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「クリス! こっち!」

 ミアは嬉しそうに振り返って手を振る。


 いつの間にか数日を共に過ごし、すっかりクリスとファングに懐いたミアは、やつれた感じも抜け、健康そうな元気な少女になっていた。


 家にいてばかりでは気鬱だろうと、今日は思いきって買い物に出掛けてきてみた。


 何かから逃亡している身で出かけるのをひどく渋っていたミアだが、日除けだよ、と深いフード付きマントを被せられて、クリスもお揃いの黒いフードを被って見せたら、目をキラキラさせて元気よく付いてきた。


 荒野の真ん中の、強い日差しのこの町では、日除けと砂よけのフード付きマントは珍しい服装ではなく、特に目立つこともない。


 ミアの呼ぶ方へ行ってみると、そこは三階建て程度のレンガ造りの建物が並ぶ街並みの中、歩道の広くなっているところに美味しそうな屋台が並んでいる一角だった。


「……今日はミアの服を買いに来たんだけど?」

 不満げなクリスを置いて、ファングは元気よく駆け出す。


「どれ食う? どれ食う?」

 とミアと一緒にはしゃいでいる。


「どっちが子どもかわかんないな……」

 ぼやきながらも、まあいいか、とクリスも屋台に向かって歩いていく。


 強い風が吹いて、一瞬フードが外れかけたミアは、慌ててフードを押さえてかぶり直した。明るい赤い髪が一筋、フードからはみ出して風に舞っていることに、誰も気が付かなかった。


 小さな羽虫が、ぷうんと通り過ぎた。


   *   *   *


「みぃつけた」


 砂に茶色く煤けた町を見下ろす丘の上で、胸の大きく開いた赤いワンピースの女性が、真っ赤な唇を薄く引いてニッと笑った。


 ウェーブのかかった長い金髪をきちっと結って大きな花飾りを付け、豊かな胸の谷間に落ち込むような重そうなネックレスを付けている。


 派手な装いだが意外と品が良く、メリハリのある体つきとはっきりした顔立ちによく似合っていた。


「誰かしら、大人ふたりと一緒にいるわ」


「お嬢様、では捜索部隊に連絡して参ります」

 後ろから、部下の黒いスーツの男が声をかける。


「いいわ、私が行く」

 くるりと指を回すと、髪に付けた花飾りがチカチカと光り、彼女の周辺に小さな羽虫のようなドローンが集まって渦を描く。


「結局私が自分で見つけてるじゃないの。役立たずの部下たちには、町をさり気なく封鎖するよう伝えて」


「ですが、同行者の能力がわかりません。直接出向かれるのは危険です」


「危険だって言ったの? この私に?」

 じろり、と黒服を睨む。


「……いえ、失礼いたしました」


「まあいいわ、あの子が見つかって私いま機嫌がいいの。大盤振舞いしちゃおうかしら」


 くるりと街に背を向けて、左腕を頭上に掲げる。


「お嬢様、お待ち下さい! まだ町に部下たちが……!」


 焦った黒服の言葉を無視して、パチンと指を鳴らす。


 髪飾りが一瞬赤い光を放つ。同時に、彼女の背後から轟音が響き渡り、見下ろす町の数ヶ所から爆炎が上がった。


   *   *   *


 突然の爆発に、ファングはとっさにクリスとミアを庇う。

 周囲は阿鼻叫喚のるつぼとなり、右往左往する人に巻き込まれそうになる。


「おっとっと!」

 ファングは急いでクリスとミアを両肩に担ぎ上げ、機敏に人混みをすり抜ける。


 タクシードローンが斜めに歩道に突っ込んで煙を上げている。

 荷運びのトラックが倒れ、道路にゴロゴロ果物が散らばって、逃げ回る人たちの足を邪魔して混乱に拍車をかけている。


 その間にも、あちらこちらで爆発音が響く。


 ファングは、逃げ惑う人々の間をうまく通り抜け、安全な方へと移動する。


「デカい図体の割に素早いよね、ファングは」

 当たり前のようにファングの肩に腰掛け、その頭に肘をかけて、クリスはのんびりとあたりを見回す。


「さて……、人がいない路地は……。うん、ファング、そこの路地に入って」


「おう!」


 ファングがなんの疑いもなく支持された路地に駆け込もうとすると、突然目の前が爆発する。


「うぎゃあ!」

「きゃーっ」

 ファングとミアが悲鳴を上げる。


「うん、やっぱり爆発したか」

 クリスは納得したように頷く。


「多分ボクたちがターゲットだね。特定の方向に追い込みたいみたい」


「待て待てクリス、爆発するのがわかっててこっちに進ませたのか?」


「わかってはいないよ、かもなーって思って確認するために進ませたんだ」

 ファングの質問にしれっとした様子でクリスは答える。


「それはやっぱりわかってたってことなんじゃないのか?」


「うん、今はわかってるよ、このままここに留まっていたらもっと近くで爆発するんじゃないかなって」


 言うと同時に、足もとのゴミ箱が派手な音を立てて火を吹く。


「ぎゃーっ!!」

 慌てて向きを変えたファングは、そのままウロウロぐるぐるとそのあたりを走る。その行く先々でパン、パンと小さく足もとが爆ぜる。


「どっち、どっちに行ったら良い?」

 

