完結記念SS②
結婚から10年後、そして15年後のお話です。
カルセドニー王国第47代国王、ローレンス・カルセドニー。私の夫でもある彼が治めるこの国は、世界で1番平穏という言葉が似合う国だ。
「おかーたまぁ!」
「リリー、走ったら危ないから…」
バンッと大きな音を立てて開かれた自室の扉の奥には、愛しい2人の宝物が立っている。今日も兄であるセレスタイトが、歳の離れた妹であるリリウムに振り回されているようだ。
「みてみて!きれいなお花さん。おかーたまにあげゆっ!!」
「あら、ありがとう。本当に綺麗ね。お礼にこのクッキーをあげるわ。もちろん見守ってくれたセレスにも」
「ありがと、おかーたま!」
「ありがとう、母上」
3歳のリリウムに対して10歳のセレスタイトはかなり大人びている。これに関しては年齢というよりも本人の性格ゆえかもしれないが。
「楽しそうだね」
「おとーたまぁ!」
「ローレンス!」
リリウムをひょいっと抱き上げ、私の顔に甘いキスを落とす。子どもたちの前では恥ずかしいのでやめて欲しいと言っても、大丈夫、そのうち慣れるから、と言って真剣に取り合ってもらえないのだ。
「今日は庭で食べようか、天気も良いことだし」
私たち家族は、ローレンスと私に晩餐会や夜会の予定がない限りは食事を共にしている。これはひとえに、お忙いローレンスが起きている子どもたちと顔を合わせて話したいという理由からだ。
「やったー!おそとぉー」
「リリーはさっきも庭を走り回っていたでしょう」
「えへぇー。おにーたま、はやくいくよ!」
「あっ、ちょっと!…父上、母上、先に行ってますね」
「えぇ、頼んだわ」
ジタバタと暴れてローレンスの腕から逃れたリリウムは、待ちきれず駆け出した。それを追いかけて、セレスタイトも部屋を出て行く。元気で何よりだが、そのうち怪我をするのではないかとはらはらしているのだ。
エマから昼食の入ったバスケットを受け取って、庭園へと降りる。あまりにはしゃぎすぎたのか、リリウムはセレスタイトに抱えられて不服そうな顔をしていたが、大好きな兄に構ってもらえてどこか満足げだ。
ローレンスの指示で用意されていたらしい敷物の上に昼食を並べ、庭園の美しい花々を楽しみながらの食事が始まった。
「リリー、ちゃんと座って?」
「おにーたまどこにもいかない?」
「行かないよ。リリーがいるところに僕もいるから大丈夫」
なんて可愛い会話なんだと胸を高鳴らせていたら、隣のローレンスにふふっと笑われる。ローレンスも微笑ましいと思っていたに違いないのに。
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(結婚から15年後/ローレンス視点)
「父上、少し質問があるのですが」
「なんだ、決裁の仕方でもわからなくなったのか?」
「いえ、その…母上との馴れ初めを聞きたくて」
立太子し、本格的に仕事をこなすようになったセレス、セレスタイトが恋愛の話を持ちかけてくるのは非常に珍しい。妹であるリリウムをこよなく愛し、少し心配になる程の過保護っぷりを発揮している普段の彼は、妹以外のことに対して特段の興味を示すことが少ない。
「…珍しいな」
「ふと気になっただけなので邪推はしないでくださいよ」
「ははっ、そういうことにしておこうか。そうだな、どこから話せばいいのか…」
そこから、3年にもわたる長い片思いの話が始まった。初めてリオーナと出会った時の話、パーティーで婚約破棄を目撃した時の話、王城に連れて行ったら人質だと思われていた話、結婚した時の話。
かなり踏み込んだ話まで、ほとんど全てを話した。世間に広く公表することはないとしても、自分とリオーナの他にもう1人くらい全ての真実を知っている人がいてもいいだろうと思ったのだ。
話を聞き終わったセレスタイトは、大きくため息をついて言った。
「なるほど、父上がなかなかにとんでもない王太子だったということがわかりました」
「おい、なんだと!?」
「隣国の次期王太子妃に恋したって、どこの恋愛小説ですか。その上、同意を得たならまだしも、王城に拐ってくるなんてとんでもないです」
真正面からど正論を叩きつけられ、ぐうの音も出ない。どう切り返そうかと悩んでいると、執務室の扉が開かれた。
「今、少しお時間よろしいですか?」
その声の持ち主は愛しい、妻だった。彼女の訪問ならいつでもウェルカムだ。
「もちろん、ちょうどセレスと雑談をしていたところだよ」
「珍しいですね、何の話ですか?」
「父上がひどい男だったという話です」
「セレス…!」
「あら、面白そう。私にも聞かせてちょうだい?」
リオーナとセレスタイト、この2人は私に容赦がないので、今までの話を全て暴露されてしまった。
「確かに、あの時は自分の命がどうなるのかとばかり心配していましたわ」
「私だって、人質だと言われた時には驚いたんだから」
「それは父上の至らなさのせいでは?」
「ふふっ、たしかに」
もうこうなってしまっては手がつけられない。余計な口出しをすればするほど、セレスの鋭い口撃が傷口を抉ってくる。
「でもね、セレス。もしもあの時、ローレンスがわたしを連行してくれなかったら、あなたはここにはいないのよ」
「…それはそうですね」
「でしょう?だから、セレスもこれからの出会いをひとつひとつ大切にしていくのよ。私はローレンスと出会えて、結婚して良かったと毎日思っているわ」
「リオーナ…」
「まぁ、もうすこし早く連行した理由を教えてくださったらあんなに不安にならずに済んだのも、事実ですけれど」
セレスの威力が強い口撃は、母親ゆずりだったみたいだ。
これにて「王太子を捨てた公爵令嬢、身分も捨てて平穏(?)な生活を手に入れる」は完結です。ここまでお付き合いいただきました皆様、本当にありがとうございました。
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同作者の連載作品「ネガティブ令嬢、今世こそ自分を愛します!」も引き続きよろしくお願いいたします!




