第6話 日常と新たなる決意
公園での戦いから一日経った今日。和範は、いつものように中々起きてこずに、布団の中で惰眠を貪っていた……
なんて事は無く、珍しく早朝から目を覚ましており、清々しい朝を迎えていた。
当然、理由はある。
それは、昨日の神月第三公園での少女術士との戦いで、大して役に立たないばかりか敵前で情報開示を求めたり、下手に出てまで張った罠をご丁寧にも潰してくれたり、挙句の果てには和範まで巻き添えにするような攻撃を平然と行ってきたりと、此方に迷惑ばかり掛けた阿保男が変質者として逮捕された事が昨日の夜のニュースで流れていたからだ。
もしかしたら被害者として事件にならない可能性もあったが、少女術士の阿保男に対する言動や、彼女の仲間が警察にもいた事から、阿保男が何らかの犯罪を行っていて追われていた可能性は高いと思っていたのだ。
その予想は見事にあたり、表向きの措置であろうが、阿保男はめでたく変質者として御用となったわけだ。
まあ、欲を言うなら落書きもしたかったが、それをやると、阿保男は確実に被害者になってしまうし、和範の筆跡が証拠として残ってしまう。そこから足跡を辿られでもしたら、目も当てられない。
そんなわけで、キリのいい所で切り上げたわけだが、中々に満足のいく結果となったので和範だけでなく、八重香もこの事態の帰結に大変満足していたのだった。
やはりあれだけ迷惑を掛けてくれた阿保男にはそれ相応の目にあってもらわないと困る。あんな阿保がただ逮捕されたりしただけでは和範達の腹の虫がおさまらないし、まんまと逃げるのに成功でもされるような事態にでもなると腸が煮えくり返っただろう。
そんなわけで、阿保男の末路は満足した。
ただ、問題は少女術士の方だ。 此方はあまり時間が無かった為に簡単なものであったが、しっかりと変装はしていたし、八重香に人探しの術に対する隠蔽と妨害用の術は掛けてもらっていたので、実はあの少女術士が八重香の力と技量を遥かに上回る実力者でした、と言うような異常事態にでもならない限り、少女術士個人が和範を見つける事はほぼ不可能だろう。
だが、どうやら昨日公園での光景を見た所、少女術士には警察の中に仲間と思しき人間がいるようだ。その上、あの少女術士は自分の事を言う時に名門桂家が何ちゃらとか言っていた。
この事は1つの不安要素を浮かび上がらせる。
あの少女術士の背後にある組織は和範が公園の戦闘を行っている時点で考えていたよりもかなり大きいのかもしれない。
仮に、その桂家とやらがここら辺一帯の警察すら支配下に置いており、そして家の面子に掛けて和範の捜索に全力を掛けてきたら、人海戦術の結果、和範の身元が割れる危険性はある。
だが、既に事態が済んでしまった事である以上、これ以上はどうしようも出来ないし、今の時点で下手に動けば相手に気づかれ易くなるだけだ。ゆえに、今現在で出来る事は事態の推移を見守りつつ、普段の生活を今までと変わる事無く送り、臨機応変に事態の変化に対応する事だ。
そして、多分色々な事で怒り狂っているであろう少女術士に会わないようにと願いつつ、今日一日を始めたのであった。
いつもは一番最後に朝食に顔を出すのに、今日に限って一番最初に起きて、朝食を調理していた事に父と妹の紗奈は珍しがっていた。が、すぐに二人共、和範は機嫌が良い時や良い事があった時は早起きする癖がある事を思い出し、何か良い事があったのだろうと思った。
そして運ばれてくる朝食。梅干しの乗った白米のご飯に豆腐と菜っ葉の味噌汁に鮭の塩焼き、そして林檎を切ったもの。
昨日の夜に紗奈が仕掛けていたご飯以外は全て和範の手作りだ。そして、久しぶりに3人揃って朝食を取り始める。
「「「いただきます。」」」
久方ぶりに和範の手料理を食べた家族は其々一言。
「うん、中々いけるよお兄ちゃん。前より上手くなってるよ。
でもちょっと具材の大きさや焼き加減がばらついてるね。」
「確かにな。まだまだ紗奈や父さんには及ばんなあ…」
それを聞いた和範は苦笑を浮かべながら一言。
「いやいや、普通の高校生としては充分な味だろ?
