消えたノート
天野はよく午前中は学校を休むことが多い。遅くまでゲームをしているせいか、朝は起きられないらしい。その日も、午後の昼休み中に天野は登校してきた。
悠真は、天野にノートを返して欲しいと詰め寄ると「は? 俺、お前のノートなんて持ってねえし。」と、しらばっくれる。
今まで天野にノートをかして数日間返ってこない事はあったが、貸したこと自体を否定された事は無かったので、悠真は少し焦った。
「コピー取ったら、もういいだろ? 返してくれないとオレが困る。」と、悠真がきっぱりとした口調で言うと、
「は? お前、たかがノートでキレてんじゃねえぞ!?」と脅すような口調で言われた。
どうやら今日は朝からご機嫌斜めな日のようだ。テスト前はいつも機嫌が悪い。
悠真はため息を大きく吐いて、
「もういい。もう、お前にはノートは貸さない。次からは別の奴から借りろよ。」と言い捨てて、席に着いた。
昨日、高山が言っていた『仲良くする人を、佐藤も選んでいい』という言葉が頭に浮かんだ。
高山から言われた瞬間は、まるで自分が子ども扱いされたみたいで腹が立った。
普段から、自分と天野はクラスメイト達から、爪弾きにされた存在だと感じていたが、それも意識的にそうされていたのだと知って、悲しかった。
しかし、天野と一緒にいるとどんどんと自分が利用され、搾取され、疲れてしまう事にもいい加減、悠真は気が付き始めていた。
しかたがない。高山愛良に状況を話して、ノートを見せてもらおう。『困ったことがあったら教えて』と、本人も言っていたし……。
あの忌々しいリレー小説のおかげか、文化祭での女装のおかげか、先学期と違い、今の悠真には少し余裕があった。何か困った事があっても、相談できるクラスメイトが居る。
そう思って、天野の舌打ちと、貧乏ゆすりを無視し続けていたら、
バシッと、強い衝撃を後頭部に受け、机に頭をぶつけそうになった。
何をされたのか、理解するまでに時間がかかったが、頭を手で勢いよくはたかれたのだとわかった。
苛立ちを隠さない天野の顔が目の前にあった。ここは教室内だ。クラスメイト達の目がある中で、まさか暴力を使われるとは思わなかった。
「…痛いんだけど。」と、冷め切った口調で悠真は言った。
「ちょっと!」という牽制の声と共に、高山愛良が飛んできて、悠真を庇うように天野との間に割って入った。
「おい。天野、お前、なにやってんだよ!」と、大田原の低い声も教室中に響く。
森雪音の「酷い!」という高い非難の声。
「見てたからね! 佐藤君の頭を叩くところ。」と、本田美恵も天野に詰め寄った。
宍戸が「佐藤君と天野君は席を物理的にも離した方が良いと思う。佐藤君、僕の隣の席に来る?」と提案した。
他のクラスメイト達のヒソヒソ声に押されるように天野は、「何なんだよ! ちょっと、ふざけただけだろうが!」と言い訳をしながら、後退する。
悠真は驚いていた。
今学期になって話す機会が増えたとはいえ、大田原や宍戸までもが味方になってくれるとは思っていなかったのだ。
後頭部はまだ痛むが、耳鳴りはしない。
悠真は冷静になれた。天野のこの苛立ちの原因は何なんだろうかと、考える余裕まであった。
「天野。聞きたいことがあるんだけど、今日、放課後に時間ある?」と、悠真は聞いた。
クラスメイト達が、驚いている。
「やめとけよ、佐藤。天野と冷静な話し合いをするなんて無理だと思うぜ。」と大田原は言い、「こいつに聞きたい事って、何なんだよ。」と、悠真に聞いた。
悠真は大田原の顔を見ながら、「気になるなら、一緒に来て。」と言った。
結局、午後の授業は宍戸の隣に席を移して受けた。後ろから、ちょっかいや嫌がらせを受けないで平和に授業を受けられるのは久しぶりだと感じた。
良かった。この環境なら落ち着いて放課後の事を考えられる…。
悠真は、ノートを破ってシャープペンシルを走らせた。




