本田 美恵(ほんだ みえ)
図書室に入ると、本田美恵は、貸出受付の席に座って本を読んでいた。
勉強している生徒数もまばらで、図書室内は静まり返っている。
「美恵~。」と、高山が手をヒラヒラと振りながら、受付に近づくと、本田は読んでいた本から目線を上げ、眼鏡の位置を正してから「愛良か。予約している本はまだ返却されてないわ。」とそっけなく言った。
仲が良い二人の様子を見ながら、悠真は図書室という馴染みのない空間に、落ち着かない気持ちになっていた。
「催促しに来たんじゃないよ。ちょっと、聞きたいことがあってさ。」と、小声でしゃべろうと努力をしながら高山はしゃべった。しかし、高山の声は良く通るので、その努力はあまり実を結んでいない。
「日誌のリレー小説についてなんだけど…、」と、高山が切り出すと、急に本田はキッと、高山を睨みつけて言った。
「愛良。あんた、よくもピチピチのギャルを殺してくれたわね!」と、凄む。
本田の怒りの迫力に、高山はたじろぐように「え? いや。私は殺してないけど…。」と、言った。すると、本田は「ふ~ん。じゃあ、やっぱり、佐藤君が殺したんだ。」と今度は悠真を睨む。
「いや。オレも殺してない!」と、悠真は慌てて弁解した。
どうやら本田は、ピチピチのギャルが、物語の中で殺されて怒っているようだ。
「えっと…、美恵はピチピチのギャルに生きていて欲しかった…?」と、遠慮がちに高山が問うと、「当たり前じゃない。」と、本田が即答する。
「そうなの?」と、悠真が困惑して聞くと、
「そうよ! 天野君がどうしょうもないベッドシーンを書いてきたから、私はその後の展開までちゃんと考えて、今日の日直を楽しみにしていたんだから!」と、本田は言い、一つ深呼吸をしてから一気にまくし立てた。
「あの流れだと、きっと佐藤君は性行為のシーンを書くだろうと、私は予測していたの。まあ、佐藤君はいつも3~4行しか文章を書かないから、ピチピチのギャルとオムライスがセックスの前戯を始めるあたりで話は終わるかなあ、とも思ってたわ。そうしたら、私は、ピチピチのギャルが実は、警察に雇われた囮の捜査官で、オムライス・デミオを未成年者に対する性的暴行の罪でしょっぴいてやる展開を用意していたのにい!!」
本田は、眼鏡の奥から鋭い目線を悠真に投げながら「何で、殺しちゃったのよ!!」と言った。
「いや。だから、オレは殺してないって!」と、悠真も慌てる。
性行為、セックス、前戯…。
悠真が恥ずかしくて公の場では口にできそうにない言葉を、本田美恵はいとも簡単に静まり返る図書室内で機関銃のように言い放った。
案の定、勉強をしているはずの生徒達が、何事かと、聞き耳を立てている気配が伝わってくる。
「え? オムライス・デミオを逮捕できるの? どっちかと言うと、ピチピチのギャルが積極的にデミオを誘っていたと思うけど?」と、高山がとぼけた質問をする。
「ピチピチのギャルが16歳未満だった場合、5歳以上年上のデミオは捕まる可能性があるには、あるのよ。まあ、実際のところはわからないけど。」と、本田は言った。
確かに、ピチピチのギャルの年齢は特に誰も決めて書いていなかったから、この展開はリレー小説のルールの範囲内かもしれない。
本田は、「はあ~。」と、大げさにため息を付いて、「せっかく、派手に逮捕劇を書くつもりだったのに、誰かさんが殺しちゃうから、今日はつまらない葬式のシーンを書くしかなくなっちゃったじゃない。」と、本田は悠真を睨む。
だから、オレは、書いてないし!
「だいたい、『ピチピチのギャル』って、何なのよ! 私も鬼じゃないからね。銃殺された後、デミオの腕の中で名前を呼ばれながら、天に召されるシーンを華々しく書いてあげようかとも思ったんだけど、まさか、デミオに『ピチピチのギャル~!!』って、叫ばせるわけにもいかないじゃない。キャラに名前くらい付けときなさいよ!」と、本田はまた悠真を睨む。
ああ、なんか、もう、どうでもいい…。早く、この場から立ち去りたい…。
悠真が、何かを諦めた時、15時を知らせるチャイムが校内放送から流れた。
「あ。私、部活に行かなきゃ。」と、高山が急に慌てだす。
「どうやら、美恵がピチピチのギャルを殺したわけじゃなさそうだ。疑ってごめん。じゃ!」と、高山が手を振って図書室を出ようとする。
「ん?どういう事?」と怪訝な顔をした本田は、「まあいいや、剣道がんばってね。」と高山に手を振って見送った。そして、
「今の、どういう意味?」と、本田は眼鏡のレンズを光らせながら悠真の顔を覗き込んだ。
その圧力に、悠真は逆らえなかった。