ハードボイルドな展開
「今日、時間ある?」
放課後に突然、宍戸が話しかけてきた。
帰宅部の悠真は特に用事も無いので、「うん。」と素直に頷く。
「佐藤君が書いた設定が、ある意味、転換点になったと思うんだ。」
今や、日誌のリレー小説は、完全にハチャメチャな方向へと走り出していた。学園ラブコメから始まり、あやしいエロラブストーリーになりかけたが、ピチピチのギャルが殺されてからは、一応はミステリーになった。しかし、悠真がカラアゲ・アゲハを「あやしい組織を追っている潜入捜査官」という設定にしてから、かなりハードボイルドな展開が続いたのだ。
流行りの漫画やアニメの影響を受けてか、「黒尽くめのファミリー」と「赤いファミリー」という怪しい反社会的な雰囲気を匂わせる2つの謎組織が、学校内で暗躍し、銃の売買や「老いない薬」という怪しい白い薬の取引現場を目撃するシーンが続いた。そして、とうとう先日は教室で銃撃戦まで繰り広げる展開となった。もう、支離滅裂である。
天野が、「カラアゲ・アゲハは実は男性である」、という設定を持ち出してからは、クラスメイトの多くは律儀にアゲハの一人称を「僕」や「俺」に変えたり、スカートではなくズボンを着せたり、あやしい登場人物に対して積極的に喧嘩を売りに行ったりと、男性っぽい表現をするようになった。しかし、時々その設定を忘れる日直担当者が、アゲハを女の子として書いたりするため、主人公の性格が安定しなくなった。
悠真の後に、本田が書いた展開により、ベーグル・ケンは、相手の同意を得ずに性的な事を無理矢理行った罪かなにかで、あっさりと警察に捕まった。そして、それ以降、物語には出てきていない。
ベーグルを頼れなくなった、アゲハは、『ムキムキの刑事』という新しい相棒を得た。ムキムキの刑事は、その、筋肉ムキムキパワーで、校内で繰り広げられる銃撃戦から、アゲハを守り、今や女子達の妄想と、男子達の理想を詰め込んだ、超人気キャラクターになっていた。
「もうそろそろ期末テストも始まるから、日誌のリレー小説の事なんて、誰も真面目に考えたくないと思うんだけど…。」と、宍戸は遠慮がちに切り出す。
「一応、今学期、このクラス全員で書いた小説に何とか収まりの良いエンディングを迎えさせたいと思うんだ。そこで、どんなエンディングの可能性があるかを、数人だけで話し合いたいんだ。」と宍戸は言う。
悠真は、正直あまり興味が無かった。
今学期の英語と数学は悠真の理解を完全に超えていて、今から勉強を開始したところで赤点を逃れられるかどうかわからず、少し焦りも感じていた。
しかし、「本田さんや森さん、高山さんも、放課後に残ってくれるって。」と、宍戸が言うので悠真は急に興味を覚えた。
「あの…、それ、オレも参加していいの? オレ、リレー小説をちゃんと真面目には書いていなかったと思うけど?」と、悠真は聞いた。
「そうかな。佐藤君が日直を担当した日は、ストーリーが大きく動いたからね。僕は佐藤君にも、エンディングについての話し合いに参加してもらいたいと思ったんだ。」と、さわやかな笑顔で宍戸は言った。
放課後、視聴覚室の小部屋をわざわざ予約して、1年B組の5人の生徒は集まった。
教室を出る時、悠真は天野に「ノート、貸してくんね?」と言われ、いつも通り、歴史と地理、現代文のノートを渡した。「コピーが終わったら、机の上に置いといて。」と、悠真は天野に言って、視聴覚室に向かった。
「これじゃあ、もう、ミステリーとは呼べないわね…。」と、本田美恵が眉間にしわを寄せながら言った。机の上には、日誌のバインダーが置いてある。