父さんと紗奈が上手すぎるんだよ。」
と、述べる。
確かに和範は、家族の中では一番下手くそではあるが、それは父と紗奈の技量が優れている為だ。
実際中学時代の家庭科の実習では同年代の女子達の大半よりも上手に料理を作ったものだ。
だが、近くのデパートで春と秋に年二回だけ開かれる料理コンテストで20歳以下の部門とはいえ二年連続計4回の大会で常に三位以内に入賞していて、前回は遂に一位を獲得した紗奈。
その紗奈に料理を仕込み、今もなお教授する立場である父。
それらと比べる方がおかしいのだ。
「やれやれ、継続は力なり、とも言うぞ?
お前も日常的に料理すればもっと上手くなるだろうに…」
「何なら、私が教えてあげようか?
どう、お兄ちゃん?」
「いや、これだけできれば十分だと思うけど?」
「ぶぅ~。
なによ~、私に教わるのが嫌なの?」
「そういうわけじゃないよ紗奈。
ただ、現時点でもそれなりにいけてると思うだけだよ。」
「そうか?
だが、飯を作るのが上手くなって良くなる事はあっても、困る事は無いと父さんは思うぞ?」
「確かにそうだけど…。
まあ、暇な時はこれからも作るよ。」
などと、家族の朝の団欒を楽しみながら、朝食をすごしたのだった。
そして、朝食後はそれまでと変わる事無くいつもどおりの時間帯に登校した和範。
登校中も特に変わった事も無く学校に着くと、担任が来るまでの間を利用して、皆が雑談に興じていた。
和範も、浅くではあるが、仲の良い友人と共に雑談に興じる。流行の歌や、漫画の話など中々楽しみながら雑談に興じていたが、ふと、昨日のニュースに話題が移る。
「なあ、昨日のニュース聞いたか?
ほら、この近くの公園で変質者が出たってやつ。」
「ああ知ってるぜ。
でも、変質者が出たんでなくて、裸で倒れてたって内容だったぜ。」
「あ、俺その現場見たから知ってる。
正確には裸の変質者が少年の上に倒れてたんだろ?」
「それも少し違うぞ。俺も現場にいたから分るが、少年じゃなくて女生徒だ。」
と、ここで和範の少年発言を修正した友人の事を不思議に思う。
和範は裸に剥くまで分らなかったあの少女術士を女と見抜いたのは驚きだが、絶対に女には見えないというわけでもないし、顔の造作自体は極上なので、女と見抜くのはありえる事でもあろう。
だが、何か今の友人の発言に引っ掛かりを覚えるのだ。何かと悩んでいると、八重香が疑問を解消してくれた。
(こ奴、あの小娘を女生徒、つまり女子の学生だと断言したぞ。
もしかして知り合いでは無いのか?)
それを聞いて、あっ!と、心の中で思う。
そうだ、こいつ女生徒だと言いやがった。
そしてこの友人が、他校の生徒を知っているような事態でもない限り、女生徒という事を知っていると言う事はつまり… 一応確認の為に少し聞いてみるか。
「え、そうなのか?
でも周りに集まって見物していた人達は、倒れている二人に向って、ホモの変態だの男同士の駆け落ちだのと言ってたぜ?
だからてっきり俺もあそこにいた二人は男なんだと思っていたんだけど…」
それを聞いて、笑いながら答える友人。
「あははは、違う違う。あいつ確か九重真理子って名前で、五組の姫王子様だぜ。同性の女子連中から物凄い熱烈にもてはやされている。
ショートカットで中性的な顔だから、美男子に間違われやすいんだよ。
ついでに胸もね―しな。」
そういや、裸に剥いた時に見たが、胸はほんの僅かに起伏があっただけだったな。
女の裸を見たのに、しかもかなり綺麗だったのに憐れみを覚えたのは初めてだった。八重香も心の中で、ほんに憐れよのう、と言っている。
いや、それは別にいいんだ。もしかすればこれからがあるかも知れんし。でもそんな事より大事なのは、
(あいつ、この学校の生徒だったのか?初めて知ったぞ)
(これも縁と言うやつかのう…
…まあどう考えても厄介事の縁じゃが)
(まずいなー。下手すれば学校でばったり会う可能性もあるのか…
変装してたから正確な顔は分らんだろうけど、声とかしぐさで見抜かれてしまう可能性は高いな。極力、五組方面には近づかないようにするか。)
(妾はどんなに避けても、厄介事の方から近寄ってくる気がするがのう)
(いや、諦めん。
俺は最後まで抵抗する事をここに誓うぞ!)
と、気が付くと、九重に対するやっかみを言っていた友人が女子にぼこられていた。
その横で、ろくでもない縁に立ち向かう事を決意する和範。
だが、当然運命は和範のささやかな願いなど聞いてはくれなかったのだ。