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欠損表現、大怪我の表現あります、ご注意ください。

「ロボッ……ト…………?」


 力なく下ろされた腕の折れ口から、だらりと垂れる何本もの管、割れた樹脂骨格、外れかけた球体歯車。揺れる金属糸はパチっと光を散らし、管からはなにか透明な液体が滴っている。


「お嬢さん! ロボットだったの?」

 なんだか嬉しそうにスカーレットが言う。


「ロボットではないよ、……と思うんだけどな」

 クリスは壊れた腕を振るような仕草をする。滴る液体が止まった。


「細胞の代わりに、何か見えないほど小さい機械を使ってる感じ? 自分でもよくわからないんだけどさ。

 ボクらは雪結晶クリスタルとか銀雪ぎんせつとか呼んでるけど、誰かがナノマシンって呼んでた覚えがあるよ」

 と、クリスが二人を探るように見る。

 

「……君たちが雪女の着物をそう呼んでいたみたいにね」


 ぶわ、と周囲の地面から光が上がる。


 黒服が、スカーレットをかばって数歩下がる。


 だが、光はふたりを攻撃しては来ず、全てクリスの破損した腕に集中していく。


 光を集めてみるみるうちに再生していく腕に、スカーレットと黒服は目を見張った。


「ついでに言うならお嬢さんでもない。雪女に性別はないよ、繁殖期以外はね」


「性未分化の機械生命体……!!」

 何が琴線に触れたのか、スカーレットが上気した頬を両手で押さえ、感激の声を上げた。


「解剖したい……っ!」


「ナノマシン……」

 一方で、黒服が考え込むように呟く。

「心当たりある? 黒服さ……」

 言いかけたところで、


 うおおおおお………ん!!


 狼の遠吠えがビリビリと響き渡る。


「あっちゃー……、キレちゃったよあの駄犬。うるさ!」

 片耳を押さえて、クリスは眉をしかめる。足もとの土の固まりを氷の棘で砕き、トントンとつま先をついて土を振るい落とす。


 やっと手首まで再生した右腕をゆっくり回して肘の動きを確認しながら、

「早く逃げたほうがいいと思うけど? ああなったら止められないよ?」

 と軽く言う。


「えっ?」

 キョトンとしたスカーレットを引き倒し、黒服が青い顔で覆いかぶさる。そのまま急いでドーム状に甲羅の障壁を展開する。


 直後。


 ガァン!!


 強い衝撃音が響き、障壁が揺れる。


「ぐぅ……!」


 緑の光を透かして、障壁の向こうに巨大な狼が見える。もう一度突進しようとして、距離を取ったのがわかった。


「さすが純血、サイズがふた周りもでかい……! お嬢様、人魚姫を解放してください!」


「えっ! なんで? イヤよ! 雪女を連れて帰ってお父様に褒めてもらうの!」


「そんな場合では……っ!!」


 ガァン!!


 再び衝撃が走る。メキ、と障壁が軋む。


「障壁が保ちません、逃げる隙を作らねば……、人魚姫をここと狼の間に割って入らせて、鱗を落としてください……! それで多分狼は止まります……!」


「イヤよ! なによ特異能力持ってるからって偉そうに! 私だって出来るもの、お父様に認めてもらうんだもの!」


 チッ、チチッ、チキキッ。

 髪飾りの光り方が不規則になっている。


「わかります、わかってますお嬢様……!! 大丈夫ですから、ボスにお伝えしますから……!」


 話してる間にも衝撃音が響き、ついに障壁にヒビが入る。


「お父様に、頑張ったって言ってくれる……?」


「もちろんです。お嬢様は優秀ですから……! お嬢様はこの危機も乗り越えられます、人魚姫を解放してください……!」


「そうね、私は優秀ですもの、危機も乗り越えられるわ」


 バキン!!