「私は結構好きだけどね。展開が予想できないし。みんな楽しんで書いている感じがする。」と、高山愛良がバインダーに手を伸ばして、日誌をパラパラとめくりながら言う。気のせいだろうか、悠真の方をわざと見ないようにしているように感じる。
「物語に謎は沢山あるけど…、その謎が解明されるシーンをだれも書こうとはしていないよね。」と森が静かに言うと、
「そうなんだよ。あと1か月程で今学期が終わってしまうのに、謎が解かれずに物語が終わってしまうのは問題だと思ったから、今日、皆に集まってもらったんだ。」と、宍戸が4人の顔を順に見ながら言った。
「まあ、このままパニックストーリーとして、ドタバタして終わるのもありだとは思うけどね。」と、高山があまり興味が無さそうな様子で言うと、
「え。僕は嫌だ。謎が放置されたままでは、ミステリーとは呼べない。謎は、解かれなくてはならないんだよ、高山さん。」と、宍戸は真剣な顔になって反論する。
そんな宍戸を横目で見ていた本田は「じゃあ、まずは、リレー小説内にある、『解かれなければならない謎』とやらを整理してみる?」と、カバンからレポート用紙と鉛筆を取り出し、ペン習字のような美しい字でスラスラと書きだした。
『謎①:ピチピチのギャルは、誰に殺されたのか、また、なぜ殺されなければならなかったのか。』
「まあ、それが一番メインになる謎だよね。」と高山が言うと、森も「ただの学園ラブコメだった物語がミステリーになったのも、ピチピチのギャルが殺されたからだもんね。」と、悠真の方を見ながら続けた。
阿吽の呼吸の様に、次々としゃべりだす4人に、悠真は置き去りにされた気分だった。
何でオレはこの会議に呼ばれたんだろう…。まさか、まだオレがピチピチのギャル銃殺のシーンを書いた本人だと疑われているのかな…。
悠真が不安に感じていると、ガラリと大きな音を立てて、視聴覚室に大柄な男子が入って来た。大田原だ。
「お。マジで真剣にミーティングしてんだな。」と、大田原は面食らった様子だった。
「宍戸に『リレー小説の謎解きについて話し合いたい』って言われた時は、冗談かと思ったんだけどな…。」と、片手で頭の後ろを書きながら、身近にあった椅子を引いて座る。
「丁度良い所に来てくれたね。今、話し合いをスタートしたところなんだけれど…、大田原君が書いたシーンの、謎の暗号の意味も解かないと。」と、宍戸は言った。本田が鉛筆をスラスラと走らせる。
『謎②:ピチピチのギャルが殺された現場に落ちていた謎のメッセージの意味』
「あの!」と、森が意を決した真剣な顔つきで立ち上がり、「あのメッセージは、元々は瞳子ちゃんの元に届いた脅迫状だったでしょ。それを、あんな…、あんな形で、面白がるようにリレー小説に書いちゃうなんて…。ちょっと無神経だと思った…。」と大田原を睨みつけながら言った。
大田原は「ごめん。ごめんって。」と、へらへら笑いながら「桃木が怖がっているからさ、この際、皆があの文章を読めるようにしておいた方が、書いた奴を牽制できるかと思って…。」と、言い訳を始めたが、森の目がより鋭くなるのを見て、「……ふざけて、申し訳なかった。ごめん。…桃木にも謝るよ。」と、うなだれた。
本田は、眼鏡の位置を直しながら、「実際に、誰があの気持ち悪い文章を桃木に送ったのかも謎のままよね。」と言った。
「あ。俺、今、原文を持ってる。」と、大田原はポケットの中から定期入れを取り出し、その中から、小さく折りたたまれた白い紙を取り出した。広げると、丸い手書き文字であの奇妙な文章が書かれている。
"君の冷たい瞳が俺の心をつらぬく
声をかけても氷の言葉、恋の名をかりたこのくるしみ
俺の心ぞうが血をふき出す、痛みの銃声
君が彼女にならないなら、いっそ消えてくれ
この胸の中で君は たおれるべき存在
