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4 仮面の男の来訪



 ミストさま、とアオギリはベッドで眠る彼女に呼びかけた。

 彼女の服装は黒い絹のドレス。おやすみなさい、と言って別れる前のものだ。窓の外は黄昏時。


「アオギリ、さま……?」


 なにが起きたかわからないという顔でミストはアオギリを見る。彼女が身を起こすのに手を貸し、状況を説明した。


 ──私は一晩中あなたの部屋の扉を見張っていた。一瞬たりとも目を離すことはなかった

 ──そして、朝になって扉を叩いたが返事がなかった。不審に思って開けると


 ベッドの天蓋からぶらさがっていたミストを発見した。首には切り裂いたシーツが巻きついており、それは天蓋部分のパーツに繋がっていたという。


 ミストはぞっとしたように自分の首に手袋をはめた手をやる。だが気丈な顔を作ると、「死体の調査はしましたか?」と澄ました声で尋ねてきた。


「……申しわけありません。あなたが亡くなっているのを見つけ、【死に戻り】を発動することしか考えられなくなっておりました」

「首吊り死体は自殺か他殺かわかりやすいと本で読んだことがあります。今回、他殺であることは()()()()()いますが……ほかに犯人に繋がるヒントがあったかもしれません。次はよく見てください」

「わかりました」


 たしかにそれは失態だった、とアオギリは反省する。

 もしあのとき、【死に戻り】の前に部屋の中を徹底的に調べていたら隠れていた犯人を発見することができたかもしれないのに。


「ミストさまは犯人の姿を見ていないのですね?」

「ええ。あなたと別れたあと、私は早々と床に就きました。そして眠っていたら顔にクッションのようなものを押しつけられ、そのまま気が遠くなったのです。私が吊るされたのはそのあとでしょう」


 次目覚めたときはここまでに戻っていたというわけです、と彼女は言う。アオギリと別れる前の時間まで。


 ──どうして俺は気づけなかったのだろう


 悲鳴はクッションに吸われ、暴れる彼女の体は犯人が押さえこんでいたはずだ。扉の向こうにいた自分が異変に気づかないのも仕方がないが、アオギリは後悔せずにはいられなかった。時刻は定かではないが、しんと静まりかえった扉の向こうではいままさに彼女が殺されていたのだ。


 ミストの部屋を見張っていたのに犯人を見ていないのはここをでる前の捜索が不十分だったからだろう。犯人はあらかじめ部屋の中に隠れていて、ミストの死体が発見されたときの騒ぎに乗じて逃げだす予定だったにちがいない。


 窒息死させておいてわざわざ死体を吊るしたのは自分が逃げるための隙を作るためだろう。──悪女を吊るす。処刑の意味も考えられるが……


「…………」


 アオギリは部屋の中を見回す。──彼女を吊るしたのは自分が逃げるため。ほんとうにそうだろうか?


 あのとき自分は部屋を徹底的に調べた。ひとが隠れられるスペースなどほかにないはずだ。古い城にはよくある隠し通路の存在さえ検めたのに。


 部屋の入口はアオギリが見張っていたひとつだけだ。一秒たりとも席を外すことはなかったからアオギリに気づかれずに入ることは不可能だ。その上、彼女は部屋に鍵をかけていた。


「現場は密室だったと考えられますね」

「密室……!」


 犯人が最初から部屋にいたのでもなく、隠し通路を通ってきたのでもないとしたら。それは。


「──不可能犯罪、か……?」


 犯人はどうやってアオギリの目を盗み、ミストの部屋に入ったのか。ふつうの人間に行える業ではない。


 ふつうの人間ならば。


「異能持ちが関わっているのでしょうか」

「あ……!」


 彼女を毒殺したファーン嬢は異能を持っていないふつうの人間だった。それで先入観があったのだろう、ミストははっとする。


 アオギリに気づかれないように移動し、さらに壁なり扉なりをすりぬけて室内に入る異能。ここまで都合のいい異能に出くわしたことはアオギリにはないが、世の中は広い。未知の能力があってもおかしくはないだろう。


 そう言うとミストは「まるで透明人間ね」とつぶやく。


「そんな相手にどうあがいたって立ちむかえはしないわ」

「なにをおっしゃるのですか。とりあえず、」

「とりあえず、部屋を移せと言いたいのでしょう? でも今日は爆弾騒ぎのせいで満室なの。悪女を好きこのんで部屋に泊めるひとがいるとも思えませんし──部屋を交換すればそのひとを危険にさらすことになる」


 部屋を満室にすること。それが爆弾犯の狙いだったのだろうか。ミストが気まぐれで部屋を替わったりしないようにすることが?


 それにしては妙に回りくどい、と思ったがいま検討すべきなのはこのことではない。「ミストさま」とアオギリは彼女に向けて言う。


「とりあえず、事件に異能が使われていないかの確認をさせてください。そうできる方を私は存じております」

「え──」


 なぜかそれを聞いてミストは焦ったようだった。そんなことができるのですか、と尋ねてくる。


 アオギリはすこし弱った。だが言葉を濁すわけにはいかず、「順番に説明します」と言う。そのときだった。


 部屋の扉がつよい力でノックされた。


 びくっとミストは肩を震わせる。アオギリは彼女を安心させるよう目顔でうなずき、部屋の扉を内側から開けた。


「──!?」


 そこに立っていた人物を見てミストは息を呑む。

 フクロウの羽の彫刻がされた仮面をつけた金髪の男はアオギリに気さくに片手をあげると、ミストにも同じように挨拶をしてみせた。


「やあ、アオギリ。これから呼ばれるみたいだから先にきたよ。

 ──ミスト、こうやってちゃんと会うのは初めてだね。僕はコクナー。リヴァルド王国の第四王子って言えばわかるかな?」

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