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「ミア! しっかりしろ! 大丈夫か?」


「ゥ゙ゥ……」

 赤い髪だけを残して、顔まで全て白い鱗に覆われたミアは、爬虫類のようになった口もとから低い唸り声を発し、よろり、とよろけるようにクリスに近づいた。


「ミア!」


 よろけるミアを抱きとめようと前に出たファングに、ミアは不意に頭から突っ込んで、腹部に拳を叩き込む。


 ガツン!!


 と重い音がし、ファングの分厚い筋肉に阻まれて、ミアが反動で後ろに飛んだ。


「わあ! ミア、危ない!」

 と、ファングは追うように手を伸ばすが、その手を蹴ってミアは後ろに宙返りする。


 ダンッ、と地面に着地して、ミアは再び低く唸り、よろ、とよろけた。

 鱗状のプレートは、自在に重なり、曲がり、関節の動きは妨げないように見えるが、どうにも動きが不自由そうだ。


「あの男、邪魔ねえ……。雪女に届かないじゃない」


「……ねえ、どういうこと? 洗脳? 操作? なんであんなに辛そうなの」

 戦闘から目を離さないまま、スカーレットに向かってクリスは不快そうに問う。


「あなたがコーティングを消しちゃうから、可哀想に、人魚姫は神経に直に痛みを感じてるのよ」


「神経に?」


「そう!」

 スカーレットは嬉しそうに言う。


「あの鱗は神経に直に電気信号を流して筋肉を動かしてるの。そうすれば脳のリミッターを通さずに全筋力で動けるじゃない?

 私が作ったのよ! お父様も褒めてくださったわ! 特異能力がなくても! 私はお父様のお役に立てる!」

 スカーレットの目が狂信的に光る。


「5体目の人魚姫で、やっとまともに動ける子が出来たの! 私の大事な成功作! 綺麗でしょう!」


「…………5体目?」


「そうなのよ、可哀想に、人魚姫は儚いわよね。

 神経を深く刺しすぎて動けなくなっちゃったり、信号が強すぎて痛みで狂っちゃったり、薬で痛みを誤魔化してたら廃人になっちゃったり……」


 本当に心から憐れんでいるように、スカーレットは胸に手を当てて辛そうに顔を歪める。


「でも、あの子たちの犠牲の上で、やっと完成品が出来たのよ! ……きっと、可哀想なあの子たちも喜んでいるわ……」


 ほろりと涙をこぼす。


 本気でそう信じていそうな態度に、クリスはゾッとした。


「それでね!」

 とスカーレットは再び目を輝かせる。


「お父様がね! コーティングを分けてくださったの!

 ナノマシンで出来た布だとかで、虫が刺さるときに針と神経の間に挟まって信号を微調整出来るようになったの! 鱗が擦れて皮膚を削るのも防いでくれるのよ! なのに……」


 と、そこでちょっと恨みがましい目つきでクリスを見る。


「よくもお父様のくださった物を消してくれたわよね……。やっぱり連れ帰って、お父様に叱ってもらわなくちゃ。

 でもさすがミアだわ、コーティングがなくてもこんなに動けるなんて! 