俺が悪いのか、君が悪いのか
このくるしみが恋なら、もうたえられない"
あれ? この書き方の特徴って…、と悠真が手紙を見ながら考えていると、みんなの視線が悠真に集まっているような気がした。
だから…、オレが書いたものじゃないのに…。
「佐藤君は、まだこのミーティングで何も発言していないよね。」と、宍戸が事実を言ったが、何となくその言葉が悠真には挑発されているように感じて苛立った。
「…もしかして、まだ、オレが書いたと思ってる?」と、逆に宍戸に対して聞いてみた。
「いや…、」と宍戸は言葉を濁してから、「わからない。」と、答えた。
「オレじゃない。桃木に変な手紙を書いたのも、ピチピチのギャルを殺すシーンを書いたのも、オレじゃない。オレの筆跡を誰かが真似して書いただけだ。」と、念を押すように悠真ははっきりと告げた。
「そうか…。それはそれで、解かなければならない謎だな!」と、宍戸は目を輝かせながら言う。悠真は少しうんざりしてきた。本田美恵が言うように、実は宍戸がピチピチのギャルを銃殺したシーンを書いた本人なのではないか。このミステリー好きの謎マニアは、リレー小説をミステリーにしたくて、殺人シーンを書いたのではないだろうか…。
しかし、あの桃木宛の手紙は…。たぶん…。
悠真は、この手紙を書いた人物に心当たりがあった。
でも、証拠は無いし、不確かなまま、自分の考えを他の人に話してしまって良いのだろうかと気が引ける。
「ねえ!」と、突然、本田が声を上げた。
驚いて、本田の方を見ると、白い手紙を指でなぞりながら、「ちょっと、今、突然ひらめいたんだけど!」と、少し興奮気味で言い、レポート用紙に何やら文字を書き出している。
『つらぬく、かりた、くるしみ、心ぞう、ふき出す、たおれる』と書き、ひらがなの最初の文字「つ、か、く、ぞ、ふ、た」を丸で囲む。
「漢字で書かれている方が自然なのに、ひらがなで書かれている単語の1文字目を並び替えると…、『ふたつかぞく』になるわ!」と、自慢げな顔で本田は言い、レポート用紙をみんなに見えるように掲げた。
「まあ、確かに言葉にはなっているけど…、『ふたつかぞく』って、どういう意味?」と、高山が問うと、「今、丁度「黒尽くめファミリー」と「赤いファミリー」の抗争が校内で勃発しているじゃない? 二つの組織の事にこじつけたらどう?」と、早口で本田は答えた。
「天才! 美恵、すごいよ! 天才!!!」と、宍戸が席を立ちあがって、拍手をしながら仰々しく本田に賛辞を贈る。本田は、「まあね!」と、胸を張った。
「…バカップル。」と、高山愛良が、ぼそりと呟く。
あ。やっぱり、二人は付き合ってるんだ…。
と、悠真は思ったが、二人があまりにもはしゃいで盛り上がっているので、胸の切なさなどを感じる余裕などは無かった。ただ、お似合いのカップルだな。と、思った。
ふと、隣の席を見ると、森雪音がはしゃぐカップルから視線を外し、机の上の白い手紙を凝視しているのが目に入った。
「じゃあ、とりあえず『謎②』の解釈は片付いたとして、『謎①:ピチピチのギャルは、誰に殺されたのか、また、なぜ殺されなければならなかったのか。』について、どんな解答が一番しっくりくるかな。」と、宍戸がみんなに意見を求めるように視聴覚室内の面々の顔を見回した。
「そんなの、登場人物が限られているから、消去法で決めるしかなくね?」と、大田原が面倒臭そうに言う。
宍戸もうなずきながら、日誌を丁寧にめくりながら考える。
「ピチピチのギャルは、オムライス・デミオと二人きりで居るところを、外から銃殺されているよね。『ガッシャ―ンッ!』って、部屋の窓ガラスが割れる表現がある。とすると、ピチピチのギャルと一緒にいたオムライス・デミオには、外から銃を撃つことはできないはずだ。」
