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0 彼女がほしがったもの



 ネルフィはすべてがほしかった。ほんとうにほしいものはけして手に入らなったから。


 なぜかむかしから一目見ただけで相手が姉と自分のどちらをえらぶかネルフィにはわかった。まだミストに悪女役を押しつける前のことだ。


 そして気になっていた同年代の男の子も憧れの令嬢もみんなネルフィよりミストのほうが好きだった。ネルフィさまには内緒だよ。そう言って姉がこっそり手紙やプレゼントを渡されていたのをネルフィは知っている。妹に悪いからと言ってミストは贈りものは返していたようだけど──。


 大好きな姉がえらばれることがネルフィは誇らしかった。最初は、そうだった。

 だけどだんだんさびしくなった。周りにいる人間だけじゃない。おかあさまとおとうさまも、ネルフィよりミストのほうが好きなのではないかと考えると。


 直接尋ねてみたらふたりは否定するだろう。ミストもネルフィも自分たちの大切な子供だと言って。

 けれどネルフィは知っている。両親は、母は、ほんとうに大事なものはミストにしかあげないということを。


「ネルフィ、この香水どうかな? 大人の男をイメージして作らせたんだ」

「……くさい」

「え?」

「いえ、なんでも。とても素敵ですわね」


 ミストの誕生日の朝。ずかずかとネルフィの部屋に入りこんできた友人のボリスにネルフィはにっこり笑いかける。


 ネルフィはだれからも愛されている。姉のおかげだ。

 でも胸の奥にはいつもぽっかりと穴が開いていて、それをどうしても埋めたいから、だれにたいしても天使のような微笑を向ける。


 "あのひと"が愛してくれなかったぶんをだれかに埋めてほしいから。


「ミストさまも二十歳か。そろそろだれかに嫁ぐのか?」

「さあ、どうでしょう。まだそんな話は聞いていませんが」

「やっぱり姉をさしおいて結婚するってのはよくないのかな。俺はネルフィさえよければいつでもいいんだけど」

「ふふ、よくわかりませんわ」


 ──ああ、気持ち悪い。


 ボリスの頬にあるほくろを見ながらネルフィは吐き気を堪える。

 いままでたくさんの男がネルフィに言い寄ってきた。でもみんな指一本ふれたくないような男ばかり。


 こんなものじゃない。わたしがほしいのは、こんなものなんかじゃないのに。





 ミストはもうなにもほしくなかった。なにかを持っていることが幸せとは限らないと彼女は知っていたから。


 美貌も聡明さも家柄も優しい両親も彼女は生まれたときからすべて持っていた。二年後にはかわいい妹もそれにくわわった。ミストを見ればだれもが心を奪われたし、ミストもだれかと関わることは好きだった。


 両手いっぱい幸福。それは、あの忌まわしい異能が増えたことでぱらぱらと手から零れおちていった。


 可能ならばこんな異能捨ててしまいたい。けれどそれはできない。異能とは、一度目覚めてしまったら死ぬまで持ちつづけなければならないものなのだ。特にミストの異能は。


 この力のせいでかわいい妹を傷つけ、生きているかぎり彼女への贖罪をつづけなくてはいけなくなった。美貌は男を惑わすためだけのものなり、聡明さは残酷さと同じ意味になった。家柄はもはや重荷でしかなく、両親はまだミストを見限っていないが、いつか見捨てられる日がくることはわかっている──。


 たった一度。たった一度歯車が狂ってしまっただけで、彼女が持っていたものはすべて自分を傷つけるものに変わってしまった。


 すべてを持っていながらもミストはひとりぼっちだった。

 だれにも理解されない痛みを抱え、彼女は今日も悪女として生きる。


 ──いつかだれかが救ってくれたら。


 そんな願いを、胸の奥底に閉じこめたまま。

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