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第六話

淡い、浅瀬のような水色の瞳に、私の顔が映る。私の桃色の瞳にも、ローレンス様の顔が映っていることだろう。暴れる心音が頭に響いて、思考を占領される。


「本当に、私でよろしいのでしょうか…」

「リアーナ嬢がいいのだ」

「私には相応しい身分も、お役に立てる後ろ盾もありません」

「私のそばにいてくれたらそれで良い」


私をまっすぐに見つめるローレンス様の瞳に揺らぎは見られない。一方の私は、人生で1番動揺していた。

「でも、他の貴族の方々からは不満が出るのでは…」

「文句を言わせないくらい、国を発展させてみせる。リアーナ嬢のためなら、いくらでも努力しよう」

「…どうしてそこまで、私を?」

「好きだという気持ちに理由などない。しいて言うのなら、花を愛でる君を愛おしいと思ったから、かな」

「…っ!」


もう、この気持ちを、鼓動を無視することなどできなくなってしまった。真正面から想いを告げられて、無視する方が難しい。


「…私も、ローレンス様のことをお慕いしております。どうか、ずっとおそばにおいてくださいませ」




そこからのローレンス様の動きはとても速かった。ハイドランジアへの連絡やご両親への報告、婚約の手続きまで。ルイード殿下との婚約は正式に破棄されており、ヴィラッツェ公爵家から身分の保障、婚約の容認を得たということも報告を受けた。元々、王太子としてとても優秀な方だとは思っていたが、ここまで手腕を披露されるとさすがという言葉以外出てこない。


「近いうちにお披露目会をするらしいわね。少し早すぎるんじゃないかしらって伝えたんだけどあの子ったら聞かなくて…」

「そうだったんですね、確かにお披露目までの期間が短いとは思いましたが、ローレンス様にもお考えがあるのだと解釈しておりますわ」

この国で、私のことを知っている人は少ないだろう。そのため、ローレンス様と結婚し、次期王妃となる私の存在を広く公表する必要性があるのだ。もちろん、私も簡単に認めてもらえるとは思っていない。他国の王女ならまだしも、小国の公爵令嬢、しかも1度婚約破棄をした身だ。これから先の人生をこの国で生きていくためには、行動で示し、認めてもらうしかない。


「準備は間に合いそうかしら?」

「はい、招待客の皆さんは全員把握いたしましたし、あとはドレスの到着を待つだけです」

「も、もう全員覚えたの!?」

「えっ、はい…名簿をいただきましたので、名前と家族構成のみ頭に入れました。さすがにまだ顔と一致させることはできませんが」

「会ったことがないのだから当然よ。あの子、随分とすごい子を連れてきたみたいね…」

王妃殿下は紅茶を手に遠い目をした。

私は生まれてからずっと次期王太子妃としての教育を受けてきたので、これくらいはできる。その教育が、幸か不幸か、こうして今役に立っているのだ。


ローレンス様と婚約をしてから、私の生活は一変した。今日のように王妃殿下とお茶を共にしてお話をしたり、王太子妃教育としてカルセドニーについて学んだり。大変だけれど、嫌な忙しさではないし、ローレンス様に比べればゆったりとした時間を過ごしていると言えるだろう。



「リオーナ!」

「お疲れ様でございました、ローレンス様」

「ありがとう、この時間のために頑張ったからね」

自室で仕事終わりのローレンス様をお迎えするのも、私の新しい日課だ。通常業務に加え、私に関する業務も増えたためにとてもお忙しそうだが、必ず1日に1時間は一緒に過ごす時間を作ってくださる。そのおかげで寂しさは感じない。


慰労もそこそこに、ソファへ腰掛けた。机の上には、刺繍を中断した状態のハンカチーフが残っている。

「何の刺繍をしているの?」

「ローレンス様のイニシャルです。西の方の国に、恋人のイニシャルを自分の髪と瞳の色で刺繍するという伝統があるみたいなんです。素敵だなと思って挑戦してみているんですよ。完成したら差し上げますね」


確か、その意味は「相手の占有」と「好意の表れ」だったはずだ。


「それは楽しみだね。私も何かお返しの品を用意しないとな」

「いえっ、ローレンス様からはいただいてばかりなので、たまには私にお返しさせてください」

「分かった、リオーナがそう言うなら今回は貰っておこうか」

ローレンス様は淡い瞳を少し細めて微笑んだ。これが最近の私の幸せ時間なのだ。


もう晩餐も終えてあとは湯浴みをして眠るだけのいい時間なので、覚醒作用のある紅茶は避ける。今日は何をお出ししようか、なんて考える時間も楽しかったりするのだ。

「今日は王妃殿下とお茶会をしてきました。ローレンス様が幼かった頃のお話を色々とお聞きして楽しかったです」

「えっ、は…ちなみにどんな話を?」

「子猫を助けようとして木から落ちたお話ですとか、年上の騎士に挑んで負け、悔し泣きしたお話ですかね。ローレンス様が幼い頃は意外とやんちゃだったことが分かって面白かったです」


みるみる耳が赤くなっていく姿を見ると、他にも聞いた話を伝えたくなったが、さすがに恥ずかしそうなのでここら辺でやめておこう。

「後で母上にはしっかりと抗議しておかねば」

「えっ、ローレンス様の可愛らしいお話が聞けなくなるのでダメですよ」

「聞かなくてよろしい。これ以上何か言ったらリオーナの話も聞くからね」

「それはご勘弁を」


ハイドランジアまで行かなければ私の幼少期を知る人はいないが、万が一にもローレンス様の耳に入るとまずい情報がわんさかあるのだ。



「早くリオーナに会いたいって声をよく聞くようになったよ。王城の使用人は噂好きだからね、すぐに貴族まで情報が回るんだ」

「皆様のご期待に添えるような面白い人間ではありませんけれど…私はこの国の皆様に受け入れていただけるかどうか、少々不安に思っているんですよ」

「貴族たちから早く婚約者を見つけろとせっつかれていたくらいだから、せっかく見つけたリオーナを拒絶するなんてことはないと思うよ。リオーナと関われば、素敵な人だってことくらいみんなわかると思うしね。今のうちから心配していても仕方がない」

「そうですね、何とか及第点までいけるように頑張ります」


カルセドニーとハイドランジアの社交作法はほとんど同じだが、細かいところが少しずつ違ったりする。例えば、お辞儀の際に相手の目を見るかどうか、ダンスは男性からしか誘ってはいけないだとか。うっかりハイドランジアの作法を出すと失礼にあたる可能性があるので、こちらの作法に慣れるまでは気を張っていなければならない。指導役をつけてもらってはいるものの、長年培ってきた作法は簡単には変えられないものなのだ。


「ありがとう、何かあったらすぐに言うんだよ。できうる限り対応するから」

「はい、頼りにしています」

面と向かって私的な会話をするようになってからまだ3ヶ月ほどしか経っていないけれど、私たちは着実に信頼関係を築けていると思う。きっと、私たちならお披露目会も問題なく終われるだろう。

婚約者同士になってから初めてのダンスも待っているのだ。私の感情は不安から期待へと切り替わった。



「明日の朝はゆっくり時間が取れそうだから一緒に朝食を取ろう。ダイニングで待っている」

「分かりました。楽しみにしておきますね」

「あぁ、おやすみ」

「おやすみなさいませ、良い夢を」

2024/05/17 内容修正

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