「あの時点で物語に登場していたキャラクターは、ベーグル・ケンと、カラアゲ・アゲハの二人しかいねえ。だったら、この2人のうちのどちらかが、銃殺した犯人ってことになるじゃねえか。」
「まあ、オムライス・デミオが銃撃犯とグルだったっていうのもありかもよ。」と、高山が横から意見を出す。
「それ、いいね! 面白そうだ。」と、宍戸がハンサムな顔を高揚させながら言った。
「アゲハがピチピチのギャルを殺したなら、何で今、犯人捜しの探偵役をやっているの?」と、森が遠慮がちに問うと、
「まあ、そこがまた謎になっちゃうよね。でも、探偵役が実は犯人でした、というミステリーは結構あるよ。」と、宍戸はワクワクが抑えられない様子で言う。
「う~ん。」と、顎に手を当てながら本田は思案顔になり、
「残り1か月以内でストーリーを終焉に導かなければいけないから、あまり複雑な内容には出来ないわよね…。」と、ブツブツと独り言のように続ける。
「そこは無難に、オムライス・デミオが、ベーグル・ケンと結託して、ピチピチのギャルを殺害したという方がまとめやすいかも…。」
「なあ、佐藤。」と、大田原が突然、悠真に話しかけ、
「お前、何で突然、アゲハが『あやしい組織を追っている、潜入捜査官』とかいう謎設定を出したんだ? あそこから、ストーリーが大きくなって、あやしい組織やら、『ムキムキの刑事』が出て来たんだぞ。」と聞く。
「いや…。もう、何も他に思い浮かばなくて…。」と、悠真は言い淀みながら、
「そもそも、天野が突然、『アゲハは、実は男で、女装していた』という設定にしてきたから、女装している理由として、『潜入捜査官』という事にしてしまおうと…。」と言うと、
「あ、そうだ! 忘れていたよ、その設定の事。」と、宍戸は、本田からレポート用紙と鉛筆を借りると、スラスラと丁寧な字で書いた。
『謎③:カラアゲ・アゲハが、男なのに女装していた理由は?』
「え? それって、今、佐藤が言った理由じゃダメなの? 潜入捜査をするためでしょ?」と、高山が言うと、
「別に、潜入捜査をするために女装する必要なくない?」と、宍戸は言う。
「う~ん。そこ?」と、本田は宍戸に詰め寄り、「別に、女装するのに、理由はいらなくない?」と言った。
大田原が、「面倒臭え。」と呟き、「女装の件は大して『謎』でも何でもねえだろ。アゲハが女装が似合う男で、あやしい組織を追っている設定なら、敵を油断させるために女装するのも理にかなっていると俺は思うぞ。」と言った。
宍戸君は、謎にこだわりすぎる…。と、悠真も大田原同様に「面倒臭え」と呟きたくなった。
そもそも、悠真が「アゲハが潜入捜査官だった」という設定にした理由は、前に本田がピチピチのギャルを囮の捜査官にする予定があったという話を聞いていたからだった……。
「あ!」と、思わず悠真は声が出た。
ひらめいた!…かもしれない。
「あ、あの、思いついたんだけど…、そもそも、ピチピチのギャルも、組織を追う潜入捜査官で、アゲハとギャルは相棒だったという設定はどうかな?」
宍戸の目が「なるほど!」と、食らいつくように悠真を捉える。
「このリレー小説って、最初は学園ラブコメだったから、カラアゲ・アゲハは、ベーグル・ケンや、オムライス・デミオと、積極的に仲良くなろうとしていたよね。でも、本当は、ベーグルもオムライスも、怪しい組織の一員の可能性があるから、アゲハは何か情報を掴みたくて、親しくしようとしていたことにはできないかな?」と、悠真は言った。
