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図書委員の推理

 図書室中に蔓延する好奇心の目を無視しながら、悠真は自分も高山愛良(たかやま あいら)もピチピチのギャルが銃殺されるシーンを書いていない事を話した。昨日、悠真が職員室に行っている間に、誰かがあの文章を、わざわざ悠真の筆跡を真似してまで書いたのだ。だから、誰があの文章を書いた犯人なのかを探していて、悠真の次に日直である本田に話を聞こうという事になった…、という事を言い訳がましく説明する。

 「なるほどね…。」と、本田美恵は受付カウンターに頬杖をつきながら言った。

「もし、二人とも書いていないなら、誰があの文章を書いたのかが気になるわよね。」

 高山が部活動に行ってしまったから、緊張しながら悠真は本田と二人で話をしていた。

クラスの女子と二人で話をするなんて、今学期に入ってからは初めてなのではないか…。

悠真は、眼鏡越しに見える、本田のまつ毛が思いのほか濃くて長い事に気が付き、少しドキリとした。本田は、切れ長の目をした、色白の美人だ。

 ふいに、本田は「ねえ、佐藤君は、あの筆跡は自分の字に似ていると思った?」と、言いながらまっすぐに悠真を見る。悠真は恥ずかしくて目線をそらした。

「うん…。オレの字は真似しやすいだろうけど…、そっくりだと思った。」

「それよ!」と、本田はビシッと指を悠真の顔に突きつける。

「佐藤君の字は、確かに特徴があるよね。読みやすくてかわいい字だと思うわ。」

 その言葉に、一瞬、悠真は、褒められた!と、気持ちが舞い上がった。顔が赤くなるのを感じて思わず、顔に手をやる。

 「でもね。」と、本田は冷静に話を続け、「普通は、そこまで他人の筆跡を覚えていないし、再現するのは難しいと思うの…。ましてや、佐藤君が教室に日誌を置きっぱなしにしていたのは数分間でしょう? 私は、中学生の時に佐藤君と同じクラスになったことがあったから、筆跡もなんとなく知っているけど、高校生になってから知り合った人には、お互いの筆跡を知る機会はあまりないんじゃないかしら…。」

 そうだろうか…?

 悠真は高校生になってから、友人と呼べそうな仲になれた同級生はほぼ居なかったが、授業を比較的真面目に受けていることもあって、テスト前にノートを貸してほしいと、不真面目な男子達に言われることもある。天野などは、悠真のノートを自分のものだと考えているようで、貸しても礼すら言わない。ノートを見た男子達ならば、悠真の筆跡を知ることは簡単だ。

 どう伝えようかと、「オレのノートを見ている奴らなら…。」と、つぶやくと、「字は性格が出るのよ。」と、本田は言った。

 「普段から不真面目で乱暴な字しか書かない奴らが、誰かの字を真似しようとしても、すぐには読みやすい字は書けないものなの。佐藤君が教室を離れて職員室に行っていた時間は5分ほどでしょう? そんなに短い時間で、佐藤君の字を真似して書けるという事は、普段から几帳面に文字を書くことができる人で、尚且つ、佐藤君の癖のある字を知っている人物だと思うわ。」

 確かに、そうかもしれない。と、悠真は思った。

 高校生になってから、他の人の筆跡を知る機会がある課題はあまり出ない。小中学生の頃は作文の宿題がしょっちゅう出て、それらが学期末ごとに文集のような形でクラス中に配布されることもあるのだから、文章を書くのが苦手な悠真にとっては公開処刑にあったかのような恥ずかしさで、死ぬほど嫌だったのだ。

 「中学生の頃、同じクラスだった人は、今のクラスにどれくらい居るの?」と、美恵が聞いてきた。

 そうだ。背が伸びない事がきっかけで、卑屈な性格になる前までは、悠真はクラスの中でも活発な少年だったと思う。今は話をすることがほとんどなくなってしまったが、1年B組の中にも、中学校で同じクラスだった奴は居る。「友達」ではない、「顔見知り」程度の付き合いだが…。

 「宍戸(ししど)君と、森さん、それから桃木さんは、中学で同じクラスになったことがある。」と、悠真は言った。

 そして、「あと、高山も…、同じクラスになったことは無かったけど、部活が一緒だった…。」

 「ふ~ん。」と、本田は指を折りながら、「その中だと宍戸が怪しいと思うわ。」と、突然言った。

 「え?何で?」と、思わず聞き返す。すると、本田は、図書室で勉強している他の生徒達から聞こえないように声を潜めて話し出した。

 「私、小学生の頃からずっと図書委員ばかりをやってきたから、誰がどんな本を借りているか、大体把握できてしまうの。」

 小声でも聞こえるように、悠真の顔に本田は自分の顔を寄せる。

 シャンプーの香りがわかる程、本田が近づくので、悠真はたじろいだ。

 「宍戸はね、昔からミステリーが大好きなのよ。」と、ささやくように本田は言う。

 確かに、宍戸隆介(ししど りゅうすけ)は、休み時間によく推理小説を読んでいる。

 でも、だから宍戸が怪しいとはどういう事だろうか…。

 悠真の困惑を察したように、本田が話を続ける。

 「クラスのリレー小説を、どうしてもラブストーリーからミステリーに変えたいと思ったとしたら?『殺人』が起きなくちゃ、ミステリーは始まらないでしょう?」

  目から鱗が落ちる思いがした。

 今まで、悠真は日誌のリレー小説が嫌で嫌で仕方が無かったから、あの『ピチピチのギャル銃殺シーン』は、自分と同じようにリレー小説の内容に頭を悩ませている人が書いたものだと思い込んでいた。

 本田のように、むしろ自分が書きたい内容が決まっている生徒にとっては、日誌は楽しみの一つのようだ。そして、どうせなら自分が好きなジャンルの物語に変えていこうと、わざわざ自分の当番でもないのに、積極的に文章を書き加えたい人は居るのかもしれない…。

 悠真は、本田の考え方に感心したが、なぜ本田がこんなに顔を近づけて喋るのかがわからず、赤面する。

 「あの…。本田さん、顔が近い…、と思います。」後ずさりをしながら言うと、本田は相変わらず小声で、「ごめんね」と言った。

 「だって、誰がどの本を読んでいたか、図書委員が把握しているなんて当たり前だけれど、本来はみんなそれほど意識していない事のはずなのよ。ましてや、図書委員が第三者にその事を喋っていたら、みんな気持ちよく本を借りてくれなくなっちゃうでしょ?」と、本田は図書館内を見渡した。今は本田と悠真の声が耳に届かないせいか、みんな机に向かって黙々と勉強をしたり、本を読んだりしている。

 本田が言っていることが、よく理解できなかった。

 小さい声を出せるなら、性行為とか、セックスとかの話こそ、小声でしゃべって欲しい。

 「どんな本を読んでいるかを知るという事は、その人の頭の中を覗くような行為だからね。最もプライバシーに関わる領域だと私は思うの。」と本田は、図書委員としての誇りだろうか、自信に満ちた微笑みを悠真に見せた。美人に拍車がかかる、まぶしい笑顔だった。

 

 リレー小説が嫌で仕方がなかったし、ピチピチのギャルが殺されるシーンを誰が書いたのかなど、あまり興味が持てなかった悠真だが、今日一日で二人の女子と「犯人捜し」を目的に話をすることができたのだ。

 オレが、犯人を見つけたい!見つけて、本田さんに「すごい!」って、言われたい!

と、悠真は、煩悩まみれの欲が沸々と湧いてくるのを感じた。

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