「最初、ボクらの居るところから三方向に爆炎が上がったってことは、うーんと……、東……、あっちの町外れに誘導しようとしてるのかな?」


「そっちに向かえばいいのか?」

 ファングは焦ってジタバタと足踏みをしている。人をふたり肩に乗せているとは思えない軽さだ。


「まあ、行ってみて爆発しなければ合ってるんじゃないかな」


「そんな行き当たりばったりなのかよお!!」

 叫びながらも指示通りの方向にダッシュで走り始める。


 急に速度が上がって、ファングの肩に乗せられているミアは慌ててファングの首にしがみついた。反対側の肩に乗っているクリスは涼しい顔で周囲の様子を観察している。


「これは何なんだよ、直接殴れない敵や、ワケわからん攻撃は苦手なんだよ!」


「なんだろうね、事前に爆弾を仕掛けておいたにしては妙にピンポイントだし、ドローンや銃撃の気配はないし……。誰かの特異能力かな?」


「特異能力……。吸血鬼の変身能力とか狐の幻覚能力とか?」


「吸血鬼は吸血による強化能力のほうが凄いと思うけどね。まあそういうやつ。……遠隔で爆発させる能力のやつとかいたかな?」

 うーん、とクリスは眉根を寄せて考える。


「ヒトの超能力は? バリエーション豊富って聞くぞ」


「あー、それが一番ありそう」


「とりあえずもうすぐ町を抜けるけど、爆発してないってことは合ってるってことかぁ?」


「ん、そうだね。まあ、そこに着けば何かわかるか」


 風にスカートの裾を踊らせて、黒いフードのクリスは平然とファングの肩に座り、優雅に風を楽しんでいる。


 ミアはファングにしがみつくのが精一杯で、風に煽られたフードが外れたことにも構っていられない。

 鮮やかな赤い髪が露わになって、陽の光で煌めいていた。


   *   *   *


「ハーイお嬢様がた、ご機嫌いかがかしら?」


 東の町外れを抜けて、町を囲む荒野に駆け込むなり、どこからともなく甲高い声が響いた。


 ギュッと音がしそうな勢いの急ブレーキで止まり、ファングは肩から滑り落ちそうになったミアを抱き止める。

 クリスは勢いのままふわりと飛び降り、重さを感じさせない柔らかさで地面に降り立つ。

 銀ラメの巻きスカートの合わせ目がスリットのように大きく開き、真っ白な細い脚が露わになった。


 町の外は不思議と人気がなく、荒野の日差しに晒されて乾いた地表が広がるばかりである。

 ポツポツと生えた干からびた雑草の上を、薄茶色の砂煙が、右に左にとサラサラ流れていった。


 クリスはキョロキョロとあたりを見回し、小さいドローンを見つけて、それに向けて手を振った。


「ハーイ、おばさん。なかなかご機嫌な爆竹だったね、歓迎ありがとう? 人払いもしてくれたのかな?」


 言い終わらないうちに、クリスの周りで、円を描くようにパパパパパッ! と土煙が上がる。


「こうやって周りをもっと強い爆炎で囲むこともできるし、あなたを直接爆破することもできるのよ? 口の聞き方に気をつけなさい」

 ドローンからイライラした声が落ちてくる。


「はーいおばさん、ごめんなさーい」


 途端に、クリスの足もとがドンと爆発する。

 寸前、クリスは素早く飛び退り、ファングの後ろに隠れた。


「無駄に煽るなよ……」


「導火線が短くてちょっと楽しくなっちゃった。でもなんとなく爆発の仕組みはわかったよ」


 そんなことをコソコソ話していると、広場の向こう、土煙のもやの中から、ゆっくり人影か近づいてきた。


「初めましてお嬢さん、うちの可愛い子を預かってくれてありがとう。迎えに来たわ」


 赤いワンピースの金髪の女性は、そう言ってミアににっこり笑いかけた。

 ここまでお読みいただいてありがとうございます!


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