「まあ、苦しいけど、矛盾はしないと思うぞ。」と、大田原が過去の日誌をパラパラとめくりながら、「でも、アゲハでは、ベーグルもオムライスも落とし切れなかったから、ピチピチのギャルが、2人にセクシーさとエロさを売りにして近づいた…。」と、続きを言う。
「ファビュラスだよ! 佐藤君! 大田原君!」と、興奮した宍戸は、席を立って、悠真と大田原に、握手を求めるように右手を差し出してきた。が、
「は? ファビュラスって、なんだ?」と、大田原が冷たく言ったので、宍戸の右手はポケットの中にしまわれた。
高山も、過去の日誌をめくりながら、「佐藤の言った設定に基づくと、『謎①』の解答も、シンプルだよね。ピチピチのギャルが潜入捜査官だという事に気が付いた、ベーグルとオムライスがグルになって、ギャルを殺したんだ。」と言った。
「やっぱり、そうなるよね。」と悠真も言って、大きく、ため息をつく。
なんだか、「ピチピチのギャルが、かわいそうだ…。」と、思わず悠真は心の声をそのまま呟いてしまった。
その瞬間、隣に大人しく座っていた森が、噴き出してクスクスと笑い出した。
「森ちゃん、どうしたの?」と、高山が不思議そうに聞く。
「だって…、」と、笑いを抑えきれないように顔を両手で隠しながら「だって、佐藤君、優しすぎるでしょ。ピチピチのギャルは、リレー小説の架空のキャラクターだよ?」と言った。
悠真は突然、恥ずかしくなり、耳まで赤くなるほどに顔が火照るのを感じた。
そうだった。ピチピチのギャルは、名前さえ無い、架空のキャラクターだった。男子生徒達の妄想から生まれ、都合よくエッチなシーンを盛り上げるためだけに活躍し、意味不明に殺されたキャラクターだ。そのキャラクターに、登場した理由と、彼女が本当は何がしたかったのかという物語を与えようと、自分たちは今、話し合っているのだ。
「あの…!」と、赤くなった顔をブカブカなセーターの袖周りで隠しながら、悠真は遠慮がちに切り出そうとした。
こんなことを言ったら、笑われるかもしれない。
でも、言いたかった。
「ピチピチのギャルに名前を付けてあげない?」
沈黙がちょっと怖かった。
しかし、すぐに「そうだな。もっと早くに名前を付けるべきだった。」と、大田原が言い、「僕も、名前が無いと不便だなと感じていたよ。」と、宍戸も賛成した。
「実はさ」と、本田がサバサバとした声で切り出した。
「一部女子達の間で、ピチピチのギャルは、『ピーチ・メル』と、勝手に呼ばれていたんだよ。」
「かわいい名前だよね。ピーチメルバみたいで、美味しそうだし。」と、森もニコニコしながら言う。
そうか、男子達が知らなかっただけで、ピチピチのギャルには既に名前があったのだ。
「でもさ、そうすると、今活躍中のムキムキの刑事にも名前があった方が良くない?」と、高山が言う。
「確かに! 名前が無いまま物語が進むと、誰かがムキムキの刑事を、殉職させてしまいそうだし…。」と、宍戸が心配そうに言うと、
「いや。単純に、名前が無いと不便だろ!」と、大田原がきっぱりと言う。
「そうだよ! ムキムキの刑事が殉職するシーンで、アゲハに『ムキムキのデカァ~!』って、叫ばせるわけにもいかないしね。」と、本田が意地悪そうな笑顔をして言うと、「お前、殺すなよ。ぜってえに、ムキムキの刑事を殺すなよ! 俺達の憧れの刑事なんだからな!」と、大田原がムキになって叫んだ。
「今日のミーティングには、桃木さんにも声をかけていたんだ。」と、視聴覚室を出る際に、宍戸は言った。桃木と森は1学期から日誌の創作小説に参加していた、リレー小説全員参加の元凶メンバーであった。
「でも、結局、桃木は来なかったね。」と、本田は言う。
そりゃあ、そうだろう…。と、悠真は思った。
