする理由はなんですか?」
「……?」
「なにが目当てですか。お金? 地位? 異能騎士でありながら、ファジーフィールド家の後ろ盾が必要なのですか?」
「俺は……」
アオギリはわずかに顔を歪める。
──当たり前だ。なんの打算もなくこの『悪女』を助けようとするはずがない。どこかせいせいした気持ちでミストが思ったとき、
「……あなたを特別に想っています。それだけではいけませんか」
思いもよらないことを彼が口にした。
「ど……どういうこと、ですか……?」
彼とは初対面のはずだ。そして、噂だけで好意を持たれるほど周囲のミスト像は素晴らしくない。──会ってもいないのに嫌悪感を持たれることは幾度となくあったが。
「言葉の通りです。俺……失礼、私はもう二度と同じ過ちを犯したくない。あなたが傷つくところを見たくないのです。だから自分の異能で助ける。それでは理由になりませんか?」
「…………」
ミストは言葉を失った。
悪女として生きてきて十年以上、そんなことをだれかに言ってもらえる日がくるなんて思ってもいなかったから。
「す……」
けっきょく、言えたのはこれだけだった。
「……好きにしなさい。私は知りません」
ありがとうございます、とアオギリは表情をやわらげる。
そうすると彼は幼く見えて、もしかしたら年下かもしれないとミストは思った。
「それでは──」
視線を鋭いものに変えてアオギリは宣言する。
「ミストさまを救うため、私の計画に手を貸してください」
「……ええ。わかったわ」
断ったところで自分ひとりではどうすればいいかわからない。ミストはうなずいた。
アオギリは立ちあがるとベッドの傍らに立つ。「お手を」とミストの右手を取ると、身をかがめて手の甲にくちづけた。
忠誠。敬愛。ほかにも、ミストが知らない様々な想いを込めて。
「ミストさま、あなたのことは私が必ず守ります。この命に代えても」
──そして。
この瞬間から、彼はミストだけの騎士となり。
『悪女』として忌み嫌われている彼女を守りぬくための戦いがはじまったのだった。