表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

9/12

第九話

ルイード・ハイドランジアとその恋人。この2人の名前が参列者として名簿に並んでいるのを見た時から、私の思考の半分はそれに占領されてしまった。半年前、ハイドランジアで開催されたパーティーにて公衆の面前で婚約破棄しようとしてきた2人だ。今となっては、ローレンス様と婚約するきっかけとなった人たちなので、特別恨むといった感情はない。それでも、結婚式という場に招待し、顔を合わせるというのはとても面倒で気の進まないことなのだ。かといって、小国とはいえ親交の深い隣国ハイドランジアの王太子を招待しないわけにはいかない。それは私にもよく分かっている。

どうしてもモヤモヤとした感情は消えず、無意識のうちに口からため息が漏れていた。


「リオーナ様、最近ため息が多いようですが何かお悩み事ですか?」

「あら、ごめんなさい。そうね、悩んでも仕方がないことなのだけれどどうしても考えずにはいられないのよ」

冷めてしまった紅茶を淹れ直してくれたエマは、私にはお悩みの内容が分かりませんがと断り、続ける。


「ローレンス殿下に相談なさってはいかがですか?きっとリオーナ様のお悩みなら親身になって聞いてくださるはずですよ」

最初は私もそう思ったのだ。でもすぐに思い直した。私の悩み事とはいえ、元婚約者の話など聞きたくはないだろう。それに、2人を招待しないわけにはいかないということをローレンス様もよく理解しておられるはずだ。だからこそ、この参列者名簿に名前があるのだ。でも…


「そうね、私1人で悩んでいても仕方がないわね。今日お見えになったらお話ししてみるわ」

「きっと、殿下もリオーナ様に頼っていただける方が嬉しく思われますよ」

迷惑かもしれない。解決のしようがないと言われるだけかもしれない。それでも、1度くらいは話してみようと思った。エマのおかげだ。




「とってもお綺麗ですわ!!」

「さすがリオーナ様、お似合いです!」

私の身を飾るのは、純白のウェディングドレス。半月後に控えたローレンス様との結婚式で身につけるものだ。今日は出来上がった現物を実際に試着して、細かいサイズ調整をする。

10年ほど前までウェディングドレスといえばそれぞれの好きな色や、夫となる人の色を身につけるのが主流だった。しかし、ある国の貴族が真っ白のドレスを身につけたことが話題となり、白のドレスで結婚式を挙げると幸せになれる、というジンクスが囁かれるようになったのだ。それからすっかり、ウェディングドレスといえば白、というイメージがつき、ここ数年は特にその傾向が顕著に見られる。私のドレスも例に漏れることなく、真っ白だ。


当日予定しているのと全く同じ格好をする。髪は緩く巻いてハーフアップに、ベールやティアラ、グローブまで合わせてみるのだ。

白いドレス、オーガンジーの長いベール、レースのグローブ、これらは全て、いつか自分もと夢見た花嫁特権の衣装そのもの。そこに、王族の花嫁を表し、頭の上で光り輝くティアラが、華やかさと責任の重さを添えていた。


以前採寸をした時とほとんどサイズは変わっていなかったので、特に調整する箇所もなく、試着は終了した。普段着のドレスに着替えて、次の仕事に取り掛かる。結婚式の後に開かれるパーティーの手配は、お忙しいローレンス様に代わって私が担当することになっているので、提供する料理のメニューや飲み物の種類、会場のレイアウトなんかも決めていかなければならない。大変だが、やりがいのある仕事だ。

参加者はおよそ200人。カルセドニーの貴族たちはもちろん、周辺諸国の王族、貴族も集まる大きな会だ。様々なことに配慮し、ありとあらゆる可能性を考慮しなければならない。例えば、あの2人が何か余計なことをしでかす、だとか。そんな未来、考えたくは無いが、100%可能性を否定出来るかと言われれば否。



「どう?準備は順調?」

「はい、特に大きな問題もなく進んでおりますわ。懸念点はいくつかありますが…」

「懸念点?」

私は正直に最近の悩みを打ち明けた。ハイドランジアの2人が参列することに対し、不安に思っていること。何か余計なことを仕掛けられて黙っていられるほど優しくはないということ。

ローレンス様は何も言わず、ただ相槌を打って聞いてくれる。そのおかげか、自分でも気がついていなかったような心の奥底に渦巻く感情までもが言葉となって現れた。


全てを話し終えた時には、目尻に溜まった涙が頬へと流れていた。ルイード殿下との婚約を破棄し、公爵令嬢という身分も捨ててカルセドニー王国に来てから1度も、泣いたことなんてなかったのに。

そんな私の様子を見て、ローレンス様は私の体をぎゅっと抱きしめて、大丈夫、絶対にリオーナのことは私が守るから、と決意を表してくれた。


「お見苦しい姿を見せて申し訳ありませんでした…」

「いや、思ったことは素直に言葉や態度に示してくれた方がいい。私たちはあくまで他人なのだから、よく見ていても気が付かないこともあるからね」

ローレンス様らしい、優しい言葉。微笑んで細められた瞳が、私を安心させてくれる。


「それに、私としてもリオーナを傷つけた2人にはそれ相応の罰を受けてもらわないといけないと思っていたからね。リオーナは気が進まないかもしれないけれど、私としてはいい機会だよ」

何かを企むような、黒い笑顔。これは絶対に私が触れない方がいい件だ。結婚するまでの身分証明代わりにヴィラッツェを名乗ってはいるが、全くもってハイドランジアに情が残っていない私からすれば、ローレンス様から多少お灸を据えられるくらいは甘んじて受け入れてほしいと思う。故に、2人を恨んではいないがローレンス様は止めない。


「とはいえあまり大事にはしないでくださいね?もう私とは全く関係のない赤の他人なので、必要以上に関わり合いたくありません」

「わかった、もちろんリオーナの意向が1番優先されるべきことだからね。さぁ、気が沈む話はこれで終わり。今日はウェディングドレスの試着をしたんでしょう?もう少し早く仕事が終わったら見にこられたのに…」

あからさまにしゅんと項垂れたローレンス様を見て、失礼だとは思いつつも笑みがこぼれる。


「とても似合っていると皆に褒めてもらいました。ローレンス様は当日のお楽しみですね」

「似合わないはずがないでしょう」


ローレンス様と衣装の話をしていると、大切な計画の件を思い出した。

「そういえば、ローレンス様の衣装は出来上がったのですか?」

「私の?あぁ、この間完成品が届いていたと思うが…リオーナのドレス姿を見ていないんだから、私のも見せないよ?」

「いえ、私はローレンス様のお姿を当日の楽しみに取っておくつもりですので構いませんわ。そこでお願いなのですが、少しの間、クラバットをお貸しいただきたいのです」

なぜ?という顔をされたが、サプライズのため話す気のない私の様子にわかったよ、と答えてくれた。



翌日、ローレンス様の側近の手によって私の元に届けられた白いクラバット。その端に、金と桃色の糸で刺繍していく。L・C 、リオーナ・カルセドニーの名を。

穏やかで幸せな生活を願って。

2024/08/30 誤字修正

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