あの脅迫状のような奇妙な手紙…、あの手紙の内容が、そのまま大田原の手によって物語の中に『謎のメッセージ』として書かれている。見たくも無いだろうし、思い出したくも無いだろう。
宍戸は、「今日、話し合った内容を日直担当の前後の人にも伝えて、物語がエンディングに向かうように協力してもらおう。」と言い、本田は「今日、集まってくれてありがとうね。」と軽く手を振って、二人は晴れ晴れとした顔で廊下を歩いて行った。
残された大田原、高山、森と悠真は、教室に一度戻ろうと、廊下を一緒に歩いた。
「桃木が今日、ミーティングに来なかったのは俺のせいだよな…。」と大田原が深くため息をつきながら言う。
「明日、ちゃんと瞳子ちゃんにも謝ってね。」と、森。
「わかってる。 俺も悪ふざけが過ぎた。」と、大田原は真面目な顔で言い、ふと悠真の方に顔を向けた。
「本当は、天野や佐藤に怒れるような立派な資格は、俺にもないんだよな…。」と言うと、「佐藤、先日は怒鳴って悪かった。」と頭を下げて詫びた。
悠真は突然のことに、慌てたが、「オレの方こそ、ごめん!」と、大田原に言い、
「高山さん、ごめんなさい。」と、高山の目を見て謝った。
高山愛良は「別に良いよ。」と少し笑って言った。
「そもそも、私の名前をからかっていたのは天野だけで、佐藤は何も言ってなかったじゃん。」
「でも、オレがちゃんと止めるべきだったし、怒るべきだった。 オレ、天野に『やめろ』って言えなかった…。」
あの時、なぜだか中学時代の事が急にフラッシュバックして、言いたいことが言えなかった。耳鳴りと、鼓動が邪魔をして、悠真の声をかき消してしまうかのように感じた。
あの時の事を、高山に説明したかった。
でも、なんて言ったらいいんだろう…。
『やめろよ!』って、言いたかったけど、昔の事を思い出して声が出なかった……。なんて、どんな腰抜け野郎だよ…。
悠真がもの言いたげな顔で黙っていると、高山がふと、
「あのさ。 私も、佐藤に謝らなくちゃいけないなあと、ずっと思っていたことがあるんだ…。」と言い、「ちょっと時間、良い?」と、聞いてきた。
森雪音は、いそいそと帰り支度をして教室を出て行った。
大田原は、何の話か気になるのだろう、なかなか教室を出て行こうとしなかったが、「話が終わるまで校庭で待ってる。」と高山に言って、先ほどようやく教室を出た。
夕方の教室には悠真と高山だけが残された。
高山はノートと教科書をカバンに詰め、部活で使う備品を持ち帰るのだろう、竹刀袋を手にしていた。その竹刀袋を見つめながら、高山は、ぽつりぽつりと話し始めた。
「さっきさ、佐藤は『オレがちゃんと止めるべきだったし、怒るべきだった』って、言っていたけど…。2年前に、もっと私がちゃんと怒って、みんなを止めていたら、佐藤は部活を辞めなくて済んだんじゃないかと、今でも時々思ってしまうんだ…。本当に、ごめんね。」
2年前…。
謝りたい事って、まさか、そんな…。
悠真は心臓が飛び跳ねるのを感じた。
やめて欲しい。高山は何も謝るような事はしていない。
あれは、オレが…、オレの気持ちの弱さが原因だった事だ。誰のせいでもない!
悠真が驚いた顔のまま何も言わないのを見て、高山は言葉を続ける。
「佐藤が剣道をやめる事は無かったんだよ。悪いのは、顧問の先生と一部の男子部員達で…、そして、あいつらを止めようとしなかった、私だよ。本当に申し訳なかった。」と、悠真に対して頭を下げる。
悠真は耳を押さえた。
キーン!という、大きな耳鳴りがする。頭の奥で、誰かの笑い声が聞こえるような気がして冷や汗が出た。
クスクスクスクスッ! ハハハハハハハハハッ! フフフフフフフフッ!
みんなの楽しそうな声が、耳の奥で聞こえる。