 まあ、コーティングがないと、何かに当たるたびに激痛なんでしょうけど」

 ふふっ、とスカーレットは嬉しそうに笑う。


「歩くたびに足の裏に痛みを感じるなんて、いかにも人魚姫っぽくていいわぁ」


 怒りに満ちた瞳をギラッ、と銀色に光らせ、クリスはスカーレットを振り向く。

 同時に無数の針をスカーレットに向かって発射する。


「えっ……」


 だが、針は一本もスカーレットに届かない。

 素早く飛び退ったスカーレットの前に割って入った黒服が、緑に光る丸い障壁を展開し、すべての針を受け止めたのだ。


「……お兄さんのほうが特異能力持ち?」

「弱いですけどね。玄亀と人間の混血です」


 クリスと黒服が睨み合う。


「なるほどね、亀さんか。水場じゃなくて良かった、ここならせいぜい甲羅の障壁くらい?」


「詳しいですね。まあ、水場でも雪女とでは相性が悪いですね、凍らせられたら何もできない」


「あんたも詳しいよね、ひと目でボクの正体見破ったじゃん。雪女なんかもうおとぎ話だろ」


「雇い主が特異能力コレクターでね、自然と色々覚えましたよ」


 お互いにじりじりと隙を伺いつつ、牽制のような会話を続ける。


 その間にもミアとファングは戦っており、一挙手一投足ごとにミアの唸り声と悲鳴が響く。


「あんたがミアを操ってるんだろ、あの犬には絶対に敵わない、もうやめろ」

 クリスは黒服を警戒しつつ、スカーレットに言う。


 スカーレットの髪飾りは、チカチカと複雑に光り続けている。


「あいつなんなの? タフすぎない? 私の可愛い人魚姫が壊れちゃうわ」


「あの体格と運動神経は、たぶん狼男の血を引いていますね……。混血? 純血はもうほぼ絶滅しているはずですが……」

 黒服が言うのにクリスが答える。


「本当に詳しいね、あの駄犬は純血の狼男だよ」


「ほう、珍しい。ボスが興味を持ちそうだ」


「まあ、アレも捕まえたらお父様が喜びそう?」

 スカーレットが嬉しそうに言う。


「でもその前に人魚姫が壊れちゃったら嫌だわ……、どうしようかしら……、そうね」


 チキチキッ!

 音を立てて髪飾りが光る。

 

 次の瞬間、鱗の羽虫がファングを包んだ。


「うわっ!!」


 ミアに集中していたファングは突然の虫に視界を塞がれ、一瞬動きを止める。

 その隙にくるりと向きを変えたミアは、一直線にクリスに突進する。


「本来の目的だけもらって帰りましょう」


 迎撃の姿勢を取ったクリスは、

「……中身はミアよ」

 とスカーレットに囁かれ、ほんの僅か躊躇う。


 避けよう、と瞬時に判断し飛び退ろうとした足が、土の塊に固定された。


「!?」


「水を止めるための土塁も使えるのでね」

 黒服がふぅ、と息を吐き、首元を少し緩める。


「ご存知なくて良かったです」


 「くっ……!」

 クリスはなんとか上半身だけでミアを躱すが、避けきれない。


 バキン、という金属音とともに、透明な液体を振りまきながらクリスの右腕が千切れて飛んだ。


   *   *   *


 ファングは困っていた。


 この白い鱗に包まれた大きいトカゲのようなヒト型のモノは、ミアだ。

 生身の時よりは丈夫そうだが、自分が力を込めれば間違いなく壊す。


 さらに、ファングの耳には聞こえていた。


 唇まで鱗に覆われたミアの口から、荒い息で、よだれとともに漏れるうめき声の中の、不明瞭な言葉。


「痛い……、痛いよ……」


「たすけて……」


 攻撃を受け止めても躱しても、ミアの体はどこかに当たる。そのたびに、辛そうな悲鳴が上がる。


 捕まえるにも手加減が難しすぎる。抱きとめてみたら腕の中で暴れ、自らあちこちをファングの体にぶつけて悲鳴を上げ続ける。


 仕方がないので離したら、そのまま躓いて倒れ、全身を地面に打ち付けて、叫ぶような悲痛な悲鳴が響き渡った。


(ああー、もう! どうすればいいんだよ!!)


 ともかく躱すのが一番被害が少なそうだ。

 クリスの方へ向かうのを阻止しながら、なんとか最低限の接触で、あとは避け続ける。


 それでも、明らかにミアは壊れてきている。


 一歩踏み出すごとに足の鱗の継ぎ目から血が滲み、腕を振り抜けば筋肉の切れる音がする。


「ミア、ミアだめだ、なあミア……!」

 自らの意思で動いていないことはファングにもわかる。だが、ファングにはただ声を掛け続けることしか出来なかった。


 その時。


 ミアを襲った羽虫が、再び大量に飛んできて、ファングの目の前を覆った。


(目くらまし……?)


 大きく後ろに飛び下がって視界を確保する。


 さらに、大きく横にステップし、虫を避けて開けた視界でファングが最初に見たのは、ドン、と音を立てて目の前に落ちてきたクリスの白い腕だった。


「……おい!!!」

 驚いて目を上げれば、片腕を肘から失ったクリスと、その前で拳から血を滴らせてだらりと立っているミア、そしてそのふたりの横に立つスカーレットと黒服の姿があった。


 怒りのあまり食いしばった歯が牙に変わる。

 メキメキと音を立てて背中が盛り上がり、手には鋭い爪が伸びる。


 うおおおおおーー…………ん!


 不意に響いた遠吠えに、びっくりしたようにスカーレットと黒服が振り返った。

 ここまでお読みいただいてありがとうございます!


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