 ついに障壁に穴が空く。


「ーーーーッ!!!」

 黒服が痛みに耐え、悲鳴を飲み込んで背を震わす。


 次の突進には耐えられない。


 黒服が歯を食いしばる。


 そこで、やっとスカーレットが動いた。


 チチッ、と髪飾りが光り、同時にミアが狼の前に飛び出して、大きく両手両足を広げた。そして、構わず突進してきた狼の目の前で、ばらりと鱗を落とす。


 突然目の前に現れた傷だらけのミアに、狼が目を見開く。


 狼男の卓越した運動神経でも止まりきれない近距離。

 咄嗟に、無理な姿勢でなんとかミアを飛び越え、飛び越えた先で足を滑らせ転倒する。


「お嬢様、煙幕を!!」


 言われるより早くスカーレットは羽虫を飛ばせ、土煙を巻き上げる。

 渦巻くように飛ぶ羽虫の動きで、広く、高く、大量の土が舞い上がる。


「うわっ、うっざい」

 クリスが不快げに眉をひそめ、ファングはすぐに起き上がり、逃げるふたりを追おうとした。

 が、土煙の中でミアの倒れる音を聞き、慌ててそちらに向かう。


「駄犬!! ミアよりあいつらを追ってよ! ……と言ってもムリだろうなぁー、あーもー」


 土煙が晴れると、狼からヒトの姿に戻ったファングが、ミアを抱きしめてオロオロしているのが見えた。


「ファング」

 クリスが声を掛けると、ファングはガバっと顔を上げ、ミアを抱いたままクリスのもとへ駆けつける。


「クリス! 腕は! 痛くない?」


「あー、もう平気。ほら、元通りだよ」

 グーパーと手を閉じたり開いたりしてみせる。


「ただ、大量に雪使っちゃったから、あいつらを止められなかったのが悔しいなー。

 ……そんなことよりミアは?」


「わからない……、返事をしない、どうしようクリス……」


「もー……、お前は強いんだか弱いんだか……」


 クリスはファングにミアを下ろさせて、傷の様子を見る。

 全身擦り傷だらけで、ところどころがパンパンに腫れている。筋肉があちこち切れて肉離れも起こしているようだ。

 クリスの腕を殴り折った右手の拳は完全に潰れ、腕の骨も剥離骨折を起こしているように見える。


 だが、修復出来ないほどではない。


 クリスは、光を集めて銀の布を織り、ミアに掛けた。


「迂闊だったね……、ごめんね……。こんなにひどいことになるとは……」

 小さい声でクリスが謝る。ファングが不安そうに、えっ、と声を上げる。


「ああ、いや、生きてる生きてる、生きてれば大丈夫。いま損傷を治すから」


 銀の布はパチパチと微かな音を立て、ミアにしっとりと絡み付いていく。


 ほっ、と息を吐いてへたり込み、ファングはガバっとクリスに抱きついた。


「うわあ!! なんだよ!!」


「また体が冷たくなってる……。クリスはすぐ体が冷える。暖めてやるからジッとして」


「ああ、腕を治すのに新しい雪を集めたから、循環液が冷えて……、って、冷たくても平気なんだよボクは!」


 クリスはファングを押し返すようにして暴れるが、ガッチリと抱き込んだファングの腕からは抜け出せない。


 ファングが、クリスを抱き寄せたまま肩口に顔を埋め、

「よかった……、無事でよかった……」

 と泣いているのに気づき、


「…………しょうがない駄犬だな」

 と、クリスは暴れるのをやめ、ファングの頭を抱き寄せてポンポンと撫でてやった。


   *   *   *


 町まで駆け込み、部下の部隊員たちに背後を守らせて、黒服の男はやっと一息ついた。


「お嬢様、ひとまずは大丈夫ですが、急いで研究所に戻りましょう」


「ねえねえ、お父様は研究所にいらっしゃる?」


 その幼い口調に、黒服はハッとする。


「お嬢様……」


「お土産をお渡ししたいの、ほら!」

 と、スカーレットは抱えていた物を差し出して見せた。


 クリスの千切れた右腕だった。


「それはっ…………!!」

 言葉を失いかけた黒服だったが、ニコニコと嬉しそうなスカーレットを見て、軽くひとつため息を吐き、


「……良いお土産ですね、きっと喜んでいただけますよ」

 と、諦めたように微笑んだ。


「ふふ、ふふふ、おとうさまに、おみやげ!」


「……お嬢様、脳が限界です、お飾りを外しましょう」


「やだぁ……」

 スカーレットは幼い仕草で髪飾りを押さえる。


「頭が痛いでしょう? ほら、リボンに変えましょう、こちらも可愛いですよ」


「可愛い?」

 髪飾りを変えてもらって、スカーレットはニコニコと笑う。


「はい、お可愛らしいですよ」

 外した髪飾りを丁寧に仕舞いつつ、彼女の手の中のクリスの腕を見つめて、黒服は辛そうな目をする。


 これは痕跡だ。


 雪女がそう簡単に破損するわけがない。

 故意に一部を脆くし、折らせたのだ。


 それがあの少女の手を守るためだったのか、こうやって持ち帰らせて跡を辿るためだったのかは分からないが。


 こうなった以上、いずれ彼らはこれを追って我らのもとへ達するだろう。


 嵐が近いのか風が強くなり、雪女たちと自分たちの間を自然の土煙が分厚く遮っていたが、いずれ風も止むだろう。


 それがなんだか妙に象徴的に感じられ、黒服は近い未来を憂えるような待ち焦がれるような、複雑な思いを抱えたまま、楽しそうに歩むスカーレットのあとを追った。

 ここまでお読みいただいてありがとうございます!


 あとはエピローグで終わりです。


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