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第四話

ローレンス様に連行されてからちょうど1ヶ月の今日、私はソファでぐったりとしている。そして小さな声で呟いた。

「何もすることがないというのは苦痛ね…」


ヴィラッツェ公爵家にいた頃は、王太子妃教育に追われながら淑女として刺繍や読書をして過ごしていた。それに引き換え今は、城の庭を散策したり、ローレンス様とお話しをしたりすることくらいしかない。人質の身でありながらこんなにもいい待遇をしてもらっているのだから、暇だなんて文句は言えないが。


「リオーナ様、それでしたらドレスの採寸はいかがですか?ローレンス殿下より近いうちにと承っております」

彼女は侍女のエマ。連行初日から身の回りの世話をしてくれている。年は私よりも少し上か同じくらいで、快活な笑顔が印象的な女の子だ。


現在ドレスルームに収納されているドレスたちは、すべて既製品のもの。本来ドレスとは、オーダーメイドで作られるものだが、急に必要になった時のために既製品を販売している店もあるのだ。連行されてきただけの人質なので、既製品のドレスで十分、むしろもっと質素なもので良いと言いたい気持ちを飲み込んで賛同した。


「リオーナ様は本当にスタイルが良いですね。乙女たちの憧れですわ」

「えっ?」

「本当に。美貌の秘訣を教えていただきたいです」

「エマったら、それを聞くのは野暮ってものじゃない。分かりきってるわよ」

「それもそうね。失礼いたしました」

「い、いえ…」

私にはなんのことだかよく分からないが、侍女同士納得したようなので深くは聞かないでおこう。


採寸が終わったら、今度はデザインを考えていく。好みを聞かれたので、あまり華美ではないもの、と言っておいたが、せっかく美貌をお持ちですのにもったいないですわと一蹴された。

「リオーナ様はお肌が白くてお綺麗ですから、薄い生地のシースルー素材を袖を使ったデザインがお似合いになりますわ」

「色はやはり薄桃色と淡い水色でしょうか」

「あっ、紺色も忘れずにね!」

「今から冬にかけて上着なんかも必要になりますね。ポンチョ型が流行しそうなので、あらかじめ発注しておきましょう」


侍女たちの楽しそうな会話を聞きながら、それでお願いします、と言うだけの時間を終え、一息ついていたところにいつも通りローレンス様が現れた。最近は王都のお菓子がお気に入りのようで、私のところへも頻繁に持ってきてくださる。私も気に入って美味しくいただいているので、ティータイムが楽しくてありがたい。


「今日は何をして過ごしたんだ?」

「ドレスの採寸をしていただきました。ローレンス様のお気遣いだとお聞きしました。ありがとうございます」

「いや、これくらいは大したことではないから。これからたくさん必要になると思う。多めに仕立てておいて損はないだろう。そうだ、ドレスが完成したら、1番気に入ったものを着て見せてくれないだろうか?」

「もちろんです。今から楽しみですね」


ハイドランジアでご挨拶した時とも、ラリーとしてお話ししていた時とも違う、柔らかくて落ち着く話し方。美味しいお菓子と紅茶をいただきながらローレンス様とお話しするこの時間のなんて穏やかなことか。私が人質でさえなければ、もっとお話ししたいことがたくさんあるのに。

そこまで考えて、胸の奥がズキっと痛んだ。なぜ…?


「リオーナ嬢?どうかしたの?体調が悪いなら休んだ方が…」

「いえっ、ご心配には及びません。大丈夫です」

「それなら良いけれど」

おそらく、環境の変化に体がついていってないだけだ。この1ヶ月で大きく変わったのだから仕方がない。今日は早く休むことにしよう。



夜、ベッドに入った私は昼間の痛みを思い出していた。ローレンス様ともっとお話ししたいと思った時、ズキズキと何かが刺さるような、ギュッと締め付けられるような、そんな感覚に陥ったのだ。もしかして、何か病気だろうか。ローレンス様の手前、大丈夫だと言ったが、もしかしたら何か体に異常が起きているのかもしれない。

そんな不安を抱えながら眠りにつき、見た夢は懐かしい、ハイドランジアでの思い出だった。




『ようこそお越しくださいました、ローレンス・カルセドニー王太子殿下。ルイード・ハイドランジアです』

『お初にお目にかかります、婚約者のリオーナ・ヴィラッツェでございます』

『初めまして、短い間ですがよろしくお願いしますね』



『こちらには王妃殿下の庭園がございます。今の時期、エリンジウムが見頃でしょうか。あっ、こちらにはクフェアの花も咲いていますわ』

『本当に綺麗ですね。まるでリオーナ嬢のようです』

『まぁ、殿下はお上手ですね』



『リオーナ嬢、一緒にダンスを踊ってはいただけませんか?』

『もちろんですわ、喜んで』




視察に来ていたローレンス様の案内役は私だった。1ヶ月にも満たない滞在時間の中で、直接お話ししたのは片手で数えられるほど。次に会うときには、王太子妃と隣国の王太子としてだと思っていたのに。今は人質と王太子という関係性だ。

けれど、ローレンス様が私をどのように扱いたいと思っているのか全くわからない。人質として連行された、というのも私の勝手な憶測でしかないし、実際人質としては待遇が良すぎる。かといってそれ以外の理由で私をここに置いておく理由はない。やはり人質要員なのだ。今頃、ハイドランジアに対して何かの交渉を行なっているのかもしれない。もしもハイドランジア側がカルセドニー側の要望に応えれば、私はハイドランジアに帰されるだろう。逆に応えなければ、どうなってしまうのかわからない。私に対して優しく接してくださるローレンス様だが、利用価値のなくなった人間は容赦なく切り捨てることだろう。それくらいのことができなければ、大国の王太子などという大役は果たせないから。


すっきりとしない朝を迎えた私は、いつもと同じ1日を過ごすつもりだった。珍しく午前中にローレンス様が姿を見せるまでは。


「リオーナ嬢、謁見の準備をしてもらえるだろうか」

「え、謁見ですか…!?」

「まだ両親に紹介していなかったと思って。急だけど頼めるか?」

「はいっ、すぐに」


エマたち侍女も慌てた様子でドレスルームへと消えていった。身支度が整うまでの間、ローレンス様には隣の部屋でお茶をして待っていただくので、なるべく急がなければならない。


「まだ既製品のドレスしかないのが残念ですが、腕によりをかけてリオーナ様を輝かせてみせますわ!」

「ドレスは淡い水色、髪飾りもそれに合わせましょう」

「髪はどのようにいたしましょうか…ダウンスタイルもお似合いですが、やはり謁見にはまとめ髪の方が相応しいですよね」

「胸元のお飾りはどちらがお好みですか?」


ああでもないこうでもないと飾り立てられ、そろそろ疲れた、と思った頃にようやく終了した。

「お待たせいたしました。どこか変なところは、ないでしょうか…?」

「いいや、むしろ綺麗すぎるくらいだ…とてもよく似合っている」

「あ、ありがとうございます…」


挨拶と同じレベルの社交辞令だというのにどうして。どうしてこんなにも嬉しいと思ってしまうのだろう。男性からのお褒めの言葉は笑ってお礼を言い受け流す。幼い頃から淑女教育として叩き込まれてきたはずの基礎的なことができないことなんて人生で初めてだ。


「それじゃあ行こうか。父上と母上が待っているからね」

「はい、よろしくお願いします」

私は差し出されたローレンス様の手に自分の手を重ねて全てを委ねた。

2024/05/16 誤字修正

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