第七話
今日はカルセドニーに来てから初めてのパーティーの日。王太子であるローレンス様と婚約した私をお披露目する会だ。
流れるゆったりとした音楽、会場を明るく照らすシャンデリアが輝き、参加者たちの歓談の声が聞こえてくる。
「ローレンス殿下、ご機嫌麗しゅうございます。そしてお初にお目にかかります、サージェント侯爵が娘、アンゼリカと申します」
「初めまして、リオーナ・ヴィラッツェと申します。サージェント様、どうぞよろしくお願い致します」
ローレンス様の瞳と同じ色のドレスをつまみ、サージェント様の挨拶に応える。確か、彼女の家は軍人一家として有名だったはず。
「ヴィラッツェ様にお会い出来るのを楽しみにしておりました。もっとも、それは私だけではありませんけれど」
「そう言っていただけると嬉しいですわ」
現在のカルセドニー王国には公爵家が存在しないので、私が来るまではサージェント様が社交界での序列No.1だったはず。長い時間をかけて築いてきた地位を脅かす私の存在を煩わしく思うのも無理はない。だが、サージェント様から私を敵視するような雰囲気は感じられない。さすがと言うべきか、大国の侯爵令嬢。
サージェント様を皮切りに、会場にいる貴族各位が私たちの元へやってくる。頭に入れておいた名前と、実際のお顔を一致させていく。もちろん、どんなお話をしたかも忘れずに。
「リオーナ、そろそろ1度座った方が良いと思うが」
「いえ、これくらいは慣れておりますので大丈夫ですわ。私の顔見せの意味で開かれたパーティーですから、もう少し頑張らせてくださいませ」
ひと通り参加者たちとの挨拶が終わり、私はグラスを片手にテーブルについていた。ローレンス様は国の重役を担う貴族の方達とお話ししておられるので、しばらくは1人だ。と言っても、どうしても視線は集めるので休憩、とは言えない空気だが。
このジュースは美味しい、なんて考えていた時、サージェント様を含むご令嬢方が声をかけにきた。お話をしたいとのことなので、空いているイスを勧める。これから同じ国の王族、貴族として関わっていく人達なので、出来れば協力的関係を結んでおきたいところだ。
「ヴィラッツェ様はハイドランジアからお越しになったんですよね。王太子殿下とはいつお知り合いに?」
「ハイドランジアに外遊でお越しになった際にご挨拶させていただいたのが最初でしたね。本格的にお話して親しくさせて頂いたのはこちらに来てからになりますが」
「そ、それは殿下からお声がけなさったのでしょうか…!」
「はい、そうですね。街を歩いている時にお声がけ頂きました」
「「きゃー!!」」「ロマンスですわぁ!」
どっと沸く輪、上がる歓声。ここには思っていたよりも優しい人たちが多いみたいだ。未婚の年頃の女性なので、そのまま恋愛の話に花を咲かせる。
「乙女の憧れですわ!」
「私もヴィラッツェ様のような恋をしてみたいです」
「皆様もきっと、よい方と巡り会えますわ」
私の言葉に、数人の令嬢は表情を曇らせる。当たり障りのない受け答えをしたつもりだったが、何か気に触ることを言ってしまっただろうか、と不安になった。
「だといいんですけどね…」
「なかなか難しいですわ」
「家格のバランスも考えなければいけないですし…」
令嬢方にも色々と悩みは尽きないみたいだ。輪にいた方達は私に対して優しく接してくださったし、容姿も男性ウケすると思うので、きっと縁談には困らないだろう。
「リオーナ、私に最初のダンスを共にする名誉をいただけませんか?」
「はい、もちろんです」
すっと差し出された手に、自分の手を重ねた。ここからは全て練習の通りに。
ゆったりとしたワルツの音楽が奏でられる中、ホールの中央で踊る私たちは全参加者の視線を集めていた。
「さすがにローレンス様と踊ると視線がたくさん飛んできますね」
「リオーナが相手なんだから当然でしょう。令嬢たちからはともかく、令息たちからも見られているのは不服ですが」
「見られても減りませんよ?」
「だとしても不快なことに変わりはない」
「ふふっ、ローレンス様ったら」
普段はあまり見られない眉を顰めた顔に、思わず笑みがこぼれた。素直に独占欲を見せてくれることを嬉しく思う。
音楽が止まったのと同時にステップをやめて礼をする。左手はローレンス様に握られたままなので、片手だけでドレスをつまむ略式だ。そんな私たちに、会場中から割れんばかりの拍手が送られる。それを耳にして、大きな失敗はなかったのだと胸を撫で下ろした。
「素敵でしたわ!絵になるお二人です」
「本当に、思わず感嘆のため息が出ましたわ」
「ありがとうございます。皆様にそう言っていただけたら嬉しいです」
元の席に戻ると、様子を見ていたらしいサージェント様たちが称賛の声をかけてくれた。先ほどの拍手も嬉しかったが、面と向かって言われるのは格別なのだ。
「ヴィラッツェ様、1曲ご一緒していただけませんか?」
「サージェント侯爵令嬢様は私と」
息を吐く暇などなかったみたいだ。ローレンス様と私のダンスが終わったことで、本格的にダンスの時間が始まった。そのため、今日のパーティーで1番注目を集めている私と、サージェント様にはすぐに声がかかる。ちらりとローレンス様の様子を確認したら、サージェント様の兄君とお話ししておられるので、この令息のお相手をしても問題ないはず。
「はい、よろしくお願いいたします」
「もちろんですわ」
私とサージェント様は、令息たちの手を取り、ホールの中央への歩みを進めていった。
息の合わない人と踊る、というのはとても難しいことで、ちょっとしたステップのズレがバランスを崩すことに繋がってしまう。踊りにくいのは、今の相手があまりこちら側のことを考えてくださらない方だということも大きな要因かもしれないが、私の技術不足によるところもあるはず。もっと、王太子の婚約者として相応しい社交スキルを身につけなければ。ハイドランジアでの教育の成果に甘えている場合ではない。
逆に、ローレンス様とは何度か練習しただけにも関わらず、息がピッタリと合う。きっとローレンス様がお上手だからだとは思うが、その事実に気がついたことを、どこかくすぐったく思った。
「ヴィラッツェ様、今度は私とご一緒いただけませんか?」
「その次は私とぜひ」
「サージェント様は僕と」
1度パートナーであるローレンス様以外と踊ると、他にもたくさんの人に声をかけられるようになる。お忙しいローレンス様の代わりに、私がしっかりと社交に励まねば!
「ふぅっ、さすがに疲れた…」
「お疲れ様でございました。初めてのパーティーはいかがでしたか?」
「たくさんの方とお話しして有意義だったわ。うっかりハイドランジアの作法を出さないかドキドキしていたけれど」
自室に戻ると、張っていた気が緩んでドッと疲れが襲ってきた。湯浴みをしてナイトウェアに着替え、ベッドで横になる。エマがふくらはぎをマッサージしてくれるので、すぐに眠りに落ちてしまいそうだ。
「明日はゆっくりお休みになれるよう、予定は何も入っておりません。どうぞご自由にお過ごしください」
「わかったわ。ありがとう」
「それでは私はこれにて引かせていただきます。おやすみなさいませ」
「おやすみ、エマ」
心身の疲れを癒すため、起こされるまで寝てしまおう。明日はゆっくりできるみたいなので、ローレンス様に差し上げるハンカチーフの続きでもしようかと考えながら、緊張の1日に幕を下ろした。




