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2 侍女B



「ミストさまならカードを受けとるとすぐにでていかれてしまいましたわ」

「カード?」

「お誕生日祝いのカードじゃないかしら。たぶん、どこかに呼びだされたのではないかと思うのですけれど」


 場所までは存じておりません、とファーンはアオギリに言う。


 十二時が近づき、山頂の濃い霧も晴れた。そろそろ潮時だろうとアオギリはここまでミストを迎えたにきたのだが、彼女はおらず、得られたのはこんな答えだけだった。


 ファーン嬢は違和感を持たなかったようだが、彼女の誕生日は前日なのに今日カードが送られてくるのはおかしい。地滑りで経路が断絶されていなければ遅れて届くことも考えられるが。

 呼びだしが目的のカードだと思って間違いないだろう。


 ──どこに呼びだされた?


 いやな予感がする。もしそれがミストに悪意を持つものからの呼びだしなら、相手はミストとアオギリの分断に成功したことになる。


 彼女はいま、自分の身を守るための騎士を持たない。丸腰だ。


「ところでアオギリさま、ミストさまとは……」

「失敬」


 好奇心を覗かせて問いかけてくるファーンに背を向け、アオギリは廊下にでた。


 ──しかしどこへ行けばいい? 闇雲に捜すにはこの城は広すぎる。


 カードはミスト付きの侍女が持ってきたという。彼女がなにか知らないか尋ねるため、アオギリはミストが使用している部屋の隣にある控えの間まで行く。形式的なノックをして、返事を待たずにドアを開けた。


 B、と主人から呼ばれているこげ茶の髪にはしばみ色の目をした侍女は小部屋で手紙を読んでいた。手紙を読んでは床に捨て、また一通封筒から取りだして読んでは捨てているのだ。


「いったいなにを……?」


 石畳の床は便箋と封筒で埋めつくされていた。異様な光景にアオギリは虚を突かれ、ミストのことを尋ねるより先にそうつぶやいていた。


 Bは人形のような顔を崩さずに答える。


「ミストさまに当てられた手紙の選別をしております。ミストさまに渡す価値があるかないかの。昨日はお誕生日だったためとりわけ数が多いのでございます」

「選別……」

「彼女への恨みつらみを書きつづったものがほとんどですから」


 試しに一枚拾ってみると、たしかに恨みつらみとしか言えない言葉がそこには書きつらねてあった。冒頭こそ丁寧な字で時候の挨拶など述べているが、内容が核心に近づくにつれて字は荒れていき、終盤にはほとんど判別不明になる。


 ──彼女の誕生日にまでこんなものを送りつけなくてもいいだろうに。


 それとも誕生日だからか。自分をもてあそんだ女が幸せに年を取ることが赦せないのか。


 はっきりと彼女への殺意が書かれているものもあった。アオギリはBに倣って紙を捨て、ふと床に散らばった手紙の文章を目に留める。


《Don't steal my time!》


 ──私の時間を奪うな、か。


『悪女』として誘惑したのが彼女でも、彼女との時間に溺れることを選んだのは自分自身だろうに。身勝手なことを書くものだ。


「まったく」とBが便箋をペーパーナイフで開封しながら言う。


「せめてもうすこし個性のある罵詈雑言を書きつらねてほしいものです」


 そして便箋を逆さにした。ぱさっと剃刀の刃が便箋の山の上へと落ちる。

 アオギリはぎょっとしたがよくあることなのだろう。Bはどうでもよさそうに一瞥しただけで手紙の選別作業に入る。


 その悪意を込められた手紙でアオギリはここへきた本来の目的を思いだした。ミストの居場所とカードになにが書かれていたか知らないか尋ねると、「居場所は存じあげませんが」と初めてBは顔をあげた。


「カードは私があらかじめチェックいたしました。私の令嬢にくだらない言葉を読ませることなど、私はいたしませんので」

「なんと書かれていたのですか?」

「《貴女の罪が清算される場所へといらしてください

  貴女の最古の罪が暴かれたくなければ

  貴女の新しい友人を傷つけたくなければ》。美しい文章とは申しあげられませんが、すくなくとも独創性はありましたのでお渡しいたしました」

「あなたの罪が清算される場所……」


 そこがどこかミストにはわかったのだろう。だがアオギリには謎かけにしか思えなかった。

 あらためて心当たりはないかBに聞いても首を振るだけだ。


「彼女の最古の罪とは?」

「私がミストさまの侍女に選ばれたのは三年前です。最古と言うのですから、それよりもっと前のことではないでしょうか」


 そんな昔のことは知らない、というわけだ。もっとも侍女が知っているようなことでは脅迫のネタにならないだろうが。


「新しい友人とは──」

「もちろん、あなたさまのことでございましょう。アオギリさま」

「…………」

「あなたさまのおかげで、ようやく──豚貴族以外のご来訪が望めそうでございます」


 Bの薄い唇が歪んでいた。笑っているのだとアオギリは遅れて気がつく。


「豚は豚らしく豚の尻を追いかけていればよいというもの。侍女としてはやはり主人の隣にならぶのは美しく尊敬できる男性がよいのでございます。あなたさまならばミストさまのお相手にふさわしい。……カードの主はよからぬことをたくらんでいるのでしょうが」


 ミストさまならうまく逃げきることでしょう。Bはそう言い、また手紙に目を戻した。


 もう彼女から聞きだせることはない。アオギリはBに礼を言って部屋を辞する。


 変わりものの侍女だが彼女なりにミストを慕っているようだ。アオギリをかく乱するためについた嘘ではないだろう。


 あのカードの謎を解けば、ミストの居場所がわかる。


 ──貴女の罪が清算される場所


 この城はいわばファジーフィールド家の別荘のようなものだ。主に特別な催しがあるときに使われる。かれらがここへ来るのは今回が初めてではないから、過去になにがあったかを知れば場所は導きだせるかもしれない。


 そして──アオギリにはそれができるのだ。ミストが自分と出逢うまでの人生を『時計の針は二度戻る』という脚本の通りに生きてきたとしたら。


 彼女の最古の罪は。

 そこに、書かれているはず……


 だが呑気に思いだしている時間がないことも事実だった。


 あの手紙に書きつらねられた文字は理性が崩壊していた。彼女と顔を合わせたときに同じことが起きないとは限らない。手紙に『死ね』と書くのと実際に殺人をおこなうのとでは大きな差があるが──この外部から隔離された城の中ではなにが起きるかわからなかった。そうでなくともミストはすでに二度も毒を飲まされて殺されているのだ。


 はやく彼女を見つけなければ。


 思いだせ。ミストはこの城で最初にどんな罪を犯した?

 彼女は九歳のときにパーティで知り合った十歳以上年上の貴族をたぶらかした。それを皮切りに、悪魔のような美貌を武器に数々の男を手玉に取っていくのだが……


 あれを最古の罪と呼ぶのなら、ふたりが語りあかした二階のバルコニーが『罪』の場所となる。確認すべきか。


 アオギリは懐中時計で時間をたしかめると、心当たりの場所へ行くため階段へと急いだ。時計の針は11時52分を示していた。

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