エピローグ
「なんだこりゃ」
仲間に追われ、ひとり山の中を彷徨う狼男は、山奥の廃墟を見つけて首を傾げた。
人里離れた山奥、鬱蒼とした森の中、焼け焦げた無骨なコンクリート造りの大きな建物が無残な姿を晒している。
なんとなく好奇心で建物の周りをウロウロと見て回っていた狼男は、建物近くの森に、何か白いものを見つけた。
「でっかいたまご……??」
土に埋まった白く丸いものが、木の根に押し上げられたのか雨で上の土が流れたのか、地上に半分姿を現している。
コンコン、と叩いてみたら、簡単に割れて、中から髪も肌も真っ白な子どもが、寝ぼけた様子でむくり、と起き上がった。
* * *
「それがクリスだったわけだ!」
「クリスは卵から生まれたの?」
「よく覚えてないんだよね」
ミアの素朴な疑問に、クリスは苦笑いで答える。
夜、ミアに温かいミルクを飲ませながら、眠くなるまで三人でゆったりした時間を過ごすのが最近の日課だ。
あんな酷い目にあったのに、ミアは精神を病むこともなく、身体の傷が治るにつれて気持ちも元気になっている。
銀雪が体内から治療しているので治りは早い。
まだ数日しか経っていないのに、一番酷かった右手も見た目はもう元通りだ。
今日は、ふたりはどこで知り合ったの? と言うミアの質問に答えている。
「火事から逃げて、銀雪の膜で熱を避けて、たぶん仮死状態で寝てたんだと思う。ひどい火傷で死にかかってたのかも」
「たまごから出てきてしばらくぼんやりしてたもんな、何を食うかもわからなくて困ったもんだ」
「自分でも何もわからなかったもの、名前も覚えてなかったくらい。本能的に銀雪が使えたくらいかな?」
「そう、クリスがたまごの殻に手を触れたらな、バーッてこう、キラキラキラーッてなってな、気がついたらたまごの殻が消えてクリスが白銀の服を着てるわけよ!」
「言い方……」
クリスは呆れたが、ミアには通じたようだ。
「キレイだった? いいなー! 見たかったなー!」
「だってよ! また見せてくれ!」
「やだよ」
「なんだよぅ。……それで、なんだそれ!? って言ったら、ひとこと『クリスタル……』って言ったまま黙り込んじゃって、名前も言わないからしょうがなくて、クリスタルを略してクリスって呼んでな!
いやもう口は利かないわ無表情だわで、何をどうしていいかわからなくて苦戦したよ!」
「よく見捨てないで連れて歩いたよね、そんな可愛げのない子」
「ほっといたら死にそうな子どもを置いていけるか!」
ファングは真面目に怒る。
「ファングのそういうとこ、本っっ当にバカだよね」
言葉と裏腹の表情でクリスは愛しげに笑う。
「それで、そのうち少しずつ話すようになって、親のところに行くって言うからさ、そのまま一緒に行動してるんだよ。俺はもともとあてもなく旅してただけだからな」
「父親が故郷で待ってる、って母親が言ってたのを覚えているんだ。ただ、それがどこだか分からなくて……。だからまあ、どこかに雪女の痕跡がないかなって探してるんだ」
これは嘘じゃない。
「え……、お父さん、クリスを置いて行っちゃったの……?」
心配そうなミアに、再び苦笑する。
「別に捨てられたわけじゃない、『先に行ってるね』程度の別れ方だったらしいよ。むしろ母が色々な事情でなかなか行けなくて。運が悪かったんだね」
そう、運が悪かった。
お腹に自分がいる母が、故郷までの長距離を移動しかねているうちに、どこかの組織に捕らえられた。
そこで生まれた幼い自分が人質になってしまって、母は逃げられなかった。
断片的な母の話の記憶からの予想だが、たぶん、そんなところだ。
「おかあさんは?」
「わからないんだよね、火事ではぐれたのかな」
これは嘘だ。
母が命がけで自分を逃がしてくれたこと、母をこんな目に合わせた者を絶対に許さないこと。
これはミアには言えない。
「さあ、そろそろ寝るよ、歯を磨いてベッドに入って」
「おう、そうだそうだ、行こう!」
ファングとミアが洗面所へ向かう。
いつまでこんな穏やかな日が続くだろう。
ミアが完全に回復するまでは。と、言い訳しつつ先伸ばしている。
ミアの怪我は自分のせいだ。
ミアが追っ手に見つかったら、雪女の手がかりがつかめるかもしれないと、自分たちならミアを守れるから大丈夫だと、思い上がって町への外出を強行した。
マントは何か大事なパーツのようだったから、消してしまえばミアに手出しはできないだろうと思った。
全部、自分の判断ミスだ。
ボクの腕を持っていったあいつら。
場所はわかる、ずっと監視している。
ボスと呼ばれていた、雪女の知識のあるらしい特異能力コレクター。
ミアが元気になったら、今度はひとりで行こう。
それまでは。もう少しだけ。
クリスは目を伏せて立ち上がり、居間の電気を消して、ゆっくりとドアを閉めた。
これで一旦終わりになります。
第二部も予定しています。しばらくお待ちください。
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