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1 悪女は死んだ、満足ですか?



 この国で一番きらわれている人間はだれかと問われれば、それは自分だと彼女は迷わず答えることができる。


 ミスト・ファジーフィールド。

 侯爵家の長女として生まれた彼女の美貌は冴え冴えしく、華々しいシャンデリアの光も霞むようで、夜空を切りとったような黒いドレスが彼女の銀髪と白い肌を引き立たせていた。両手には黒いレースの手袋をつけており、それがどこか神秘的な雰囲気を醸しだしている。


 今日はミストの二十歳の誕生日パーティ。

 ファジーフィールド家の別荘である古城の大広間で、彼女は────


「……どうして……」


 妹の白いドレスにワインをわざと零したところだった。


 くすっとミストは嗤う。


「あら、ごめんなさいね。そこにあなたがいるなんて気づかなかったものですから」

「お姉さま、そんな……!」


 妹、ネルフィは涙ぐむ。「わたし……わたし、おねえさまのお誕生日をお祝いしたかっただけなのに……!」と彼女は叫んで大広間を飛びだしていった。


 周りの貴族たちは白い目でミストを見る。


「ご覧になった? いまのはわざとですわよ、絶対」

「ミストさまはネルフィさまのことが妬ましくてならないのね」

「ネルフィさま、お可哀想」


 ミストは黙ってワインを傾けた。これで満足? と心のなかでつぶやきながら。


 ──私は悪女らしくふるまったわ。これで満足?


 だれかがつぶやく声がふと耳に入る。


「天罰でもくだればいいのに」


 そのときミストの唇から紅い血が伝った。

 グラスが彼女の手から零れ落ち、絨毯にワインがあふれて広がってゆく。


「え……、あ……?」


 ミストは両手で自分の喉を押さえた。熱い。苦しい。そう知覚したときにはもうすべてが遅くて。


『悪女が死んだわ』

『当然の報いよ』


『おねえさま、だいじょうぶですか!? おねえさま!……そんな……』

『返事をしてください、おねえさま……』

『おねえさま……』

『…………』

『おねえさま……』

『悪女として死んでくれて、ありがとうございました』


 嬉しそうに微笑むネルフィの幻覚を最後に、彼女の意識は途切れた。



 伯爵令嬢、ミスト・ファジーフィールド。

 ()()()()()()、毒殺だった。



+++



 目が覚めると彼女はベッドにいた。


 古城の一室にある天蓋付きのベッドだ。深紅のカーテンは開かれており、部屋の中が見回せる。


 窓の向こうは霧で満たされている。この地の霧は濃く、よく晴れた日でも昼過ぎまでは視界が利かないほどだ。

 ──こんなに霧がでているということは、朝……。横になったままミストは思う。昼からのパーティでひどいことが起きたような気がしたけれど、あれは夢だったのかしら。


 備えつけの本棚には本がぎっしりと並んでいる。その手前には書き物机と香水瓶が並んだドレッサー。引き出しには化粧品が一式入っている。


 とりわけ()()()誕生日パーティで初めて使う予定の口紅は有名な国内メーカーのトーレス社のもので、ミストに似合うよう調色された特別製だった。これを持っているのは世界でミストただひとりだ。


 だがそれらはすべてミストには空虚な飾りにしか感じられなかった。ほんとうにほしいものはこんなものではないのだから。


 壁にかかっている湖の絵は名のある画家のものだが、普段なら癒しをくれるであろうそれはよそよそしく感じられる。その理由は、その横に立っているひとりの男がまとう雰囲気のせいかもしれなかった。


「──だれ?」


 体を起こし、こわばった声でミストは尋ねる。


 知らない男だった。同年代に見えるが。

 短い黒髪に漆黒の瞳。背は高く、仕立てのいい黒いタキシードの下に鍛えられた体が隠されていることがわかる。


 美形だが視線は鋭かった。そのため、彼に好印象を抱く前に緊張と怯えのほうが先にきてしまう。まるで刃物を突きつけられているような……。


 ミストは胸の前にシーツを引き寄せる。

 パーティの前にすこし休もうと思って簡素なドレスを着ていることがひどく無防備に思えた。レースの黒い手袋をはめた両手をきつくにぎりしめ、彼女はさっと視線を周囲に走らせるが部屋にはほかにだれもいない。


 ──ベルで侍女を呼ぶ?


 そう思ったのが伝わったのか、青年はその場にひざまずいた。


「怖がらせてしまい申しわけありません。私はアオギリ・ラミフィケーション。この国の異能騎士です」


 ミストは意表を突かれた。「異能騎士──」


 リヴァルド国の騎士団、それも異能持ちだけを集めた異能騎士団は精鋭で名高い。

 この間は国王の命により、同盟国の窮地を救っていた。全員が名門貴族である彼らは剣術や馬術に優れているだけでなく、人を惹きつける魅力も持っており、彼らが到着しただけで士気があがり風向きは一気に変わったという。


 そう聞くと冷たい雰囲気が高潔さのあらわれに見えてくる。気を許しそうになったが、ミストは表情を引きしめると「失礼ですが、あなたがほんとうに我が国の騎士だという証拠はありますか?」と尋ねる。


 アオギリは懐から短剣を取りだした。柄にリヴァルド国王家の紋章──六つの丸が円状に並んでいる──が刻まれている。


 ミストはうなずいた。


「非礼をお詫びいたします。それで、騎士さまが私にどのようなご用ですか?」

「あなたを助けに参りました」

「……え?」

「ミストさま。このあとのパーティであなたは毒殺されます」


 ミストはぱちぱち瞬きをする。


「毒……殺?」

「ワインに毒が入っていたものと思われます。あなたが血を吐いて冷たくなっていくところを私はこの目で見ました」

「…………」

「私は、あなたの運命を変えにきたのです」


 ──この【死に戻り】の力を使って。

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