宍戸隆介(ししど りゅうすけ)
翌日、悠真が登校すると、既に宍戸隆介は、自分の席で文庫本を
手に持ち、静かに読みふけっていた。
昨日、本田美恵に「宍戸が怪しい」と言われたことを思い出す。中学3年生の時にクラスが一緒だったが、悠真は宍戸と話をしたことがほとんどない。
宍戸は、成績優秀で先生からの信頼も厚く、中学生の時は生徒会にも属していた。高校生である現在は、1年B組のクラス委員長をやっているなど、リーダーシップのある男子だ。その為か、静かに本を読んでいることが多い割に、友達が多い。おまけに、宍戸は、背が高い、色白のイケメンだ。
悠真は、自分から宍戸に話しかけて良いものかどうかわからず、様子をうかがっていたところ、宍戸が本から顔を上げ、悠真と目があった。
「おはよう」と、笑顔で宍戸が悠真に話しかける。悠真は咄嗟に反応ができず、
「あ、お、おはよ」と、挙動不審な挨拶を返してしまった。
どうしよう…。あの文章を書いたのかどうかを聞きたいけど、クラスメイトが大勢いる中で聞くのは、まずいよな…。
悠真がためらっているうちに、宍戸はまた文庫本に目線を落としてしまった。
同性のクラスメイトと個人的な話がしたいだけなのに、普段から接点が無いために、とても難しい事のように感じる。
悠真が、チラチラと宍戸の様子を見ながらしどろもどろしていると、後ろから急に羽交い絞めにされた。
「佐藤。おは!」
天野だ。
「なに?なに? お前、宍戸に告白でもするつもりか?」と、早速、ニヤけた顔で聞いてくる。
「違うよ!」と、悠真は天野の羽交い絞めから逃れようともがく。
宍戸が悠真の方を向いて、「何か、僕に話があるの?」と、おだやかな表情で聞いた。
「あ、ちょっと、聞きたいことがあって…。」と、悠真は遠慮がちに言う。
そこで、始業のチャイムが鳴り、担任の講師が入って来たので、「そう。じゃあ、後でね。」と、宍戸はさわやかに言った。
昼休みに、悠真は宍戸と、視聴覚室前まで移動する。
教室を出るところを本田美恵に見つかり、彼女も一緒について来た。
人気が無い所まで来ると、昨日一日の顛末を、悠真は説明した。
自分がピチピチのギャル銃殺シーンを書いた犯人かと疑われていることを知ると、宍戸の大きな瞳がキラキラと輝く。
「そうか! 僕は疑われているのか! すごい! すごく良い着眼点だよ、佐藤君!」と、宍戸は、少し興奮気味にしゃべる。
「確かに、僕はミステリーが好きだから、クラスのリレー小説のジャンルをミステリーに変えるために、ピチピチのギャルを犠牲にすることぐらい、簡単にやりそうだよな!」と、早口で言う。
「まあ、宍戸が怪しいって、言い始めたのは私だけどね。」と、本田も会話に入り、昨日、悠真に説明したのと同様の理屈を宍戸に話す。
宍戸は本田の説明を聞きながら、「本田さんも相当なミステリー好きだと僕は思うけど?」と笑って言った。本田も「ミステリーも好きだけど、どちらかと言うと、私は社会派サスペンスの方が好きよ。」と笑顔になる。
悠真はミステリーとサスペンスの違いがわからず、楽しそうに笑いあう二人に自分の存在を忘れられているような寂しさを感じた。
本田さんは、宍戸君の前では、あんなに楽しそうに笑うんだな…、
と思うと、自分には向けられることのない眩しいものを見るような気がして、余計に寂しさを感じた。